第46話
「みんな、必要な荷物だけ持ってすぐに逃げるんだ!」
これはリツ同様に状況を理解したレイスの言葉だった。
ソルレイクが最後に言い残した、森と世界樹がももとに戻る、それはつまり……。
「世界樹と森の成長が本来のものに戻る――すぐにこの木が小さくなるぞ!」
この過剰なまでの成長にはソルレイクの魔法が関与していた。
彼が最も得意としていたエルフ固有の植物魔法。
それは植物を自在に操ることができ、成長を促すことができる。
しかし、魔法の天才であったソルレイクの魔法は普通のソレとは桁が明らかに違い、ここまで巨大になるほどの成長するほどまでの強力な魔法になっていた。
「魔法が、解除、されるぞ!」
周囲に警戒を促すように大きな声をかけているリツは移動しながら、みんなの荷物をどんどん収納している。
そして、いよいよそれが始まった。
ゴゴゴゴと唸るような地響きとともに世界樹の背丈が徐々に小さくなっていく。
それと同時に周囲に生えていた巨大な原生林までもが本来の姿を取り戻していく。
「きゃああああっ!」
「うおおおお!」
「ど、どどど、どうしよう!」
世界樹が小さくなっていくということは、足場になっているはずの巨大な枝もどんどん細くなっていく。
その枝の上に作られていた家も次々に支えを失って落下していた。
「ははっ、これはすごいな。にしても、このままだとまずいな」
「リツさん、ど、どど、どうしましょう!」
セシリアも村人と同じように混乱し、どうしたものかと困っていた。
「どうにかするしか、ないよな。こうなったら……サモン”シムルグ”!」
刻一刻と世界樹は小さくなっていく。
事態を打開すべく、リツは召喚魔法で、巨大な鳥の魔物を呼び出した。
「くるるるるるうううううう!」
周囲に響き渡る大きな鳴き声とともに、シムルグが召喚される。
「俺たちのことはいいから、この木の上にいる全員を背中にのせていってくれ! 全員助けられたら、しばらくは上空で待機。村の崩壊が終わるまで待っててほしい、頼んだ!」
「きゅうううううう!」
早口でまくし立てるようなリツの指示を全て理解したシムルグは高らかに鳴くとすぐに動き出した。
「リツさん、私はどう動けばいいですか?」
シムルグのことは質問せず、セシリアは真剣な表情で問いかけた。
ずっとそばにいたセシリアが知るリツならばあれくらいの魔物を呼び出せてもなんら不思議ではない。
だったらそのことを聞くよりも、現状を打破するための行動を確認するのが優先だった。
「逃げ遅れがいないかを確認。いたら、ここに連れてきてくれ。俺は俺で他を探してみる」
「はい!」
それから二人は手分けして村の中を走り回って声をかけていく。
しかし、特に声も気配もなく、全員が逃げ出せたことを確認することができた。
そうしている間も世界樹はどんどん小さくなっていく。
「もう誰も残っていないみたいです!」
「こっちもだ!」
既に村人は全員シムルグの背中におり、残ったのはリツたち二人だけである。
「リツさん、あとはお任せします」
「あぁ、任せて」
信頼していると笑顔を見せるセシリアに対して優しく笑ったリツが手を前にだし、彼女は優しくそこに手をのせる。
「それじゃ、バイバイ」
ソルレイクの面影を思い浮かべたリツは先ほどまでソルレイクが姿を見せた場所に別れを告げると、そのまま枝から飛び立つ。
二人を魔力が包み込んでゆっくりと、ふわふわと落下していく。
これは以前にもやった方法であり、巨木からの落下という点では同じシチュエーションでもある。
「ふふっ、前の時はすごく怖かったですけど、今は安心感がありますね」
短いながらもここまでリツとともに旅をしてきて、彼に対しての信頼感が強くなってきており、以前経験したことがあるのも相まってセシリアに不安などは一ミリもなかった。
「そう言ってくれるとこっちもホッとするよ。少しは俺も信用できるくらいにはなったのかなってね。それと、みんなも無事みたいでよかった……」
そう言いながらリツは元の姿を取り戻していく森に視線を落とす。
(この規模の魔法を数百年単位でかけ続けていたと考えると、やっぱソルのやつは天才で、超弩級の……アホだな)
実際に、どれだけの年月かかればリツがここにやってくるのかはソルレイクにもわかっていないことであり、もしかしたら来なかったかもしれない。
それでも、リツがやってきてソルレイクの封印を解除するまで魔法は解除されないようになっていた。
(これをアホと言わずになんといえばいいんだろうな……)
内心呆れかえっていたリツはやれやれと息を吐く。
年数分の成長はそのまま適応され、魔法による異常な成長だけが解除されていく光景は幻想的でありつつ、不自然な巻き戻しを見ているようでちょっと気持ち悪くもあった。
「ま、まあ、これでもとに戻ればエルフの里の人たちも本来の生き方である森とともに暮らせるし……いいのか……?」
考えることを放棄したリツはひとまずこの光景の異常さには目を瞑ることにした。
世界樹や森が本来のサイズに戻るころにはリツたちも地上へと降り立ち、それに合わせてシムルグも村人たちを地上に降ろしていく。
「さて、森が元に戻ったわけだけど、どうする?」
エルフ族たちに向かってリツは問いかける。
今までの生活がおかしかったわけだが、それでも何百年もの間、遥か上空で暮らしていた彼らエルフにすれば、今更地上に降りて来たというのはガラリと環境が変わってしまうことである。
それをすんなり受け入れられるのか、リツは心配していた。
「リツさん……」
すると、村長のレイスが一歩前に出てリツと向かい合う。
恨み言を言われるのか、それとも諦めをぶつけられるのか、まさかソルレイクがあんな仕掛けを残しているとは思っていなかったリツは次の言葉に対して少し身構えてしまう。
「――ありがとうございました! これで、やっと本来の生活に戻れます!」
しかし、リツの予想とは裏腹に、レイスの口から出たのは感謝の言葉だった。
それが村人全員の総意であることを表すかのように、他のエルフたちも彼に続いて頭を下げていく。
「あれ? こんな風にしたのは俺とソルのせいだから、文句の一つ二つ言われるのを覚悟していたんだけど……」
意外だと驚いたリツがそう言うと、レイスは首を大きく横に振った。
「私たちは世界樹の上で暮らすことを運命として受け入れていました。それでも、我らは森の民。再び地上で暮らしたいという思いを同時に抱えていたのです。その思いが叶えられたことは、まるで夢のようです!」
この反応は思ってもみなかったものであるため、リツは一瞬驚いたあと、照れ隠しに苦笑し、頭を掻いていた。
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