第四話 負けフラグ

 ――今日こそ、今日こそだ。

 高校生活三日目。透は今日こそ彩香と会話をしようと意気込んでいた。


「俺、今日こそ葛城院さんに話しかけてみるんだ……」


 透は駅で健一と合流するなり言った。


「何だよ、その負けフラグ臭漂うセリフは」

「負けフラグ言うなや……あーあ、今日もハイエナ二号が朝からマーキングしてなきゃいいんだがな!」

「二号って……高崎か」

「アイツ、最近になって本性表したよな」

「そんなことないと思うけど……」


 葵は苦笑いをしながら言った。


「なんだ? 葵もやっぱり高崎みたいなやつがいいのか? まあそりゃそうか。アイツのこと嫌いな女子いねーしな」

「高崎くんは学級委員がすごくぴったりな気がする」

「まあな……さすがの俺もそれは認めるが、大した策略家だよ――あ、そうだ」


 透は何かに気が付いたように言った。


「どうした?」

「そもそもマーキングされる前に俺が先に学校に行けばいいって話だよ。葛城院さんは俺の前の席だし、そうすりゃ自然と会話が始められる――よっしゃ、俺、明日早く行くわ」

「何故だろう、俺にはどうしても上手くいかないような気がしてならないんだが」

「あはは……」


 健一と葵は一人盛り上がる透を見ながら言った。

 そして学校に到着して教室に入った途端、透はまた強いストレスを感じた。昨日と同様、ハイエナ二号――公平が彩香の席で話していた。ついでにもう一人別の女子もいる。


(うっぜえええ! 早くも二股かよ!)


 透は健一と葵の方を向き、無言で「くそったれ」というポーズをした。

 どうやら昨日学級委員に選ばれたことでその話をしているらしかった。

 中学時代までは透でさえ公平のことは〝爽やかないいやつ〟と思っていたのに、今となっては〝本性を隠した女たらしのチャラ男〟にまでなり下がっていた。


「今日は一人増えているな。女子の方が」


 健一は不機嫌そうに席にやってきた透に言った。


「来週にはハーレムを形成していそうな気がする。おい葵、ハーレムは校則違反だよな?」

「えっ――? そ、そうなんだっけ」


 透が隣の葵に訊くと、彼女はあたふたと答えた。


「風紀委員に立候補すべきだった。そしたらヤツを取り締まれるのに――」

「取り締まるのは無理だと思うけど……」


 朝のチャイムが鳴ると担任が入ってきた。


「お待ちかね、高校一発目の実力テストをやるぞ」


(うぐ)


 中学の時でも成績は振るわなかったのに、受験という荒波に揉まれてきた外部生が入ってくれば、更に順位は下がるだろうと透は気が重くなった。



 ◇ ◇ ◇



 高校生活五日目。透は昨日宣言した通り、いつもよりも早く家を出て「早朝登校」を実施した。

 これなら奴に邪魔されずに葛城院さんと話ができる――意気込んで教室のドアを開けると――


(な、なんですと――)


 衝撃的なことに、彩香がもう来ていたのは一歩譲ったとして、公平もすでに来ていて昨日と同じくおしゃべりをしているのだった。


(ぐっ……! こいつ――)


 頭脳派――もとい、策略家であるハイエナ二号は伊達ではなかった。相手は自分の上をいっていた――透は少し動揺しながらも自分の席に向かった。


「おはよう、草薙」


 公平が爽やかに挨拶をしてきた。すると彩香も、


「おはよう、草薙くん」

「――!」


 挨拶された――初めて葛城院さんが俺に話しかけてくれた――なんて素敵な笑顔――


「お、おはやう――」


 突然のことに思わず口調がおかしくなった――いや待て、これはまたとないチャンスだ。


「は、早いね、二人とも」

「うん。俺は元々このくらいの時間に来ていたからね。家も近いし。草薙もそうだろ?」

「ああ――うん」

「草薙くんも近いのね」

「えっ? ああ、うん。えっと――さ、葛城院さんは……えと、多麻だっけ?」

「ええ。ここまでは家から一時間近くはかかるわ」

「そうなんだ――適度な、距離じゃない?」


 自分で言ってわけが分からなかった――なんだ? 適度な距離って。

 どっちにしても、せっかくのこのチャンスを活かさない理由はなかった。


(チッ……高崎、オマエのこと、誤解してたよ)


 透は五日目にして、ようやく彩香と会話することに成功した。



 ◇ ◇ ◇



「俺、人をイメージで語るって本当良くないと思うんだ」


 一時間目が終わった後、透は健一と葵の席にやってきて言った。


「朝来たらお前と葛城院さんがしゃべっていたからようやく成功かと思ったけど、要は高崎のおかげ、ってことか」

「健一、高崎パイセン、だ」

「透くん、よっぽど嬉しかったんだね」

「葵、わかるよ。女子が高崎サンに憧れるのは」


 透はウンウン、と頷きながら言った。


「けど、結局は高崎だってライバルのままなんだろ?」

「んー……そうだった。しまった、油断してた。くそ――やるな。こうして相手を油断させてライバルを落としていくってことか。さすが策略家――」

「ホントコロコロ変わるよなお前」


 健一は呆れたように言った。



 ◇ ◇ ◇



(敵に塩を送るってやつか――いや、奴は俺を敵とすらみなしていないだろう。それに、よく考えてみればあからさまじゃね?)


 五時間目が始まる前、透は相変わらず野口が彩香に話しかけている光景を見ながら思った。公平は自分や野口とはまた次元が違うのかもしれない。

 時間が経つにつれて透は幾分冷静さを取り戻していたつもりだったが、余計に疑心暗鬼に陥っていた。


(そもそも高崎も野口ハイエナとやっていることは一緒じゃねえか)


 朝早くに登校して、特定の女子とおしゃべりをしている――一歩譲って元々登校時間が早かったとしても、わざわざ彩香の席に来てまで会話すること自体、「俺、この子狙ってます」と公言しているようなものだ。

 むしろ野口のように下心丸出しで行動している方がすがすがしいとすら思った。


(ただ、あいつ本当に本性を表にあらわさないんだよな……やっぱりいい奴なのか)


 ついでに自分が公平に勝てる要素が一つでもあっただろうか、と落ち込んだ。


(だがしかし、諦めたらそこで終わり――ようやく話ができるようになったんだ)


 透はめげなかった。

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