第48話


「それにしても、なんで俺がこの世界樹の内部にたどり着くことを前提に色々を用意したんだろ? ここまでの大がかりなものともなると、確信がない限りできないと思うけど……」

 箱の中身を確認しながらリツは首をかしげていた。

 まだ詳細には確認していないが、ソルレイクが用意してくれた箱の中には、ぱっと見でもわかるほどに希少なアイテムが入っている。


「えっと、勇者に数えられるほどに優秀なエルフの方であれば未来予知の魔法が使えたとかでしょうか? リツさんだけでなく、仲間にもプレゼントがっておっしゃっていたので……」

 横から箱の中身を見ているセシリアは少し考えてから話す。

 この未来がわかっていたからこそ、ソルレイクは残りの人生をかけて準備をすることができたのではないか? それがセシリアの予想である。


 だが、リツは首を横に振った。


「いや、さすがのソルにも未来を視ることはできなかった。だからこそ、今回の件が疑問なんだよ」


 ソルレイクが未来視ができない――というよりも、この世界に未来視のスキルや魔法は存在しないのを知っているからだ。

 リツは最初に召喚された際に女神にそんな力があるのかを質問していた。


(あの頃は未来が見えれば、かなり有利に動けると思っていたからなあ……)

 しかし、答えはノー。

 神の力をもってしても未来を見通すことができない――それが女神からの答えだった。


「となると、別のなにか……」

 セシリアはそれ以上になにかないかと考えてみるが、状況的に謎が多すぎるため、いくら考えても何も結果はでてこなかった。


「……ま、考えても仕方ない。それより、あいつがくれるっていうものをもらって戻ろう」

 気持ちを切り替えたリツは巨大な箱を覗き込んで、中身を取り出していく。


「これはセシリアが使うといいよ」

 まず取り出したのは靴だった。

 細いブーツで、愛らしい羽根のような意匠が施されている。

 特別になめした革でできているそれは白ベースのカラーで、差し色で緑のラインが入っている。


「こ、こんなに素敵なブーツを頂いてもいいのですか?」

 金具部分には緑の魔石が埋め込まれており、機能とデザインの両側面から見てかなりランクの高いものであるとわかるため、セシリアは簡単にはもらうと言い出せずにいる。


「なんでか知らないけど、あいつは俺が仲間を連れてくるとわかっていたみたいだ。そして、その仲間……つまりセシリアにはこれが必要だと判断していれてくれたんだと思う。デザインからして俺よりセシリア向けだしね」

 遠慮するセシリアに、リツは押し付けるようにして渡す。


 どう見ても明らかに女性向けのデザインであり、サイズもおそらくセシリアにピッタリであった。


「俺は、こっちをもらおうかな」

 次に取り出したのは腕輪で、エルフが持つ特別な金属を加工したもので、赤をベースとしており、こちらには赤い魔石が埋め込まれている。


「見た感じ、セシリアのは魔力を込めることで素早く動けるように、風の加護が施されていると思う。でもって、俺の方は単純に力が強化されるものだね」


 素早さ強化、力強化、それだけ聞けばシンプルなものである。


「ちょっと履いてみていいですか?」

「もちろん、俺もつけてみるよ」


 ただ、リツはそんな簡単なものではないことをわかっている。


「でも、気をつけて。さっきも言ったように動く速度があがるから……」

 ソルレイクが用意したものが見た目以上の効果を持つ可能性を感じ取ったリツはあらかじめ注意を促す。


「はい! わかりまし、たあああああああああああああああああ!?」

 返事をしながらも、ブーツが履けたタイミングで魔力を込めてしまったセシリアはどれだけ強力なものかわかっていなかったため、突然強烈な勢いで背中を押されたように世界樹内部を走り回っているという特異な光景になっていた。


「リ、リツさん、助けてええええええええ!」

 なんとか転ばないように、衝突しないようにと気をつけているものの、それにもいずれ限界がきて盛大に転ぶのは目に見えている。


 加えて、自分の想定以上の力で動かされているため、足を止めることはかなわず、混乱しきっているセシリアは魔力を切ることもできずにいた。


「りょうかい、っと」

 力づくで止めることもできるが、それではセシリアの身体に大きな負担を強いてしまう。


(威力を殺しつつ、優しく包み込むように受け止めないとだな)

 少し考えたリツは、風の薄い膜を何枚も展開していく。


「あ、あれ? なんだか、少し、ゆっくりになっているような……」

 リツの作り出した柔らかい風の障壁を何度かくぐるとセシリアはようやく状況を把握できるくらいのスピードになっているのを感じていた。


 一気に速度を落とさせると反動が強いため、リツは徐々に速度を落とさせている。

 そして、通常の駆け足より少し速いかなくらいになったところでリツはセシリアの進行方向に飛び出す。


「セシリア、魔力のことは考えなくていいからただただ力を抜いて! 俺を信じて!」

 リツは迎え入れるように大きく両手を開いて、セシリアを受け止める準備をする。


「リツさん……! はい!」

 これまでリツとともに旅をしてきて、彼の力を、人柄を、言葉を信じてきた。

 だから、今回もリツを信頼して、そのまま力を抜いていく。


「おっとお、っと……はい、止まりました、と。セシリア、抱えている間にブーツへの魔力をカットしてもらえるかな?」

「わ、わかりました」

 リツにお姫様抱っこの形で抱きかかえられているセシリアは顔を赤くしながらも、なんとか冷静さを無理やり保って、リツの指示に従っていく。


 魔力を宿して緑色に光っていたブーツの光は淡く小さなものへと変わっていた。


「これで大丈夫です。あ、ありがとうございました」

 魔道具から普通のブーツの状態に戻ったと報告しようとして、思ったより顔が近いことに気づいたセシリアは顔を赤くしながら礼を言う。


「それはよかった……はい、これで大丈夫」

 リツはセシリアをゆっくりと降ろしていき、笑顔を声をかける。


「あ、ありがとうございましたっ……」

 頬を押さえながら改めて礼を言うセシリアは、自分のミスで迷惑をかけたこと、抱きかかえられたことなどなどを考えて、恥ずかしそうにもじもじしてしまう。


「仲間なんだから、気にしないいいよ。それより、その魔道具の使い方について考えて行こう。さっきみたいなのは困るからね。俺がもらった腕輪もそうなんだけど、ソルレイクが用意してくれたこれは同じ効果を持つ魔道具の中でも最高峰の効果を発揮するものなんだ……」

 それから、リツが今回の装備の説明をしていくが、先ほどの光景がチラチラと頭をよぎるセシリアはどこか落ち着かずにいた。

 


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