第3話 別の道へ


「以上です。どうやら俺は勇者ではないみたいですが……」

 他の三人にはあるはずの称号がリツにはない。

”巻き込まれし者”という言葉から、召喚に巻き込まれたということが全員に伝わっている。


 制服があきらかに一人だけ違うところからも、


 できるだけ怪しまれないようにリツは何の力も持っていない少年を装う。

 情報がないのはリツが飲み物を飲んだ時に、密かに空間魔法でとり出した偽装の指輪の力だった。


「ちょ、ちょっとお貸しください!」

 それを信じられない大臣が魔道具をリツから奪うかの勢いで受け取ると、その内容を見て愕然とする。


「……あ、ありません。勇者の称号がありません」

 大臣の顔が真っ青になる。

 それは周囲にも波及していき、ダーグル以外のほぼ全員がショックを受けているようだった。


「あ、あ……」

 特にエレナは真っ青を通り越して、真っ白になって顔から血の気が完全に失せていた。


「えーっと、勇者ではない身で恐縮ですがいくつか確認してもよろしいですか?」

 がっかりしている周りには申し訳ないが、自分の状況を確実に理解しなければとリツはここぞとばかりに、発言をしていく。


「う、うむ、構わん、言ってみよ」

 ダーグルは動揺しつつも、なんとかそれを押し殺しながら返事をする。

 まずいことになったという想いをリツに悟られないように全力を尽くしているようだった。


「勇者じゃないので、王様が言うような魔王との戦いに参加しなくてもいいですか? 三人は特別な力を持っているから活躍できるかもしれませんが、俺には無理だと思いますし……」

 最後のほうがやや語気を弱めながら質問する。

 こうすることで、何も力を持っていないただの青年だという弱弱しさを演出していた。


「そ、それはそうだな。我々も力無き者に無理に戦ってほしいとは思わん。むしろ、その、暮らしやすいように最低限の援助をしようと思う」

 元の世界に返す、とはダーグルは言えない。

 今回の召喚の儀式は、こちらの世界に呼び寄せるものであり、送り返すことはできない。


 そこを突っ込めばこじれてしまうため、あえてリツは触れないようにしている。


「あのー、彼だけ元の世界に送り返すというわけにはいかないんですか?」

(おい! 俺が言わなかったことをお前がいうな!)

 素直にそんな質問をする慎吾に、思わずリツが心の中でツッコミを入れてしまう。


 何も知らないとはいえ、こんなことをダーグルが質問されれば困ってしまうのは明白だった。


「うむ、そうしたいのはやまやまなのだが、我々にできるのは召喚のみなのだ。もとの世界に送り返す方法を知っているのは魔王だけと言われている。しかし、昔と違い今は七人もの魔王がおり、どの魔王が真の魔王なのかわからず困っているのだ……」

 先ほどまでの気まずさはどこへやら、急に落ち着いた表情ですらすらと説明するダーグルを見て、リツは小さくため息をつく。


(そういえば、俺を召喚した王様も言っていた。つまり、これは勇者に質問されたらこう答えると決まっている言葉なんだろうな……戻る方法、そんなものないんだよ……)

 以前、リツの仲間だった元魔王の娘にそのあたりのことを質問したことがある。


 彼女の答えはシンプルなものだった。


『あ、それは勇者を乗り気にさせるための嘘。魔王はそんな方法知らないよ』


 だからこそ、このダーグルの言葉も嘘であるとわかっている。

 また同じように王族にうそをつかれ、勇者として頑張っていくのであろう彼らに同情したリツは内心小さくため息を吐いた。


「あの、話が逸れたので戻しますね。戦いに参加しなくていいのであれば、自由に一人で旅をしたいいのですが構いませんか?」

 あくまで慎吾たちとは別行動をしたいという意志を伝える。

 力のない自分が、戦うための旅をする勇者一行とともにいる理由はない。


「む、そ、それは……」

 過去に前例のないことであり、ダーグルも判断に困ってしまう。


「俺はこの世界に召喚されたことを全く恨んでいません。むしろ、魔法なんてものがある世界に招いてもらって嬉しく思っています。そんな世界を自分の目で見て、自分の足で歩いてみたいのです。もちろん援助はいりません。野垂れ死ねば、自分に実力と運がなかっただけですから」

 ニコニコと笑顔でリツが言う。


 この国からしてみれば、手違いでリツを召喚した形になる。人一人の人生を大きく変えてしまった。


 それが、別の世界から呼び寄せた者の人生ともなれば責任は大きい。

 このことが他国に知られれば糾弾される可能性も出てきてしまう。


「もちろん、俺が召喚されたということは誰にも言いません。もちろんここにいる誰もこのことを他言しないと思います。俺はもともといなかった――そういうことでどうでしょうか?」

「そ、それはだな……」

 王にとって良い条件を次々に口にしていくリツに、徐々に心が動いていく。


 ここで大臣が王に耳打ちする。


(”聴覚強化”)

 無言のままスキルを発動する。

 これは少し耳の聞こえを良くするものである。

 少し離れた場所での内緒話くらいであれば聞き取ることができる。


『王様、これは好機ですよ。彼自身が旅に出たい、援助は必要ないと言っているのであれば望むようにさせましょう。こちらから言わなくても追放できるのは行幸です!』

『う、うむ、しかしだな……』


 それでも王が素直に頷くことができないのは、この場に地球から召喚された三人がいるためであり、ダーグルはチラチラと彼らのことを見ていた。


 幸いなことに、慎吾たちは発言者であるリツのことを見ており、ダーグルの視線に気づいていない。


「えっと、そういうことなのでヒノ君に、カザマさんに、ミナカミさんだったかな。君たちに使命を押しつけるようで申し訳ないんだけど、俺は旅に出ても構わないかな?」

 彼らの答え次第で動くことがわかれば、リツがすることは一つ。

 どこか弱弱しい表情で、申し訳なさそうに、ここで決断をしてほしいと三人にそう投げかける。


 勇者として選ばれた彼らに申し訳なく思っているというようなリツの態度を、彼らはすっかり信じ込んでいた。


「あ、あぁ、地球に帰れないんじゃ仕方ないよな。それに、この世界がワクワクするっていうのは俺もわかる。俺は力もあるし、勇者だから使命を全うする。リツだったな。お前はお前の道を行くといいと思う!」

 慎吾は正義の味方に憧れており、今の立場を良しと思っている。そして、リツが旅に出たいというのも理解している。


 ゆえに、彼の道を妨げるようなことを言うつもりはなかった。


「ありがとう! ということなのですが、王様。いかがでしょうか?」

 三人の中でリーダー格であろう慎吾がいうのならと、後ろの二人も特に異論を唱えてこない。

 それを見たリツは内心でガッツポーズしながら王たちに振り返る。


 これ以上、なにか気になることでもあるのか? とリツが笑顔で確認する。


「う、うむ、いや、問題はない。こちらとしても申し訳ない気持ちがあるゆえ、旅の準備として支援はさせてほしい。誰か、彼の準備をしてやってくれ」

「それでは、私が……」

 名乗り出たのは隊列に並んでいた騎士たちの先頭にいる若い騎士だった。 

 短く切りそろえた金髪の彼は、他のものたちとはデザインの違う鎧を身に着けている。


「ライト隊長か。ふむ、お前なら任せられるな。それでは、旅の支度と見送りを頼んだ」

「承知しました。さあ、こちらへどうぞ」

 王命に対して敬礼をすると、リツを別室へと案内してくれる。


(さてさて、隊長ともあろう方が名乗りをあげるとは、一体なにを考えているのやら)

 隊長クラスの人が出てきたことで何かあるだろうと思いながら、リツはおとなしく彼のあとをついていった。


 ライトの身長はリツよりも幾分か高く、180センチはあると思われる。

 そんな彼に案内されている道中、彼の背中を見ていたリツはなぜかどこか懐かしい感覚を覚えることとなる。


 しかし、それがなんなのかわかる前に、目的の部屋へと到着した。


「こちらの部屋にどうぞ。今、旅に必要と思われるものを用意してまいりますので、少々お待ち下さい」

 爽やかな笑顔でいうと、ライトはどこかへと準備に向かっていく。


「ありがとうございます」

 部屋に案内される道中、ライトからは悪意も敵意も感じられなかったため、リツは素直に礼を言うことにした。


(自信のある表情、それに隊長という肩書きからしてかなりの実力者なんだろうな。なにか企んでいるという風もない。俺のことを思ってくれての善意の行動なのか?)

 色々考えては見るもののわからないため、とりあえず部屋の中を見回してみる。


 部屋はやや広めで、来客があった時に使われるためか大きなベッドやソファが備え付けられている。


(……部屋を監視している気配や魔法の痕跡はないな。今の力を確認しておくか)

 周囲に人の気配がないことを確認し、先ほど飲み物に使った鑑定を自分自身に使っていく。

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