第4話 王女の謝罪


(魔法もスキルも全部前のままだ。称号は、元勇者、魔なるものを打ち倒し英雄、超えし者……これがばれたら面倒臭いな。他にもいくつか称号がついているじゃないか。装備のほうは……)

 偽装の指輪を取り出せたことでわかっていたが、収納魔法によるアイテム保管も以前と同様に使うことができる。


 最期の戦いで使っていた装備がどうなったのか確認するために、アイテム一覧を目の前に表示させた。


(あの戦いで使ってた装備は一式ないみたいだな)

薄い透明なパネルのようなものがリツの目の前に現れ、現在の所持アイテムを一括で整理して表示する。


 黒曜の剣、妖精の加護の鎧、魔力の指輪、風の足輪、力のイヤリング、耐魔のマントなど、当時手に入る限りの最高の装備があったはずだが、どうやらそれらは闇に飲み込まれた時に失われたようだった。


(闇に飲み込まれた時……みんなは外にいたんだよな。無事に帰れたのかな?)

 記憶が正しければ、リツが魔王と戦っている時に、仲間の数人は近くにいた。

他のメンバーも別の場所で魔王の腹心たちと戦っていたはずである。


 今がいつなのか、あれからどれだけ経過したのかわからない。

 しかも、魔王が今は七人もいるという。


(過去……って線はないか。魔王の情報は文献とかひっくり返して調べたけど、七人も魔王がいたなんて情報はみたことも聞いたこともない)

 となると、恐らくは今はリツがいた時代よりも未来になる。


 それがあの戦いからすぐなのか、何年かあとなのか、それを知りたい気持ちがあふれてくる。

 そんなことを考えていると、コンコンというノック音が部屋に響く。


「どうぞ」

 出していたパネルを閉じたリツは、恐らくライトが準備を終えて戻って来てくれたのだろうと推測して、挨拶も聞かずにそう返事をする。


「あ、あの、失礼します……」

 しかし、扉が開くと同時に聞こえて来た声が女性のものだったため、リツは慌てて立ち上がる。


「あ、あなたはエレナ姫!?」

 まさか姫が部屋を訪ねてくるとは思ってもみず、最大限に驚いた顔を見せてしまう。


「は、はい。エレナです。その、少しお話をしたくてライト騎士隊長にお願いして参りました。彼は外で待っています」

(つまり、変なことをすればすぐに彼が飛び込んでくる、と)

 彼女にはそんな意図はなかったが、責任ある立場のライトならそう考えるのだろうとリツは判断する。


「……話、ですか。それは一体どんなものなのでしょうか?」

 予想はついているが、リツはあえてそんな質問を彼女に投げかける。


「あ、あの、申し訳ありませんでした!」

 次の瞬間、これでもかというほとエレナは深々と頭を下げた。


(おっと、これは予想外。謝るくらいは想定していたが、ここまでとは……)

 予想以上の対応に目を見開くリツだが、頭を下げているエレナには見えていない。


「えっと、召喚のことを言っているのだとしたらお気になさらず。先ほど王様にも言いましたが、俺はこの世界を旅したくてワクワクしているので、むしろありがたいとすら思っていますよ」

 これは心底思っていることであり、リツはできるだけ柔らかい笑顔で彼女に言葉をかける。


 王女ともあろう人物に頭を下げさせたままというのは、どうにも座りが悪い。


「で、でも、その、故郷にご家族がいたのでしょう? 離れ離れになってしまって……」

(あぁ、そういうことなのか)

 ここでリツは自分の想い違いに気づく。


 顔を上げ、眉を下げて泣きそうになっているエレナは『間違えて召喚したこと』を謝っているのではなかった。

 召喚したこと自体を謝罪していたのだ。


「もう一度言いますが、俺は召喚してくれたことを感謝しています。もちろん家族は故郷にいて――でも俺はこちらの世界が……いや、旅に出ることを楽しみにしているんです」

 こちらの世界が故郷だと思っている、と言いそうになってすぐに言葉を飲み込んで別の言葉を選択する。


 誠実そうな彼女であれば言ってしまってもいいかとも思うが、外にはライトが待機しており、彼に会話を聞かれている可能性を考えてあえて口をつぐんだ。


「そう言って頂けると……」

 部屋に来てから、いや、それ以前からずっと彼女は悲しい表情をしていた。

 しかし、ここにきてやっと少しだが笑顔が見られる。


「さて、それじゃあライトさんに入ってもらいましょう。ライトさん、話は終わりました。どうぞ」

 リツは少し大きめの声で扉の向こうにいる彼に声をかける。


「……失礼します。一つ言っておきますと、扉から離れていましたので、お二人の会話は聞こえていなかったのでご安心下さい。まさか姫の話に聞き耳をたてるような無礼は働きません」

 リツがそのように心配しているだろうと予想して、真剣な表情のライトは先んじてそう告げた。


「ま、まあ、ライトったら、そのようなことを言わなくても私もリツ様もわかっております!」

 自分は気にしていないが、リツに対して失礼なことを言ったと思い、慌てて彼を注意する。


「いや、気にしてないので……というより、わざわざ気遣って言ってくれてありがとうございます」

 ここで彼の株を下げるのも申し訳ないと、リツはフォローの言葉をいれる。


「いえ、こちらこそ部屋に入るなりぶしつけなことを言いました。謝罪を……」

 そう言ってライトは頭を下げる。


「それからエレナ姫、会ったばかりの男性と長い時間二人きりになるのもどうかと思われますので、そろそろ……」

 ライトの指摘にエレナの顔が真っ赤になる。


「し、ししし、失礼します。どうかよき旅を!」

 年頃の女性らしく恥ずかしさでいっぱいになったのか、それだけ言うと、エレナは慌てて部屋を飛び出していった。


「ライトさんはなかなかいい性格をしているようですね」

「ははっ、それは褒められたと思っておきましょう。ありがとうございます」

 リツの含みを持たせた言葉をライトはさらっとかわす。


(実力、人柄、裏を読む能力……この人なら少し言っておいてもいいか)


「……彼ら三人は勇者で特別な力を持っているようです。その力はきっと他の人たちを凌駕するんでしょうね。でも、いつかその力に慢心する日が来るかもしれません。その時は、彼らを止めて上げて下さい」

 これまでにない真剣な表情でのリツの言葉に、ライトは一瞬ハッとしてすぐに頷いた。


「それでは私からも一言……七人の魔王、魔王と名乗っていますが、大昔にいた魔王とは異なります。あとはご自分の目でご確認下さい」

 これ以上の言葉は立場上、余分に過ぎるため、ライトはこれだけを告げた。

 顔色を変えることなく告げられたライトの言葉に、リツは内心驚きながら彼の顔を見る。


 リツが勇者ではなく巻き込まれたものであることは、あの場にいる全員に伝わっている。

 それには当然ライトも含まれていた。


 しかし、真剣な表情でリツを見るライトは召喚された彼がただの一般人ではない、どこかでそう感じていた。

 それであるがゆえに、思わず伝わるかわからない助言を自然と口にしていた。


「……こちらが旅の準備になります。その服装だと目立ちますので、こちらの一般的な服に、片手剣にいくらかの路銀です。着替えたら行きましょう。それと、ここからは私語はなしで……」

 これも彼の気遣いであり、余計なことを他に聞かれないほうがいいだろうという配慮だった。


 そこから二人は無言のまま王城の入り口まで向かい、簡単な挨拶のみで別れを告げることとなった。

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