第二話 忍び寄るハイエナ
翌日には席替えを行うこととなった。くじ引き方式で、男女別に分かれている。
(これだ……! 千載一遇のチャンスとはまさにこのこと)
透はまだめげていなかった。千載一遇というには大げさな表現だが、透は昨日までとは打って変わって妙な自信を持ってくじ引きに挑んだ。
彩香に彼氏がいる可能性のことで落ち込んでいたものの、絶対にいるとは限らないと気持ちを切り替えていた。そう、絶対にいるとは限らないんだ――
(神よ――)
くじの箱に勢いよく手を突っ込む。一番端、角の方に挟まっているくじを引いた。透の引いた番号は今座っている席とあまり変わらない廊下側の真ん中あたりで、席順は男女交互に混ざりあう方式となっていた。
(あとは葛城院さんが俺の隣、または前、第三希望で後ろの番号を引いてくれれば――)
透はそんな都合の良いことを考えながらなんとなく彩香が引くときに後ろを向いて見ていた。何番だろう――
そしてくじを引き終わって早速移動することとなった。
(イエス! 為せば成る!)
透の強い思いが通じたのか、彩香は透の前の席となったようだった。
(神は死んでいなかった――)
隣の席、なんていう奇蹟とまではならなかったが、むしろ前の方がありがたいかもしれない。
(ああ、すごく綺麗な髪だ――いや、神だな。女神様だ。俺って髪の毛フェチだったっけ?)
後ろから彩香の長く美しい髪を眺められるだけで、透にとっては天国だった。
(俺は変態と罵られるだろう。だがしかし、彼女の香りは至高である!)
実際に彩香の香りが透のところまでやってきているわけではなかったが、そんな風に思い込んでいた。
しかし、早くもハイエナはやってきた。いや、やってきたというより彼女のすぐ隣にいた。
彩香の隣の席になった男が早速話しかけていたのだ。
(なんだ? こいつ。軽々しく話しかけやがって。確か、
この男は透と同じく中学からの内部進学生で一度だけ同じクラスにはなったが、透にとってなんとなくいけ好かない男だった。
(ハイエナ一号の称号をくれてやる)
しきりに彩香の前の学校のことを訊いたり、自分が内部進学生であることで、この学校のことを話したりしていた。彩香狙いなのは明らかだった。
◇ ◇ ◇
昼休み、透は食堂で早速健一にぼやいていた。
「この学校にハイエナを駆除する課ってなかったっけ」
「はあ?」
「葛城院さんに群がるハイエナどもを駆除しないとな。ほら、あの野口ってやつ」
「ああ、あいつが隣だったな。でもお前は葛城院さんの後ろになれたんだろ? いいじゃねえか」
「あのハイエナ一号が邪魔していたおかげで俺は全然葛城院さんに話しかけるチャンスがなかったんだ」
とはいえ健一の言う通り、彩香の後ろの席になることができたのはかなり運が良かったと思った。
「お前、まだ諦めてないのか」
「当たり前だろ。まだ彼氏がいるって確定したわけじゃないんだし――あ、そうだ。葵に葛城院さんと友達になってくんねえかな。そうすりゃ俺も仲良くなれるのに。あーでも葵じゃ葛城院さんと釣り合わないからなあ……」
「さすがにクズすぎねえか? その考え。葵が聞いたら怒るぞ」
「俺はあいつが怒ったところを見たことが無い」
透はせっかく得た彩香の後ろの席という好ポジションを無駄にするつもりはなく、何とかして彼女に話しかけようと色々試行錯誤していたものの、なかなか最初のきっかけがつかめなかった。ハイエナ一号こと野口の存在が目について却ってストレスが溜まった。
(こいつ、元々いけ好かない奴だったけど、本当にいけ好かない奴だったんだな。つーか葛城院さんに話しかけすぎじゃね? ウザがられてるのわかってないのかな)
透は勝手に彩香の心を代弁していた。
◇ ◇ ◇
結局二日目も進展はないまま終わってしまった。そして葵と健一がやってきた。
「透くん、今日から部活だね」
「はあ……」
透はのろのろと席を立った。彩香は別の女子と話をしていた。
「進捗率ゼロ」
透がぼやくように言うと、健一は一応フォローを入れた。
「まだ二日目じゃねえか。これからだよ」
「葛城院さん、とても綺麗だから人気高そうだね」
「まったくだ。そのうち別のハイエナどもがわんさかやってくるだろうさ。幸いバドミントン部に入ったとしても、あそこは女子ばかりだからそれほど痛手にはならないと思うが……」
「いや、わかんねえぞ。サッカー部やバスケ部のマネージャーになるなんてことになったら一気にライバルが増える」
「そ、そうか――マネージャーという選択肢もあったのか……それこそまずい。サッカー部やバスケ部の連中なんてチャラい奴らの巣窟じゃねえか!」
「そんなことないと思うけど……」
葵は苦笑いをして言った。
「葵、ウチの部ってマネージャー足りてないよな」
「う、うーんと、ちょっと足りないって言ってたかなあ」
「よっしゃ」
透はガッツポーズをした。
◇ ◇ ◇
透は部活の間どうにか彩香と仲良くできないものかと考えていたが、結局まずは話しかけてみなければ始まらないと思った。
(ああ……もし葛城院さんがマネージャーだったら)
透は目を閉じて彩香が飲み物を渡してくれるシーンを想像した。
「おつかれさま」
気が付けば葵が冷たいボトルを渡してくれた。
「サンキュー……これが現実だもんな」
「え?」
「いや、なんでも」
とにかく明日こそは話しかけてみよう、と透は心に決めた。
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