第41話


 休憩部屋で休んでいる間に、フィルからなんでこんなにエルフの民はリツたちを歓迎してくれるのかを教えてもらうことにした。


「なるほど……さっきも言ってたけど、長いことこの村に来るような客や旅人はいなかった。それも数百年とかのレベルで」

「はい」

 ソファに腰掛け、改めて整理をしているリツの言葉を聞いて、向かい側に腰かけていたフィルが頷く。


「で、閉鎖的な環境のせいで、外からの刺激に酷く飢えている。だから、外の話を聞かせてくれる俺たちはとても珍しい楽しみを提供してくれる者たちだ、と」

「えーっと、はい」

 含みのあるリツの言葉に、苦笑交じりのフィルは小さく頷く。


「――まるで、客寄せパンダみたいだな……」

「ぱん、だ?」

 初めて聞く言葉にフィルは首を傾げている。

 彼女も外からの客人は久しぶりであるためにリツたちに興味津々で、聞きなれない言葉につい反応してしまっているようだった。


「いや、そこは気にしなくていいよ。とりあえず歓迎してくれるのはありがたいし、こっちも色々と聞きたいことがあるから、宴の席で質問させてもらおうかな」

 緩く首を振ってこたえる気はないリツはそう言って話を切り替えた。

 エルフの里がなんでこんなことになっているのか、リツの仲間だったエルフはどういった最期を迎えたのか――彼はそれを聞きたかった。


「えっと……宴ではお酒も入るので答えてくれるかわかりませんが、落ち着けば村長が色々と話してくれると思います。村長というだけあって、とても長命で物知りですから」

 ふわりと笑顔のフィルはそう言って外に視線を向ける。

 外が騒がしくなっているのを感じ取ったようだった。


「……た、倒した魔物の親が追いかけてきたぞおおお!」

「な、なんとか倒すんだ!」

「あんたら、これじゃ宴なんか開けないじゃない! 早くなんとかしてよ!」

 どうやら宴のために魔物を狩ってきたらその親が怒って襲い掛かってきたようで、空から巨大な鳥の魔物が何体もうやってきており、村に攻撃しようとしていた。

 村人たちも舞い上がって注意をおろそかにしていたのだろう。


「…………あれは?」

 頬を引きつらせながらリツは思わずフィルに質問してしまう。


「ちょ、ちょっと調子にのって大きな魔物に手を出してしまったみたいですね……」

 彼女は引きつった笑顔で答えるが、鳥の魔物の攻撃で世界樹の葉が舞い上がっている様子を見てその笑いも乾いたものになっている。

 鳥の魔物が襲い掛かってくることはまれにあるが、これほど大きな世界樹の木はよほどのことがないと破壊されない。

 それゆえにそれほど慌てていないようだが、藪蛇をつついてやりすぎてしまったことを察して苦笑しているようだった。


「はあ、仕方ないな。セシリア、頼めるか?」

「もちろんです!」

 リツに声をかけられるよりも先に立ち上がっていたセシリアは弓を構えていた。


「いきます!」

 その声と共に、一射、二射、三射と次々に矢が放たれていく。

 必要な物だけ傷つける仕様のため、家の中から放った矢は壁を傷つけることなく魔物だけを狙って真っすぐ勢いよく飛んでいった。

 それらは確実に魔物の頭部を撃ち抜いていく。


「す、すごい」

 その見事なまでの弓の技術にフィルは目を丸くしていた。


 エルフというのは魔法と弓の特化した種族であり、フィルもそれなり以上には弓を扱うことができる。


「全て急所に命中してる……」

 しかし、セシリアのソレは圧倒的なまでの命中精度であり、彼女には到底まねできないものだった。


 それは、他の村人たちからしても同じであり、次々と的確に撃ち落とされていく魔物を呆然と見ていた。


「おー、さすがセシリア。あとはあのデカイの一体か」

 ひと際大きな個体が一体残っている。

 それは、セシリアが矢を放っても完全に避けるか魔力で撃ち落としていた。


「ちょっと、あれは倒すのにひと苦労しそうですね……」

 今のまま、ただ矢で狙うだけでは倒しきれず、セシリアは別の作戦を考え始める。


「いや、俺も少しくらいはやってみるよ。二人はここで待ってて」

 リツは空間魔法から剣を取り出すと、窓を開けて飛び出すと足場となる木を蹴って、次の木に移動、更にそこから跳躍を重ねていき、あっという間に距離を詰める。


「さて、お前の相手は俺がするとしよう。あー、みなさんは少し下がって下さい。さすがにこのデカブツと戦って、周囲への影響を完全になしにするのは難しいので」

 軽い調子でリツが言うため、エルフたちはどうしたものかと戸惑ってしまう。


「みんな、リツさんの指示のとおり下がるんだ!」

 そこで決断を下したのは村長のレイスだった。

 先ほど攻撃したのがセシリアだとわかっていた彼は見事なまでの弓の実力を見抜き、ともに旅をしているリツの実力が低いわけがないと判断して、周囲に鋭い声を放って撤退を促す。


 鳥の魔物はボスでなければ村の者でも十分に戦える相手だったが、群れの頂点に君臨する相手となると、この村の者が戦えばきっと大きな被害を生んでしまう。

 ならば、ここはリツに任せるのが一番だと判断していた。


「それじゃ……やるか」

 先ほどまでの気の抜けた表情から一転、引き締まった顔になる。

 それと同時に魔力を込めた威圧を放ってボス鳥を威嚇する。


「ク、クルルルルル」

 リツの威圧は風圧を伴っており、突風のようにボス鳥に襲い掛かり、一瞬怯んだようだが、何とか対抗するかのように威嚇の声をあげている。


 このやりとりをみただけでも、村人は圧倒的なまでにリツに分があると感じ取る。


「なんの恨みもないが、ここの人たちを傷つけさせるわけにはいかないんだ」

 そう言うと、リツは一瞬でボス鳥の目の前に移動する。


「クル!?」

 距離があったはずのリツが急に目の前に現れ、混乱するボス鳥は固まってしまった。


「「「「「……えっ!?」」」」」

 村人も同じようになにが起きたのかわからず、混乱している。


 この一瞬の隙があればリツには十分だった。


「さようなら」

 この声がボス鳥の耳に届いたかどうかは定かではない。

 だがそう彼が口にしたとほぼ同時にリツは剣を鞘におさめていた。


「さすがリツさんです」

 自分が苦戦していたボス鳥を瞬殺してしまったリツにセシリアは嬉しそうにほほ笑む。

 今の攻撃が見えたのは、ここにいる中でもセシリアただ一人だけだった。


 ボス鳥は顔から真っ二つになり、そのまま左右に分かれて絶命していた。

 空中で飛んでいたその巨体はドスンと大きな音を立てて世界樹の地面に落下した。


「こんなもんでいいかな? 後片付けもしたほうがいい?」

 倒した魔物を収納することもできるため、あえてリツは質問を投げる。


「あ、い、いえ、こちらで片づけるので大丈夫です……」

 呆気にとられながらも、なんとか返事をしたのはレイスだった。


 セシリアの実力にも驚いたが、リツの先ほどの動きはまさに目にもとまらぬものであり、段違いの力の持ち主であることがわかる。


 そんな二人がなぜこんな場所にやってきたのか? 

 その問いは、ただ歓迎しようとしていたレイスの頭を少し冷静にさせていた……。

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