第43話
村長レイスの家に行くと、彼は無言のままリビングのような場所に案内すると、近くにあった棚から食器を取り出し、リツとセシリアのお茶を用意していく。
「「…………」」
先ほどまでの宴の時とは一転して、重い空気になっているため、席に着いたリツとセシリアも無言のままレイスの対応を待っている。
「お待たせしました。大したものは用意できませんが、エルフ豆で作ったお茶です」
お茶の温かい湯気につられるように少し表情を緩めたレイスがそう言ってお茶を出す。
エルフの里で栽培されているエルフが好んで食べる豆。
それを炒ってすりつぶして、それをお茶として煮だしたものとなる。
「いただきます」
リツはそれを受け取ると、ずずずっと音とたててすする。
「うん、これはなかなかいいね。ホッとする味だ」
玄米茶にどことなく煮た風味であり、リツは懐かしさからこのお茶を気に入っていた。
「美味しいです!」
普段は紅茶派のセシリアも、エルフ豆茶を気に入った様子だった。
「それはよかった……それで、ソルレイク様の話でしたよね」
お茶を一口すすったレイスが決意したように顔を上げ、重い口を開いていく。
「およそ五百年前、魔王が倒されたあと……まだエルフが地上に住んでいたころですね。ソルレイク様は真っ白な顔をしてエルフの里に戻って来たと言われています。魔王を討伐した勇者パーティは大いに称賛され、各国からも報奨金がおり、凱旋パレードなども行われたという話も聞いています……ですが、ソルレイク様はそれら全てを辞退してすぐにエルフの里に戻って来たようです」
それは彼がそれらの称賛を受けることを良しと思わなかったことを表していた。
「いや、それにしても全部辞退っていうのはどういうことなんですか? 金はもらって困るもんじゃないし、それらを断ったとしても仲間たちとしばらくは勝利を分かち合ってもいいはずだ……」
自分が封印されたあとになにが起こったのかわからないリツは当然あるべきである彼らの行動を予想していうが、レイスは首を横に振る。
「そのあたりの理由はよくわかっておりませんが、凱旋パレードに参加されたのが勇者の中でも人族の王女だけ、というのもなにか関係しているのかもしれません」
「っ……そんな馬鹿な!」
硬い表情でそう言ったレイスの言葉に、信じられないとリツは思わず立ち上がって声を荒らげる。
五百年前、勇者リツの仲間は六人いたはずである。
治癒魔法の使い手である人族の王女。
竜人の英雄とも言われた古強者。
猫人族の元盗賊の少女。
巨人族の末裔である心優しき青年。
魔法の天才、エルフの少年。
魔族の裏切り者、前魔王の娘。
彼らは一人一人が特別な力を持っており、それぞれが単騎でもかなりの強さを誇っていた。
そんな彼らならば、恐らくは残った魔王軍の幹部にも負けることなく勝利したはずである。
しかしながら、パレードにソルを除いた四人も参加していないという……。
「……なんでそんなことに、俺がいなくなったのが原因なのか?」
呆然と呟くようにうつむいたリツは混乱していた。
仮にリツがいなくなったとしても、魔王を討伐したのちの世界には平和がもたらされたはずであり、それは喜ぶべきことである。
リツの仲間たちは世界の平和を心から望んでいたし、全力を賭していた。
パレードを面倒くさがるメンバーはいたかもしれないが、放棄するなんて考えられなかった。
「いったいソルたちになにがあったっていうんだ……?」
強力な魔物を前にしても、大きなトラブルを前にしても決して揺らぐことのなかったリツ。
セシリアはそんな彼がここまで驚いているのを見るのは初めてで、よほどショックを受けているのだと察していた。
「…………本来であれば、外部の人間に話せる内容ではないのですが、ソルレイク様のお仲間の勇者様であるならば、一つ話せることがあります」
「頼む、教えてくれ!」
なにか少しでもいいから情報を聞きたい。
その想いから、リツは食い入るようにレイスに懇願する。
「もちろん話したいのですが、あなたが本当にソルレイク様と旅をした勇者であることを証明してもらう必要があります。ソルレイク様のことは、我々エルフの里のものでも一部の人間しか知らないことで、いつしか触れることすらためらわれるほどの話題ですので」
「なるほど……」
言われてみればそのとおりだった。
五百年前の勇者だというのはリツの発言でしかなく、その証拠はどこにもなかった。
「勇者だったという証拠……なにかあったかな?」
どうにかして話を聞きたいリツはおもむろに空間魔法の中を探る。
そこには大量に物を収納しているため、その中になにかしらあるかもしれないと考えを巡らせる。
およそ十分ほど考えたところでリツはいくつかのアイテムを取り出してテーブルに置いていく。
「えっと、これがソルが使ってた大王樹の杖で俺が預かってたやつ。んでもって、こっちのが当時の勇者たちに配られた記念メダルで、世界で七枚だけ作られたもの。これが俺ので、これが猫人族のやつので、こっちのがエルフのメダル。あとは……」
どれが証明になるのかわからないため、リツは過去に手に入れたアイテム類を順番に出していこうとする。
リツの空間魔法は五百年前もとても便利な魔法で重宝されていたため、仲間の倉庫代わりに使われてた。
だれもがすぐに使わないものはリツに預けていたため、勇者たちのいろんな道具がしまわれていたのだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい! だ、大丈夫、大丈夫ですから、もうこの杖とメダルだけで十分すぎるほどです!」
レイスはリツが取り出した二つを見て、内心驚愕している。
大王樹とは、世界に数本あるとわれている世界樹たちの王たる存在であり、その内包する力は一般的な世界樹を遥かに越えているといわれている。
五百年前にソルレイクが武器として使用していたことはエルフの中では誰もが知っていることだった。
加えて、このメダルにはレイスも見覚えがあった。
このメダルは彼らが旅立つ前に配布されたものであり、いくつかある勇者たちの肖像画や書類の中に描かれていた。
特殊な魔法によってつくられたメダルはそう簡単に複製できるものではなく、今現存している物はない。
勇者パーティだけが持ちうるものをいくつも出してくるリツに驚愕しながらも、彼は本当に五百年前の勇者なのだろうと、レイスは納得させられていた。
「それじゃあ……」
続きを話してもらえるか? というリツの確認にレイスが頷く。
彼のことを五百年前の勇者であると確信したレイスは、自らが知る限りのソルレイクについての情報を話始めていく。
「まず、あの方のことを話すためには、現在のエルフの里がなぜこのような世界樹の枝葉の上に、それもかなりの高い位置に移動しているのか――そこから話さなければなりませんね。実は……」
こうして、レイスによる昔話が始まっていく。
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