第42話


「いやあ、先ほどは実にお見事でした!」

「ほんとほんと、二人ともすごすぎます!」

 鳥の魔物の処理は村の者たちによって手際よく行われ、あれよあれよという間に宴が始まり、リツとセシリアはその中心に据えられてみんなにもてはやされていた。


「い、いや、あれくらいなら俺以外でも……」

 リツが知っているエルフの者ならばあれくらいできると言いたかったが、宴に参加しているエルフたちは全員が首を横に振っている。


 それはリツの隣にいるセシリアも同様だった。


「あれほど巨大で強そうな魔物を一撃で倒せる人なんて、世界に数えられるほどしかいないはずです!」

 セシリアがそう強く言うと、エルフ一同が大きく頷いていた。


「そ、そうかな? でもほら、その前のセシリアのアレもすごかっただろ?」

 リツは矛先を自分からセシリアへと移していく。


「そ、それこそ私以外でもできるはずですよ! だって、ここはエルフの里なんですよね? エルフといえば弓が得意な種族で……」

 そこまで言ったところで、エルフたちが目を細めてセシリアのことを見ていることに気づいて言葉を止める。


「ははっ、セシリア。そういうことだ。みんなの視線を見ればわかると思うけど、あんな芸当はセシリアじゃないとできないってことだ。武器も特別だけど、かなり強いからなあ……そういえば、あの弓ってこの木を使って作られてるんだよなあ」

 なんてことないようにさらっと言ったリツにきょとんとしたエルフたちは驚いて視線をセシリアに集めていた。


「あ、えっと、これ、ですね」

 その圧力に負けて、セシリアはおずおずと弓を取り出していく。


「「「「「おおおおおお!!」」」」」

 すると、歓声が巻き起こってセシリアの周りには世界樹の弓を見ようと人だかりができていた。


「本当だ……!」

「世界樹をこんな風に加工するとは……」

「すごい、綺麗……」

「威力に驚いてよく見てなかったけど、すごいな」

「力を感じる」

 さすがに直接触れる者はいなかったが、離れていてもこれが世界樹を素材に作られていることはわかっていた。


 普段から世界樹の上で生活している彼らだからこそ、この弓が秘めている力強さを感じ取っている。


「俺が持ってた素材を使って作ったんだ。彼女と相性がよかったみたいで、さっきみたいに十分以上に使いこなせてるから素材を提供して正解だったよ」

 今度は全員の視線がリツに集まる。


 世界樹の枝を素材として持っている人物など聞いたことがない。

 そして、巨大すぎるほどに成長してしまった今の世界樹から素材を切り出せるとも思えない。


 一体、彼は何者なのか? とその場にいる誰もが疑問に思っていた。


「あー、俺が世界樹を持ってた理由が知りたいっていう顔だなあ……」

 今度もエルフたちは絶妙の団結力で、一斉に頷いて見せる。


「まあ、色々話を聞くには俺のことを話したほうが早いか……じゃあ、今から色々話すけど、信じられないからといって責めないで欲しいし、他言無用、外には漏らさないで欲しい」

 ここは外の世界とは断絶された場所であり、エルフという種族の義理堅さを知っているリツは彼らに話そうと決めた。

 リツが真剣な表情で言ったため、エルフたちはこれまた神妙な面持ちで同タイミングで頷いていた。


「――それじゃあ、話していこうか……」

 一息ついたリツはそれから、自分が五百年前に魔王を倒した勇者であることを話していく。


 過去の旅の中でエルフの里にも立ち寄っており、その時に世界樹の枝と葉をわけてもらっていたこと。

 その時にエルフの特性だとか、森のことなどを聞いていた。

 だからこそ、ここまで大きく変化している森に驚いている。

 魔王との戦いで、リツは魔王を倒したと同時に闇の力に飲み込まれて封印されたこと。

 

 それらをぽつぽつと説明していく。


 決して楽しい話ではない。

 だが、これらが事実であるため、それを隠さずに話していた。

 

「とまあ、そんな感じで復活してからは一人で旅をして、途中でセシリアと知り合ってからは二人でここまで来たってところかな……ってなんでだよ!」

 思い出しながら話していたリツは、話し終えたところでみんなの顔を見てぎょっとすると、おもわずツッコミを入れてしまっていた。


「その若さでそんな辛い目に……」

「みんなと別れを告げられないまま……」

「一人そんな空間に取り残されただなんて……」

「リツさんは伝説の勇者だったのですね……」

 エルフたちは悲しみから涙を流すもの、リツへの憧れで目を輝かせている者の二パターンにわかれていた。


「うぅ、リツさんがそんな悲しい経験をしてきただなんて……」

 そんななか、以前に話を聞いていたセシリアまで涙にくれていた。


「いやいや、百歩譲ってエルフのみんなが泣いたりするのはわかるとして、セシリアは大体知ってたはずだろ? それで、ここにも来ることになったんじゃないか」

 過去にリツが訪れたことがある場所に行こうと提案してくれたのはセシリアだった。

 世界樹の素材を使ったことをきっかけにエルフたちが懐かしくなったリツがエルフの里を目指そうと決めたのだ。


「そ、それはそうなんですけど、それでもやっぱり悲しいです。世界を救ったのに称賛されることもなく、ともに旅をしたみなさんとも急な別れになってしまって、今も誰もリツさんの功績を認めてくれません……」

 もっとリツが報われるべきだ、という強い思いがセシリアの目に涙を浮かべさせていた。


「ははっ、セシリアがそう言ってくれるだけで十分だよ。それより、今の話を踏まえたうえで聞きたいことがあるんだ……ソルの情報はないか?」

 リツは泣いているセシリアの頭を優しく撫でながら笑う。


 ソルとはリツが五百年前に魔王と戦った際に、一緒にパーティを汲んだエルフの勇者。

 天才魔法使いのソルレイクのことだった。

 つややかな銀髪に女性と見間違うほどの美しさに細身の身体を持つ少年。

 エルフに伝わる魔法のほとんどを極めるほど才能にあふれていた彼のことならば五百年たったいまでもなにか逸話が残っているかもしれないと思っていた。。


「ソルレイク様、ですか……」

 その名が出たところで、村長の顔色が変わる。

 他のエルフたちの顔にも影がさして、リツから視線をそらしていた。

 先ほどまで宴の熱気で盛り上がっていた会場が一気に静まり返って重たい雰囲気になる。


 様付けされるくらいには、ソルレイクも彼らの中では伝説の人物とされているのは伝わってきた。

 そんな彼が魔王との戦いを終えてからどうしたのか? それをリツは知りたかった。


「……わかりました。宴はこのへんで切りあげて、私の家で話しましょう――こちらへどうぞ」

 これは彼らにとって重要な話題であるらしく、これまでで最も真面目な表情となった村長は重々しい雰囲気の中、立ち上がり、リツたちを自宅へと案内していく。


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