第二話 モンスター

 翌日、透は天音に元の世界に戻ると伝えた。


「……そうね。多分私たちにはもうやるべきことはないと思うの」

「……」

「やりきれない、って顔してるわね。けど、『前回』よりかはマシ。私のときはあの後彩香は学校にいられなくなって転校、葵も同じように転校せざるを得なくなった」

「……そうか」

「少なくともこの世界線は二人とも学校にいられる。それに、彩香にもまだ味方はいる。火種はまだ少しくすぶっているけれど……」


 一学期が終わったら元の世界に戻る――それまでに葵と仲直りしたかった。自分が思わず言ってしまったあの一言――彼女のことを疑う言葉はさぞかし心外だったに違いない。

 だから今回の件も葵は本当に関与してないと透は直感でわかっていた。



 ◇ ◇ ◇



 放課後、透は部活はなかったが、葵の部活が終わるまで待つことにした。

 彼女と話をしようと思っていた。謝りたかった。彼女のことを少しでも疑ったことを自分でも恥じていた。

 管弦楽部の方へ向かうと、葵の元取り巻きたちが楽器を運んでいるのが見えた。そして一番後ろに麻美がいた。

 すると、普段おとなしそうな彼女のものとは思えない言葉が聞こえた。


「さっさと運びなさいよ。使えないわね」


 麻美は楽器を運ばず、腕を組みながら彼女たちを追い立てるように言った。


(……甲?)


「葵ちゃんにとんだ濡れ衣着せて、本当どうしてくれるの?」


 まるで元取り巻きたちを威圧するかのような口調だった。彼女たちは俯いている。

 麻美たちはやがて練習部屋の方に入っていった。


(……甲って、あんなやつだったか?)


 普段大人しくて奥手そうな元の世界の葵のような子だったが、まるで人が変わったかのようだった。

 葵の取り巻きたちは麻美よりも下のカーストに陥ってしまったのかと一瞬考えたが、透の中で「ある違和感」を思い出した。

 その違和感とは、この間葵の元取り巻きたちが圭たちによって犯行をあばかれ、糾弾されている時のことだった。

 麻美が彼女たちに向かって葵に迷惑をかけている、と言ったときの元取り巻きたちの反応の仕方は、まるで麻美のことを恐れているかのような感じだった。

 一瞬の出来事だったが、透はそのことがほんの少し気になっていた。


(……)


 透は少し計画を変更することにした。部活が終わる時間まで待ったが、先に出てきた葵たちは行かせた。更に待っているとやはり最後に出てきたのは麻美たちで、さっき運んできた楽器を抱えて出てきた。

 さっきと同じく麻美だけは何も持っておらず、元取り巻きたちの後に続いているだけだった。

 楽器置き場と思われる部屋に入ったところで透はそっと近付いた。すると、中から麻美の声が聞こえる。


「ねえ、最近御坂さんのことどう思う?」

「えっ……?」

「御坂圭」


(なんで御坂の話をしているんだ?)


 すると、信じられない言葉が聞こえてきた。


「あの女、葵ちゃんの障害になってきてると思うんだけど、そろそろ目障りだと思わない?」


(――ッ?!)


「ねえ、そう思うでしょ?」


 麻美は元取り巻きたちの顔をのぞき込むように言った。


「う……うん」


 元取り巻きたちの一人、花坂はなさか実花みかはおびえるように言った。


「でしょう? じゃあ、よね?」

「……」


 実花は俯いたままだった。


「あの、人が訊いているんですけど?」

「う――うん。わかりました……」

「くれぐれも葛城院さんのときみたいな稚拙な方法はやめてよね。まあバレたところであなたたちがもう学校にいられなくなるだけの話だけど……葵ちゃんにまたいらぬ疑いがかけられるのは絶対に許さないから」


 麻美は――にっこりと微笑んで言った。


「そうだ、花坂さんちょうど御坂さんの後ろの席だし、何かできそうね」


 本来席は男女で交互になっていたが、人数の関係で圭の後ろは実花になっていた。


「あとさ、やっぱり葛城院さんもいずれまた目障りな存在になると思うの。葵ちゃんにとってはまだ一番脅威な相手には変わらないわ。あ、そうだ」


 わざとらしく何かを思いついたように麻美は続けた。


「葛城院さんってぇ、とっても美人でスタイルも良くて、馬鹿な男子たちが夢中になってるじゃない? だからあの子、葵ちゃんより自分の方がカワイイ、って勘違いしていると思うの」

「……」

「葵ちゃんより可愛いだなんてありえないし、そんなの許されないじゃない? とりあえずさ、今度あの子をちょっと拉致してきてよ。いやらしい写真とか動画とか撮影会を開くの」

「――!」


 透は麻美の言葉に戦慄を覚えた。


「そ……それはさすがに……」

「さすがに、何?」


 麻美は微笑んだまま顔を近付けて言った。すると実花は再び俯いて「……わかりました」と言った。


「良かったあ。私もうっかり『あの動画』を学校とネットにばらまいちゃうところだった」

「……」


 実花たちは全員俯いて震えているような感じだった。

 透はあまりに衝撃的な光景に身動きすらできそうにならなかったが、そろそろ部屋を出てきそうだったので慌ててその場から去っていった。



 ◇ ◇ ◇



(――なんだ? 一体何が起こっているんだ? 甲は何を言っているんだ?)


 透は夢中で走って校舎の外まで出ると一旦息を整えた。


「はあ……はあ……」


 息をつきながらさっきの会話を思い返す。甲がまるでとんでもないモンスターのように葵の元取り巻きたちを脅しつけている――あれは本当に甲なのか? それに「あの動画」ってなんだ?

 透は混乱していたが、まず天音にこのことを伝えるべきだと思いメッセージで伝えた。すると天音は駅で会うと言ったので駅へと向かった。


「何があったの?」


 天音はすでに駅前で待っていた。


「……ちょっとあっちの方で。ここだと鉢合わせる可能性がある」


 二人は駅から少し離れた公園の方に移動した。そして、天音にさっきの事の一部始終を話した。


「……それって、甲麻美が本当の黒幕だったってこと?」

「そうらしい……あいつ、人が変わったように――いや、普段と同じような雰囲気だったけど、却って言っていることが恐ろしかった」

「ふーん……」


 天音は考え込んでいた。


「今度は御坂をターゲットにして、更に彩香もまた陥れようとしてる――それもかなりエグいやり方で」

「……」


 天音はまだ考えているようだったが、やがて顔を上げると、


「葵はきっと、クサナギのおかげで〝女帝〟にならずに済んだのね……」

「え?」

「恐らく、クサナギがいたおかげで葵の考えに変化が出ていたと思うの。けど、そんなモンスターが生まれてしまっていたなんて……いや、元からそうだったのか……」

「ああ、あいつ言ってることがちょっと変だった。葵に対して迷惑をかけることが万死に値するくらいの雰囲気っていうか」

「葵のことを心から崇拝している、ってことか。確か彼女も初等部からの出身だったわね。きっと、その頃から自信に満ちた葵の姿に憧れをもっていて、彼女が〝女王様〟でいることに悦びを感じているかのよう」

「……うん、なんだかそんな感じがしたよ。昨日のあいつのしゃべり方は」


 昨日の会話は、葵に対して少しでも迷惑となることが許されない雰囲気だった。


「そういえば葵の学級委員の仕事とか……それだけじゃないんだろうけど、てっきり甲に押し付けているんだと思ってた。けど実際はそうではなくて、あいつが進んでやっていたんだと思う」

「麻美がいつの間にかそんな風になってしまっていたなんて、今回のことも当然葵は知らないのでしょうね」

「だと思う。それに、『あの動画』ってのはどうやら葵の元取り巻きたちにとっての弱みらしい」

「……」

「とにかく、このままだと彩香と御坂が危険だ」

「そうね。特に彩香はちょっと取り返しのつかないことになりそう。麻美は彼女たちにその動画を盾に従わせてる状態だから、なるべく彩香と圭のそばにいつつ彼女たちの動きを警戒した方がいいわね」

「ああ、そうするよ」


 透は頷いて言った。

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