第64話


「「「「「「GARRRRRRR」」」」」」

 色の違う狼の魔物がリツのことを取り囲む。

その数はゆうに三十を越えていた。

 色ごとに属性が違うようで、青は水、赤は火、茶は土、緑は風、黄は雷、黒は闇とそれぞれの属性を攻撃に乗せてくる。


 単一属性であれば、相反属性を使えば対抗するのは簡単だが、複数属性いるとより面倒くさい相手である。


「これだけの数でやってくるとなると、かなりの勢力のようだな……魔王の誰かか?」

 狼の魔物を目を細めて見たリツは魔王の存在を疑う。


 リツが倒した一人を除くと、まだ魔王は六体いることとになる。

 そのうちの誰かがやってきたのかと考えるが、魔王と呼ばれるほどの強大な魔力は感じられない。


「里に到着すればわかるか……行くぞ!」

 考えを巡らせるものの、ここにはリツの問いに答えてくれる人物はいない。

 まずは里にいるエルフたちを助ける方が優先だとリツは地面を蹴ると、一気に里に向かって走りだした。


「「「「「「GAAAAAAA!」」」」」」

 エルフの里に向かおうとするリツの動きに反応して、狼たちは前方に立ちはだかろうと群れを成して道をふさぐ。

 そして一列に並んだ狼の魔物から同時に複数の属性のブレスが吐き出される。


 同時に六つの相反属性を使うのはさすがのリツでも難しい。

 しかし、リツには防ぐという発想はない。


「効かない!」

 防ぐのではなく、そのブレスを全て身体で受け止めて、その上で身体にまとわせた魔力を膨張させて強引に弾き飛ばし、そのまま手にした剣で魔物たちを真っ二つにしていく。


 まさか攻撃を防がずにそのまま向かってくるとは思っていなかった狼の魔物たちは不意打ちを喰らい、なすすべなくリツに斬られていく。

 一瞬の攻防であっという間に数十体の狼が倒されていた。


「――まだ、やるか?」

 ここで時間をかけるつもりはないため、リツは威圧を込めて狼の魔物たちを睨みつける。


「ッ……キャン!」

 リツの威圧はそこらの威圧とは威力がけた違いのため、押しつぶされるような強者の圧力に怯えた狼の魔物たちはまるで子犬のような鳴き声をあげて伏せ、尻尾を垂らしてぶるぶると震えだす。


「ふん、お前たちの相手をしている暇はないから行くぞ」

 向かってこないのなら立ち止まる理由はないとそこからは足を止めることなく、リツは森を駆け抜けていく。


(おかしいな、魔物が倒されているぞ……?)

 森にはかなりの魔物が押し寄せていたが、リツの行く手を遮るような魔物はおらず、ただ魔物の死体だけがいくつも道に転がっていた。


「矢? ……セシリアか!」

 魔王と戦った際にも活躍してくれたセシリア。

 今回は、地上には降り立たずにフェリシアとともに上空から矢を放つことで、広い視野を持ってリツの前方にいる魔物を倒していた。


『絶対に落ちないようにするから、好きなだけ矢を撃っていいよ!』

「はい!」

 セシリアはフェリシアの上で、先ほどまでのリツのように立った状態で弓を構えて攻撃をしていた。

 速度を出さなくて良くなったフェリシアは風魔法をセシリアの固定に使っていた。


 そのおかげで、安定した状態で魔物たちの現在地を上から確認して攻撃を行えている。


 彼女たちの息の合ったコンビネーションはリツの進路を強力に推し進めていく。


「これはありがたいな」

 背中を押すような彼女たちの行動にリツはふっと一瞬表情を和らげる。


 ほとんどの魔物はリツであれば一瞬で倒すことができる。

 それでも、相手の攻撃方法によっては、一瞬足を止めなければならない可能性があった。


 現在森には属性狼だけでなく、昆虫系の魔物も多くおり、それらは基本的に狼以上に群れを成しているため、混戦を極めることは想像に難くなかった。


 そのうえ、昆虫系の魔物は体液を使用して攻撃をしてくるものや、毒を持っているものも多く、敵対するにはかなり厄介な相手である。


 しかし、それらは全て上空から降り注ぐセシリアの矢によって貫かれていた。


(ハチとか、蛇とか、カマキリとか、めんどいやつを潰してくれるのはありがたい)

 セシリアが狙って、問題のある敵を倒してくれているのを理解しているリツは心の中で感謝の言葉を告げる。


 何も気にしなくてよくなったリツは真っすぐ勢いを増すようにして森を走り抜け、ついにエルフの里へと到着した。


「こ、これは……」

 里のエルフたちはそれぞれが武器を手にして、魔法を駆使しながら敵対勢力となんとか戦っている。

 それでも長年戦う機会が少なかった彼らは、敵対勢力によって押し込まれているように見えた。


「――なんで、エルフとダークエルフが戦っているんだ?」

 いま、リツの目の前のエルフの里ではエルフとダークエルフたちが戦っていたのだ。

 信じられない光景にリツが疑問を口にした瞬間、彼の後ろから襲い掛かったダークエルフが剣を振り下ろした。


「背後から攻撃とはなかなか、せこい手を使うんだな」

 もちろんリツはそれに気づいており、右手に持つ聖剣を上にあげてあっさりと防いでいた。


「ちっ……! 貴様何者だ?」

 攻撃が決まらず、後方にジャンプして距離を取ったダークエルフの男は、舌打ち交じりに武器を構えて質問をぶつける。


(攻撃の前にそっちを先に聞くべきなんじゃないのか? 俺が味方の可能性は考えてないんだな……)

 どういった経緯でこの状況になっているのかわからないリツは、相手の問いに答えることはせず、ただ睨みつけている。


「答えるつもりはないか……まあこんな場所に来るくらいだから、もやし白エルフどもの加勢といったところなんだろうな――はっ、俺の剣を防いだのはまあまあ見どころはあるが、それだけだ。おい、お前ら!」

 リツがなかなか答えないことにしびれを切らした男がサッと手をあげると、数人の武装したダークエルフが集まって来た。


(なるほど、どいつこいつも戦闘特化か。魔力もそれなりに強いみたいだな……)

 全員が武器を手にしており、全員がリツに狙いを定めている。


「その目、どう考えても俺たちに敵意を持っているだろ。そんなやつは何者だったとしても、邪魔になるだけだからさっさと始末するぞ!」

 黙ったままのリツに対して苛立ちを露わにしながらダークエルフの男は攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっているようだ。

 どうやら男は彼らのリーダー格であるらしく、仲間たちは彼の言葉に反論することなくただ頷き、リツへと向かって行く。


「……邪魔だなぁ」

 リツはダークエルフたちをそもそも相手にしておらず、早くエルフたちのもとへと駆け付けたいと思っていた。

 しかし、目の前に立ちはだかるダークエルフたちは邪魔をするどころか、明らかにここでリツのことを殺そうとしている。


 さすがに、これはリツの怒りの導火線に火をつけており、剣を握る手に力が籠もった。


「やれええ!」

 それとほぼ同時にダークエルフたちがリツへと襲いかかる。


 二人は剣で、二人は矢で、二人は魔法の準備をしており、リーダー格の男は後方で命令だけしてニヤニヤと見ている。


「悪いが……邪魔だ!」

 リツがしたのはシンプルに剣を横に振るという行動。

 ただ、剣には魔力をこめ、左足を強く踏み込み、そこから繰り出された衝撃波は部下ダークエルフを一撃で吹き飛ばし気絶させている。


「――は?」

 状況を飲み込めないリーダー格の男は自分の目の前まで吹き飛ばされて倒れている仲間たちを横目に、それだけ言うと固まってしまった。

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