第45話
「ソル……」
徐々にその光が形どったのは透けているものの、リツの記憶にあるソルレイクそのものだった。
懐かしい顔に思わずリツは嬉しそうにその名をつぶやく。
「ソルレイク様!」
「ソルレイク様だ!」
「す、すごい、本当に封印されていたなんて!」
周囲にいたエルフたちは感激したようにその名を口々に呼ぶ。
絵などで見たことのあるものや、長命で記憶にある者などが驚いて声をあげている。
中には膝をついて祈り出すものまで現れる始末だった。
「……なかなか騒がしくなったが、それでソルは俺になにか伝えたいことがあるんだろ?」
周囲の騒がしさに一瞬眉を顰めるが、それよりも聞かなければと切り替えたリツが真剣な表情で質問したものの、目の前にいるソルレイクからはなぜか反応がない。
不思議そうに首をかしげているリツに構うことなく、虚空を見ているソルレイクは静かに口を開いた。
『…………この映像を見てくれているのがリツだと信じて僕は言葉を残す』
真剣な表情で願うように話し出したソルレイクのこの言葉を聞いて、リツはこれが録画映像であることを悟る。
五百年前の旅の最中に、地球でのことをソルレイクから色々と質問されて答えていた。
その中にテレビやビデオや動画などの話も含まれていた。
それを魔道具で代替物を実現させたのが、この映像を残すものということになったのだろうとリツは理解した。
「みんな、これはソルが俺に残した言葉だ。世界樹の中に残ったソルの意識が最後の思念となって残されているもので、俺たちの言葉に反応することはない。だから、どうか静かに聞いてやってくれないか」
ぐっとこらえるようにこぶしを握ったリツが振り返って真剣な顔で言うと、エルフたちは状況を察して声をおさえてくれていた。
『この映像が見えているということは、リツはおおよそのことを把握していると思う。僕がパレードに参加しないで里に戻ったことや、すぐに里と周囲の環境を変えて防衛に勤めたことなんかがそれにあたるね』
静かなエルフの里にソルレイクの低く優しい声だけが流れる。
じっとソルレイクの映像を見ているリツはこの言葉にただ頷く。
言葉が届くことはない、しかし彼と会話をしているようでどこか懐かしさを感じていた。
『さて、僕がなぜパレードに参加しなかったのかだけど……ごめん、答えてあげたいんだけど、そのあたりの記憶が曖昧なんだ。リツが魔王を倒したその時、リツが闇に飲み込まれた――明確に思い出せる次の記憶は里に戻って来た自分だった……』
悔しさをこらえるようなソルレイクのこの言葉を聞いたリツは衝撃を受ける。
一つはあの場所にいた彼だったら何かを知っているかもしれないと考えていたが、その情報を得ることができないこと。
もう一つは魔法の天才で、耐魔法能力の高い彼がまるで操られたかのように、里に戻ってくるまでの記憶を奪われていること。
『……さすがに何も覚えてなくて焦ったよね。でも、どうやって記憶が奪われたのかはどうでもよかった。それよりもなんで記憶が奪われたのかの理由のほうが怖かったんだ……。エルフの里はエルフか、許可を受けて同行した者のみが入れる……詳しい場所は基本的に部外者には秘匿されている』
今回リツがここにやってくることができたのは、五百年前に当時の里長とソルレイクから許可を受けて、更に世界樹の加護も受けていることが理由だった。
「なるほど……だから急いで里の防衛網を作ったのか」
次にソルレイクが言おうとしている言葉の予想ができたリツは、納得がいったようにそう呟く。
『つまり、誰かがこの隠されているエルフの里に入り込もうと僕を追跡しようとしたんじゃないかと思ったんだ。ただ、幸いなことに記憶を取り戻したのがエルフの里にたどり着く直前だったから、そこからは自分の姿を隠して行動ができたんだ』
だからこそ、今もエルフの里は存続されており、たどり着くことができるのもリツたちのような認められている者のみに限られている。
『結局、すぐに対応したことで追っ手をまくことができた。その代わりに、正体を突き止めることはできなかった。それだけが悔やまれるよ……それで、ここからは予想なんだけど情報によると唯一パレードに参加したのは人族の王女。つまり、あの彼女ということになるんだけど――リツを封印したのってもしかして彼女なんじゃないかな? って思うんだ……』
心苦しそうなソルレイクからの問いかけに、リツの頭に仲間としてともに旅をした彼女の顔が浮かんでくる。
アーリア=リーゼリア王女。
美しい少女であった彼女はリツが召喚されたリーゼリア王国の第三王女であり、彼女自身がその強力な魔力を持ってリツの召喚を執り行っていた。
彼女は、城の中でも聖女として崇められており、身分が低いものでも対等に扱っていた。
癒しの力を持つ彼女は、リツたちが傷つけば自らの疲労など顧みずに回復してくれた。
正義感も強く、王女という見ながら自ら勇者であるリツの旅を最後まで見届ける責任があると立候補して旅について来ていた。
「まさかアーリアがそんなことを……」
清らかな心の持ち主のみが使うことができるといわれている癒しの力の使い手。
そんな彼女がリツのことを闇の力で封印する。
「――ありえない」
一瞬想像してみたが信じられず、その考えを振り切るように首を横に振ってみるものの、それでもどこかでもしかしたら、とリツは思わされてしまう。
『ごめんね、こんな話をしたら、きっとリツのことだから悩むと思う。楽観的だけど、仲間のことに関してはいつも真剣だった君だからね。もう力が残っていない僕にはどちらにしても真実はわからない……そして、他の仲間がどうなったのかもわからずじまいだ。頑張って色々調べてはみたんだけどね……』
ソルレイクは自分の言葉をリツに聞かせることにためらいを持っているようで、申し訳なさそうな顔をしている。
リツたちの仲間だった残りのメンバーは、竜人族、猫人族、巨人族、前魔王の娘の四人になる。
そんな彼らの行方をソルレイクが調べてもわからないということは、それこそ彼らにもなにかがあったと考えるのが自然だった。
『この魔法……何年も保存することを優先したせいか、あまり長く録画することができないから、そろそろ締めに入ろうか。色々言ったけど、僕は今のリツが幸せになる道を選んでほしいと思ってる。何年たったのか想像もできないけれど、わざわざ過去のことを掘り返す必要なんてないし、ひっそりとどこかで勇者としてではなく、ただ一人の人として楽しく暮らしてくれるのが一番だよ』
そこまで言ったところで、ソルレイクの顔はこれまでの優しい笑みから、ニヤリと歯を見せたちょっと意地の悪そうな笑いに変化する。
『――でも、きっとリツのことだから色々首を突っ込むよね? もし、そうなったとしたらみんなで打ち上げするチャンスをぶち壊したやつを見つけて、顔面に一発いれといてくれるかな! というわけで、僕からの連絡は以上! ……あー、あとこの話が終わったら森も世界樹も元に戻るようにしてあるから、エルフのみんなは昔のように普通に暮らせるようになると思う、苦労を掛けてごめんね。あと、リツには世界樹の中にお土産用意しといたからあとで見てみて――じゃあね!』
最後のほうは駆け足になりながらもいたずらっ子のようにニッと笑ったソルレイクはびしっとリツのほうを指さして言いたいことを告げ、光が消えると同時に映像がぶつっと消える。
次の瞬間、リツは懐かしさから一転、ハッとしたように慌ててエルフたちへと振り返る。
「っ……逃げる準備をしろッ!」
これほどに大きな声をあげるリツを見たのは初めてだったため、セシリアをはじめ、その場にいる者たちはキョトンとして驚いていた。
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