第5話 魔物との出会い


 城を出ると、そこはやや高台にあり、眼下には城下町が広がっていた。

 綺麗に整地されている景色は壮大で、異世界にいるのだと思わせる風景が広がっていた。


「なるほど、こういう作りだったのか」

 城内ではライト以外に誰かにつけられている気配があり、なるべくうかつに喋らないようにしていたが、外に出てしばらく進んだことで解放されたため、やっと言葉を発する。


(まずは実際に身体を動かして能力の確認をしないとだな……)

 一人になった時に軽く確認はしていたが、実際に身体が以前のように動くのか、新しい称号にどんな効果があるのか、魔王との戦いで能力が強くなっている可能性もある。


 反対に、闇に包まれていた間に能力が低下している可能性も見込んでいた。


「とりあえず、一度街を出るか」

 能力を試すために、人目があるところはまずいと考え、とにもかくにも街を出ることにする。


 王城から北を見た際に、遠くに森が見えたため、リツはそちらへと向かって行く。

 街へ降りて行くと徐々に人が多くなり、穏やかながらたくさんの人たちで活気づいている平和な城下町が広がっていた。


(にしても、なかなか賑わっているな。これはあの王様たちの統治が悪くないということだが、にしても本当に魔王が問題になっているのか?)

 どうにも街の人々の様子は平和そのものであり、魔王が争いを行っているようには見えない。


(ま、そのへんはあとあとわかるか。俺はもう勇者じゃないしな)

 リツは元勇者という称号になっており、当代の勇者は彼ら三人であるため、世界の命運は彼らに任せることにしていた。


(馬車よりも竜車が多くなっているんだな……あれは鳥竜か)

 ここまで見た限り、明らかに馬車の格が高いものも、一般的なものでも、鳥竜と呼ばれる移動用の竜種が使われているものが多い。


 リツがいた頃は貴族しか使っていなかったので、あの頃と比較した大きな変化だと感じていた。

 街に入る際には検問があるようだが、出ていくものには特に怪しくなければ検査などはないようだった。


 そんな風にして街の様子を眺めながら、リツは北門を抜けて進んでいき、森へと到着する。

 森はそれほど大きくはないようだが、街からは離れており、魔物の気配が多数感じられた。


「さてと、周囲に人の気配もないし、魔物はいる。ちょうどいいな」

 そう言うと、リツは城でもらった片手剣を収納して、昔使っていた剣を取り出す。


種別:片手剣

名前:ミスリルメイジソード

特徴:魔力をとおしやすいミスリルで作られた剣。同時に剣身に魔水晶がまぜられていることで、魔力を増幅する力を持っている。鍛冶師クラウス=ラックフィールド作。


「……クラウスさん、また使わせてもらうよ」

 製作者であるクラウスは何本もリツのために剣を打ってくれたドワーフの名工であり、彼の武器は信頼できるものだった。


 リツは懐かしい顔を思い出しながら剣を素振りし、気合を入れる。


(少し魔力を解放して、っと)

 リツはなるべく魔物に絡まれないように、ここまで気配と魔力を抑えていた。

 それを少しだけ解放することで、魔物の誘引剤になる。


 自分という餌がいることを知らしめ、静かに剣を構え、目を瞑り、魔物を待つ。


 そうしているとすぐに魔物たちが集まってきた。


「おかしいな。ちょっと、多くないか?」

 リツは目を開いて、見える範囲に数十の魔物がいるのを見て驚いてしまう。

 予定では二、三匹呼び寄せて戦闘訓練をしようと思っていた。


 これはまだ本人が気づいていないことだが、リツは勇者だっただけあり、膨大な魔力を持っていた。

 それに加えて魔王を倒し、闇の空間に囚われたことで魔王の魔力すらも吸収していた。

 加えて、英雄と名のつく称号もちは全ての能力が割増しになっている。


「……まあ、ブランクを埋めるにはちょうどいいか……ふう」

 だが予想外の事態を目の前にしても、これ以上の修羅場を潜り抜けてきた経験のあるリツは、一つ息を吐いて気合をいれる。


 すると、戦闘モードに移行し、動揺は全くなくなっていた。


「――ふっ!」

 呼吸を整えると力強く地面を蹴って、魔物との距離を一瞬で詰める。


「ギャギャ!」

 魔力につられてやってきた魔物の一体のゴブリンソルジャーは、瞬きをした一瞬のうちに、リツが目の前に現れたため、驚き固まっている。


「武器を壊させてもらおうか」

 距離を詰めたリツはゴブリンソルジャーが手にしている鉄製の剣を刀身の中央あたりで真っ二つにする。

 まずは、これで戦意を喪失させた。


「ウガアアアア!」

 次にゴブリンソルジャーの後ろから大きなこん棒を振り下ろしてきたのは、オーガだった。

 汚い皮膚を持つその身長はリツが見上げるほどであり、およそ五メートルはある。


 その巨体から繰り出される強力な一撃がリツの頭上に振り下ろされた。


「ふむ、筋力もなんだか強くなっている気がするな」

 だがその攻撃を、今度は剣を使うことすらせずに、素手であっさりと受け止めていた。


(さっきの速度も昔よりあがってた気がするし、もしかして……俺って強くなってるかも?)

 魔物などを殺すことで、その魔力を吸収して能力が上がる。

 それはもちろんリツも知っていることだったが、それにしても思っていた以上の上がり具合に驚いている。


「あっ、ごめん……」

 考え事をしていたため、思わず力が入ってしまい、ついオーガのこん棒を握りつぶしていた。

 無意識の行動だったため、反射的に謝罪の言葉が口をついて出た。


「ガ、ガウ」

 武器を潰される形だが、リツに謝られたオーガもこちらこそ攻撃して悪かった、というようなニュアンスで頭を下げている。


「この森の魔物たちは悪いやつらじゃないみたいだな。なあ、俺が魔力で誘っちゃったみたいだし、先に手を出した俺が完全に悪いんだけど、戦うのやめないか?」

 魔物たちはあくまでリツの魔力を警戒して集まってきただけであり、リツが先に手を出してしまったことでオーガも敵対してきた。


 ゆえに、申し訳なさそうな表情でリツが停戦を提案する。


「ガウ? ガウガウ……ガウ!」

 どうやら森のリーダー的な存在だったオーガがみんなに意見を聞いてくれて、結果としてリツの提案は受け入れられることになった。


 これは、勇者時代からあったことだが、リツはなぜか魔物や動物に好かれることが多かった。

 今回戦ったような魔物たちのように会話が通じるものは特に多い傾向にある。


「そうだ、さっきのゴブリンソルジャーの人……これ、あげるよ。剣壊してごめん」

 それはリツがクラウスのもとで鍛冶修業の真似事をして作った鉄製の剣だった。


「ギャ、ギャギャ?」

 自分が持っていたものよりも明らかに質のよい剣を目の前にして、本当にもらっていいのか? といわんばかりにゴブリンソルジャーは戸惑っている様子だった。


「オーガの人には、こわしたこん棒の代わりに、同じ系統じゃないけどこのハンマーを使ってみて」

 こちらもリツが練習で作ったものだったが、鉄製のハンマーでミスリルが混ぜ込まれている特別な品だった。


「ガ、ガウ!?」

 こんなにすごいものをもらってもいいのかと、オーガもゴブリンソルジャー同様戸惑っている。


「どっちも修行で作ったやつだからできが悪いかもしれないけど、それで勘弁して」

 出来が悪いというのはリツの考えだったが、当時この剣を見たクラウスはリツの才能を感じ取って本気で継がないか誘おうと考えたことがあったほどの逸品だった。 


 こののち、森で魔物に襲われた冒険者が強力な武器を持ったオーガとゴブリンソルジャーに助けられたという報告が頻発することになる……。



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