第40話
「さて、それじゃ本題はこっちだ」
抱きかかえていたセシリアをそっと離したリツは振り返って木の頂上に広がる景色を見る。
「……えっ? こんな場所に村が?」
驚いて口元に手を当てるセシリアが言う様に、木のてっぺんにはエルフが暮らす村が存在した。
木のてっぺんは地面が丈夫な世界樹の葉でできており、木や枝を組み合わせた家が並んでいる。
小さな村が木の上にあるという不思議な光景がそこにはあった。
「まあ、予想はしていたけどね。エルフの里がある森は本来エルフが手入れをしていたから、過剰に育つことがなく、うっそうと生い茂ることもなかったんだ。つまり、こんな原生林のような状態になっているのはエルフが手入れを辞めたことを意味する。じゃあ、そのエルフはどこにいったのか?」
その結果がこの眼前に広がっている。
「世界樹はエルフにとって神聖なものであると聞いたことがあります。だから、その世界樹とともにあることを選んだ、ということでしょうか……?」
それがエルフというものなのか――と問いかけるセシリアの言葉に、リツがしっかりと頷く。
「それはそれとして、なんでそんなことになったのかを聞いてみようか」
「聞くって誰にでしょうか?」
長命であるエルフならばリツの知り合いでもいるのかとセシリアが質問するが、リツはふっと笑うと答えずにそのまま村に向かって行った。
「こういう時は、正直にストレートに聞くといいんだよ。早速そこに人がいるしね――すみません、ちょっといいですか?」
村では普通にエルフたちが生活をしているようで、たまたま近くを通りがかった一人に笑顔でリツが声をかける。
「………………えっ?」
声をかけられることに慣れていないのか、その美しいエルフはリツたちを見て固まっていた。
そのエルフの女性はシンプルな長袖のワンピースのようなものを纏い、洗濯をした帰りなのか大きな籠に真っ白なシーツが入っているのが見える。
エルフの特徴である尖った耳で、髪の毛はロングヘアでつややかな緑色。
美形であるというエルフの例にもれず、美人の部類にあたる人だった。
リツは以前にも見たことがあるために慣れていたが、セシリアはその美しさに見入っていた。
この村は世界樹の最上にあるため、他とは完全に隔絶されている。
そのため、初めてここを訪れる者などいるはずがない。
しかし、目の前には二人の人族の姿があった。
「あ、あれ? その、ちょっと聞きたいことがあって来たんですけど……」
あまりの反応のなさに困ったリツは、できるだけ丁寧に優しい言葉に気を付けて続けて声をかけていく。
しかし、それでも彼女が固まったまま動かない。
「す、すみません、急に声をかけてしまって、お話を少し聞かせていただくだけでいいのですが……」
フォローをしようと、追いついたセシリアが柔らかい笑顔を持って声をかけてみる。
「っ!?」
ハッと我に返ったのか、みるみるうちに驚愕の表情になったエルフの彼女は、その場に洗濯ものが入った籠を落とすと、物凄い勢いでどこかに行ってしまった。
「「……えっ?」」
さすがにこの反応にはリツもセシリアも驚きを隠せず、彼女を視線で追うだけで精一杯だった。
「……どう、しましょうか?」
「どう、しようかね……?」
顔を見合わせた二人は、どうしたものかと考え込んでしまう。
しばらくそんな風にしていると、先ほどの女性が先ほどと同じ勢いのまま戻って来た。
しかも、後ろには何人ものエルフを引き連れて……。
「これは、まずいことになったかな?」
「ですね」
思わずリツたちは身構えてしまう。
こちらに向かってくるエルフたちは見るからに村への侵入者を排除する動きだった。
それは外と隔絶した空間であるからこそ、当然ありえる考えである。
「仕方ない、傷つけないようになんとか大人しくして……」
もらおうかと言おうとしたリツだったが、急ぎすぎているために危機感を感じさせてしまったようだが、近づいてきた村人たちが笑顔であることに気づいてその言葉を飲み込んだ。
「はあ、はあ、はあ……! さっきは急に走りだしてごめんなさい! 滅多にない外からお客様だったから、みんなに声をかけてきたんです」
最初に出会った洗濯の彼女は、息を切らしながら後ろについてきた村人たちを紹介する。
「わ、私はこの村の村長をやらせてもらっているレイスという者です。外からのお客様は私が村長になってからは初めてのことで、村をあげて全力で歓迎させていただきます!」
肩で息をしながらも呼吸を整えた村長のレイスが歓迎するように腕を広げて笑顔で挨拶をする。
彼は金色の美しい瞳につやのある青い髪で、やや短めに切りそろえている。
そんな彼も二十代といって遜色ないほどには若く、またイケメンの部類に入っている。
「えっと、俺は冒険者のリツです。ちょっと聞きたいことがあってここに来ました」
(全力で歓待? 外からの客は初めて? いったいどうなってるんだ?)
なんとか笑顔を作ったリツは挨拶をしながら、心の中では疑問がいくつも浮かんでいた。
「私は冒険者のセシリアといいます。よろしくお願いします」
(も、もしかして村人全員が集まって来ているのでしょうか? なんでここまでの大騒ぎになるのでしょうか?)
わらわらと集まってきた村人たちに戸惑いながら彼女もリツと同様に、疑問をもちながらの挨拶をする。
「リツさんにセシリアさんですね。ご質問にはもちろん答える準備はできています。ですが、まずは宴を開きましょう。みんな、食事と酒の準備だ! さあ、今日は忙しくなるぞ!!」
嬉しそうに振り返ったレイスはそう言うと、村人たちは我先にと動き始める。
何人かは肉を用意するために、狩りの準備をしている。
女性陣は酒を倉庫から運んできたり、料理に着手していく。
「えっ、あっ、そういう?」
「なんでなのでしょうか?」
急展開で、そしてリツたちを置いてけぼりのまま話が進んでいくことに、さすがの二人も戸惑ってしまう。
「あ、あの、みんな久しぶりのお客さんでだいぶテンションがあがってしまいまして……私も先ほどまではそうだったのですが……あっ、そういえば名乗っていませんでした。私はフィルと申します。みなさんの案内役を任されましたので、休憩できる場所にご案内しますね。こちらへどうぞ」
そんなリツたちに気づいたフィルは苦笑交じりに洗濯の籠を抱え直して声をかけてくる。
村人たちの盛り上がりように戸惑いを隠せないリツたちは軽くため息をつくが、彼女のこの様子であれば落ち着いたところで色々と話を聞けると判断して、今は彼女の誘導に従うことにした。
進んでいくと、村の中は木の枝と枝を長い木製のつり橋が渡されていて、移動もスムーズに行える作りになっているようだった。
そして、枝の太い部分に木で作られた家がたてられており、そこで生活しているのが見てとれた。
(なるほど、これだけ高度が高ければ天候に左右されずに生活ができるということか)
家はシンプルな造りだったが、ここでの生活ではあれで十分なようだった。
二人はキョロキョロと村の様子を興味深く眺めながら、フィルによって休憩の部屋へと案内されていった……。
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