第47話


「まあ、みんながこれを受け入れてくれるのはよかったよ。それじゃ、俺はあいつの遺言にあったお土産とやらを探しにいこうかな」

リツの意識はすでにソルレイクの置き土産に向いていた。

 村人たちはみんなが無事なのか、荷物はどこまであるのかなどの確認をするために早々にレイスもこの場を離れ、忙しく現状把握に回っている。


「おっと、その前に荷物は出しておこうか。ほいっと」

 思い出したようにリツは上で回収してきた荷物を邪魔にならない位置に取り出しておく。


「あ、ありがとうございます!」

 リツに気づいた村人の一人が礼を言うと、自分の荷物を確認していく。

 それを皮切りに他の村人たちもそこに集まっていく。


「さて、こっちはこれでいいとして俺たちは世界樹のほうを見に行こう」

「はいっ!」


 当然のようにリツはセシリアを誘い、笑顔でこたえたセシリアもそのことになんら違和感を持っていない。

 互いに共に旅をするパートナーであることを自然に感じ取っていた。


 世界樹は先ほどまでの巨大なサイズから本来の大きさに戻っている。

 それでも他の一般的な木と比べて遥かに大きく、大地にしっかりと根を下ろして、太いその幹からは力強さが感じられる。


「やっぱり世界樹はデカイな」

「はい……」

 見上げると、そこには巨大な世界樹の葉が青々と生い茂っているのが見える。

 巨大ではあるが、しっかりと木であることが確認できる。


「にしても、世界樹の中に土産を用意したって一体どういうことなんだ……」

 どこかに入り口のようなものでも用意されているのかと、リツが世界樹の周りを探ろうとしてふと軽く手が世界樹に触れる。


「――きゃっ! リ、リツさん!」

 そのリツの身体が光り輝いていることに気づいて、セシリアが驚いて手を伸ばして呼びかける。

 そして、彼女もリツに触れたことで一緒に光に包まれていく。


 そして、そのまま二人は光の中に消えていった。


「――あれ、リツさん? セシリアさん? ……まあ、いいか」

 どこにも姿がないことに気づいたレイスが首を傾げたが、彼らのことだから何かあれば自分たちで対処できるし、もしかしたらどこかで休んでいるのだろうと考えて、ひとまずは里の復興へ意識が向き、それ以上の捜索はしないことにした。





「……いてて――い、一体なんだっていうんだ?」

「び、びっくりしました……!」

 世界樹に吸い込まれるようにして消えた二人はどこかに尻もちをつくような姿勢で転送されていた。


「……ここは、世界樹の中か?」

 改めて周囲を見回し、先ほどまで世界樹から感じていた力の中に放り込まれていることに気づいて、こんな結論を出す。


「確かに、そうみたいですね」

 真面目な顔で周囲を見回すセシリアも同様に自身の周囲に世界樹の力を感じ取っており、更に見える範囲の壁が木の模様であるように見えるため、彼女も同じ考えに至っている。


「確かここに俺への土産を……」

 そう言って、視線を巡らせていくと広い空間のど真ん中に大きな箱が置かれているのが見える。


「もしかして、あれがソルレイクさんが言っていたお土産なんでしょうか?」

 箱自体にも装飾が施されているようだった。

 綺麗な花と妖精が舞うようなエルフ特有の細工が彫り込まれていて美しい。


「鍵は、かかっていないみたいだ。開けるぞ」

 リツはセシリアに少し下がるよう手で合図をしてから、ゆっくりと開いていく。


『おめでとおおおおおおおおおお!』

 すると、箱の中から映像のソルレイクが飛び出してきた。


「…………」

 これを予想していたリツは、続きの言葉を待っている。


『あ、あれ? 驚いてない?』

 それに対して、きょとんとしたソルレイクはまさかのノーリアクションに驚いているようだった。


「――はぁっ!?」

 しかし、今度はそのソルレイクの反応を見てリツが驚く番だった。


『あれ、今度は驚いた? ちょっとリツの驚きのツボが良くわからないなあ……』

 リツの反応を見た映像のソルレイクは難しい顔をしながら腕を組んでぶつぶつと文句を言っている。


「い、いやいや、ソルって今はもう死んでて録画したものしか残ってないんじゃなかったのか? 上で見た時は映像だけで俺の声は届かなかったし!」

 焦って弁解するリツの後方で、セシリアが何度も頷いている。


『あー、それはそうだよ。上のやつは正真正銘ただの映像なんだからね。でもって、こっちは僕ソルレイクが残した魔力によって話している分体みたいなものだから、ある程度の意志を持っているんだ』

「「…………」」

 その答えを聞いても、そんな魔法は聞いたことがないため驚きが先行してしまう。


『あー、この魔法は上で発動した魔法をもとに改良を施したもので、他の人には使えないはずだよ。やってみたらいろいろ直すところが見つかってね……まあ、ほかにも似たような魔法はどこかにあるかもしれないけどね。それよりさ……リツ、元気だった?』

 それまでいたずらっ子のようだったソルレイクはここにきて真剣な表情で質問する。


 これはただ近況を尋ねるという軽いものではなく、魔王との戦いにおいて闇にのみこまれたあと、大丈夫だったか? どうやって闇から抜け出したのか? どうやってここまで来たのか? 

 それら全てをひっくるめて、この言葉になっているようだった。


「……あぁ、元気だったよ。闇に飲み込まれて、そのまま封印されたんだけど、幸い時間の流れはあんまり感じなかったし、女神様が助けてくれたから」

 リツはふっと笑うと穏やかな声音でそう答える。

 その言葉がソルレイクを安心させるものになればと、あえて柔らかい笑顔で答えている。


『そっか……うん、それはよかったよ。映像を見たならわかっていると思うけど、あの時の真相に関しては僕はほとんど覚えていないんだよ。だから、なにがあったのかは教えることができない。今がいつなのかはわからないけど、他の仲間たちを探すのが一番だと……』

「――五百年」

 ソルレイクの言葉にかぶせるように、リツが経過した年月を口にする。


『……へっ?』

 予想だにしていないほどに大きな数値をリツが口にしたため、ソルレイクからは変な声が返ってくる。


「だから、俺たちが魔王を倒してから五百年経っているらしいんだよ。しかも、今は魔王が七人いるらしい」

『五百年!? 七人!? ……いやあ、はははっ! そいつはなんだかとんでもないことになっているねえ。はあ……死んでてよかったよ。あ、ちなみにこの箱を開けた瞬間から僕の記憶は始まってて、残っている記憶は僕が死んだあの時までなんだ』

 この話を聞いてリツはどうにも腑に落ちていない。


「なんで……」

 疑問を口にしようとしたところで、自身の口元に手を当てたソルレイクは小さく首を横に振る。


『疑問も色々あるだろうけど、それは聞かないのが優しさだよ。それより、リツと、あとお仲間さんにプレゼントがあるから箱の中身を持っていっていいよ……そろそろ、僕の、魔力も、きれ……』

 光は徐々に弱まっていき、それと合わせるようにソルレイクの声が聞き取りづらくなっていく。

 じっと見つめるリツたちの目の前からそのまま消えてしまった。


「……はっ、最後の最後まで自由なやつだったな……――俺も会えて嬉しかったよ」

 泣きそうな顔でくしゃりと顔をゆがめて笑ったリツは光が消えた方向から目を離せずにいる。

 騒がすだけ騒がして消えてしまった昔の友、それでも少しの時間だけでも言葉を交わせたことはリツの心に暖かさを残していた。


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