第三話 伏兵

 ところが、翌日新たなハイエナが出現していた。

 教室に入るとすでに彩香は来ていたが、彼女に話しかけている男子がいた。


(ぐっ……! 高崎たかさきよ、お前もか――)


 彩香が話している相手は高崎公平こうへいといった。透と同じく内部進学生で、厄介なことに女子に人気のある男子だった。


(伏兵の存在を忘れていた……! ハイエナ二号決定!)


 どうやらこの学校の話をしているようだった。


(そんなもの、俺にだってできる! 俺なんか裏口通用口どこでも案内できるんだぞ。中学の時に網羅したからな!)


 中学受験でだいぶ燃え尽きていた透は、勉強に飽きて健一と学校内を色々探索していたりしていた。生徒が入ってはいけないところで先生に見つかって怒られたこともあった。

 おかげで得意な理科を除き、中一のころから成績は中の下をさまよっていた。


(そもそも、お前は付き合ってる女がいるんじゃねえのか?)


 透はハイエナ二号と名付けられたばかりの公平を後ろから睨みつけながら思った。

 公平は彩香の男子バージョンに近い感じだった。みんなから頼られるような存在で、成績も良く、ルックスもいい。嫌な顔を一切しない爽やかな男子だった。

 だからあくまでも噂に過ぎないが、別のクラスにいる女子と付き合っているという話を何度か聞いたことがあった。


(こんな女ったらし野郎のどこがいいんだ? 葛城院さんに教えてあげるべきだな)


 ついに我慢できなくなった透は席を立ち、公平と彩香の間に割り込む。そしてこう言い放つのだ――


「おいハイエナ――いや高崎。お前付き合ってる彼女はどうしたんだよ。最近見ねえな。あ、いや待て。その前に付き合ってた彼女は? それとも二股だったっけ?」


(――なんて言えたら苦労しないのにな!)


 今日も朝からやさぐれたまま、結局彩香に話しかけることはできなかった。



 ◇ ◇ ◇



「そもそもあいつ、女いるだろ!」


 例によって昼休みの食堂で透は健一に吼えた。


「何の話だよ、いきなり」

「ハイエナ二号のことだよ! 高崎公平!」

「ああ、あいつなあ。まあ付き合っているって話はよく聞くけどな。ほら、和泉いずみと付き合っているって話があったじゃないか」

「だろ? 他にも何人かいたはずだ」

「全部噂だけどな」

「あいつ、いい奴だと思っていたのに……結局女好きのチャラ男ってことじゃねえか。見かけだけ良くしている分、野口一号よりもタチが悪い」


 結局昼休みはずっと不満を健一にぶちまけていたが、五時間目の授業の時に配布物が前から配られる際、彩香から受け取る際に見た彼女の笑顔だけで透はすっかり癒されていた。


(ああ、なんて可愛いんだろう……つか、マジで美人すぎるだろ。最高すぎる)


 そして六時間目のロングホームルームでは委員会を決めることになっていた。


(これは……!)


 選出される人数の関係上、クラスの生徒全員が委員会に所属する必要はないが、彩香が何かしらの委員会に立候補するとなると話は違ってくる。

 最初に決めるのは学級委員だった。基本的に立候補だが、推薦もあった。

 なかなか立候補者が出なかったが、やがて公平が立候補をした。他には男子の立候補者がいなかったので、そのまま公平が学級委員となった。


(まあ、そうだろうな)


 が、その直後に透に良くない予感が走った。なんだ――この嫌な感じは。

 委員会には基本的に男女一名ずつ所属する必要があった。


「女子で学級委員やってもいい人いませんか? 推薦でも構いません」


 すると女子の一人が手を挙げた。


「私は葛城院さんがいいと思います。新入生代表も務めたので適任だと思います」


(何ッ?!)


「葛城院さん、どうですか?」

「えっ、私ですか?」


 彩香は驚いて戸惑っていたが、


「……至らない点もあるかもしれませんが、やってみます」


 拍手が起こった。透は頭を抱えた。


(やられた――これを待っていたのか、奴は。新入生代表――そうだ。奴はこのパワーワードを忘れていなかった。だから必ず誰かが推薦するのをわかっていた――)


 あくまでも一方的な透の推測だったが、よりによって公平に出し抜かれたことで、透は絶望した。


(クソッ、出し抜かれた――一号と違って二号は頭脳派――くっ……! これは俺の痛恨のミス!)


 その後も頭を抱えたまま沈んでいた。



 ◇ ◇ ◇



「……俺は、もうだめかもしれない」


 ホームルームが終わって健一と葵の二人と教室を出た後、透は沈んだ表情で言った。健一は落ち込む透を見て、


「そもそも学級委員なんて、自然と適任者がいるもんだよ。そしたらまさにあの二人はお似合いというか……」


 フォローしたつもりだったが、全くフォローになっていなかった。


「なんだよ、お前は葛城院さんがあの見た目いい奴っぽくふるまって実は腹黒のチャラ男のハイエナと付き合ってもいいっていうのか?」

「けど、俺らに勝ち目なくね?」

「う……」


 けど、チャンスはあった。最初の立候補を募っていた時点では誰も手を挙げていなかったのだ。公平が手を挙げたのもしばらくしてからだった。


「っつーか女子もなんだよ! 高崎と一緒に委員会できるチャンスだったじゃねえか!」


 透はいかにも理不尽そうに吼えた。


「こうして俺は貴重な機会を失っていくんだ……みすみすと」

「なんか、ずっとへこんでばかりだね透くん……」

「お前には俺のこの傷心がわからないさ。なあ葵、聞いてないか? 奴の噂話とか。誰と付き合ってるとか」

「えーと、そういうのはあまり詳しくなくて……」

「そうか……」

「ご、ごめんね」

「いいんだ。お前には縁のない話だったしな――っと」


 ロータリーに見覚えのある車が停まっているのが見えた。


「なんだ、今日は入り用なのか」

「うん、じゃあね」


 葵はそう言うと車の方に向かっていった。


「忘れかけてたけどあいつ、大病院のご令嬢だったっけ」


 健一が迎えの車に乗り込む葵を見て言った。


「けどそれよりも葛城院さんの方がそんな雰囲気していないか? 名前もなんかそれっぽいし」

「どうなんだろうな。全然わからない。お前、葛城院さんと席近いんだから訊いてみろよ」

「『ねえ、葛城院さんの家って金持ちなの?』――ってそれはさすがに俺も訊けない」

「確かに」

「まあでも、葵のやつももっとお嬢様っぽくしてみりゃモテると思うのにな。小学校のころは車で通学していたっていうけど、中学でやめちゃったじゃないか」

「葵が自分で学校に行きたいって話したらしいけどな」

「俺だったら絶対車で送ってもらうのになあ。よく考えてみりゃ俺の家くらいだな、普通なのは」


 透は頭に手を組んで空を見上げながら言った。


「別にみんな変わらないと思うぜ。葵みたいなクラスとなるとまた別だけどさ」

「俺は葛城院さんが特権階級のご令嬢でないことを祈るよ。それこそ何をどうしたってつり合いがとれなくなる。逆に上流階級でも葵みたいに〝庶民的〟だったらつり合えるんだけどな」

「庶民的って……」

「いや、でもほらあいつは全然それらしく振る舞わないじゃないか。それに色々気が利くし。まぁもっとも、葛城院さんくらいに美人じゃないと似合わないけどな」

「お前、それ相当失礼だぞ」

「冗談に決まっているじゃないか。そもそもあいつ、顔は悪くないしな。それにあいつは今ここにいないし、俺も別にイケメンってわけじゃないからな……」


 透はため息をついた。

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