最終章 私の一番大切な人
第一話 後味の悪い結末
葵たちが戻ってきたのは一時間目が終わったころだった。クラスのみんなはとにかく聞きたいことだらけだったが、そうするのも憚られる雰囲気だった。
「……」
葵は黙って席に着いた。その表情にはもはや自信に満ちていたときのものではなく、感情をなくしたようにただ一点を見つめているかのようだった。
休み時間、透は天音から話を聞くことにした。
「葵の友達はみんな彩香への嫌がらせについて話したわ」
「……葵はもちろん、知らなかったんだよな」
「ええ。本当に葵の知らないところで彼女たちが独断でやったことだったみたい。圭はかなり懐疑的だったけど」
「…………」
「私の経験してきた時よりまだマシかもしれないけど……後味は良くないわね」
「そもそも葵があんな取り巻きたちを使った陰湿な方法で相手を攻撃するなんてことは考えられない。この世界線のあいつは人の何倍もプライドが高いからな」
「そうね……私が見てきた『前回』の時は、全て葵自身がやったことだったもの」
「……」
透は何か心の中で気になっていたことを思い出した。あの時のあれは――
「クサナギ?」
「いや――なんでもない」
すると天音は透と向き直って、
「どうする? これから」
「……葵の精神状態が心配だ」
「そうね……けど、これでこの世界線でやれることはやったと思うわ」
「……」
「もう少し葵の様子を見届けてから貴方を元の世界に戻してあげる」
「……そう、だな」
透はつぶやくように言った。
◇ ◇ ◇
その日からは葵があの取り巻きたちと一緒にいることはあまりなくなった。代わりに別の女子グループが葵の周りに来るようになった。
透は恐らく取り巻きの中にもカーストがあって、今いるのは二軍から昇格した一軍のようなものだろうと思った。
そしてその元一軍の女子たちはクラスの陰にひそむように、目立たないように行動するようになった。
(……)
葵は未だ透に対して心を閉ざしたままだった。
また、クラスの空気がだんだん変わってきていることに透は気が付いていた。
男子たちですら葵の取り巻きたちがやったことで葵自身が関与していないというのはやはり考えにくく、葵が彩香を攻撃するために取り巻きたちを利用し、しっぽ切りとして切り捨てたという風に考えていた。
一方で一部の内部生の男子たちにとっては、葵がこの学校の女王様であるという構図が理にかなっているとすら考えていた。
ただ、彩香の周りにいる外部生の女子たちは葵のことをあからさまに敵視するようになっていた。
葵という存在は彼女たちにとっては女王様ではなくただの〝悪しき慣習の象徴〟で、そもそもそんな非常識な構図がおかしいと考えており、葵に対して一切恐れることはないどころか、むしろ反発や煽りすら入れることもあった。
「あーあ、彩香は本当ひどいことをされたのに、誰かさんはまだのうのうとクラスに自分は悪くないって感じでいるよねー」
圭は葵に聞こえよがしに言った。そして圭と一緒にいる〝彩香派〟の女子も、
「証拠がなければ何してもいいのよ。無罪無罪」
するとそれを聞いた葵の新たな取り巻きたちが反論した。
「何よ、言いがかりでもつけるつもり?」
「あら? もしかして自覚があるの?」
圭は高らかに言った。
「ねえ、〝女王様〟は誰かにわざとぶつかられてケガさせられたり、机を傷付けられたりすることがどれだけひどいことかわかる? わかるわけないか~」
「……」
葵は何も言わなかった。
「圭ちゃん、よして」
彩香はたまらず圭に言った。
「彩香は優しすぎるわ」
圭を中心として葵のグループとの対立、こんな日が続いた。
透は結局このままでは葵の心は救われないと思った。
◇ ◇ ◇
(……やっぱり、無理だったのかな)
透は部活のとき、一人ベンチで空を見上げながら心の中で思った。
もうそろそろ一学期が終わってしまう。このまま無意味に過ごしたところで恐らく何もならないだろう。
天音からはもう元の世界に戻って後は自然に任せようと言われていた。透自身も元の世界に戻りたいと思っていたし、その気持ちも大きくなってきていた。
(けど――)
この世界の葵から笑顔が消えてしまったことが透の中でずっと引っかかっていた。
すると、校舎の方から麻美と葵の元取り巻きたちが出てくるのが見えた。
(……あいつらも部活か。けど、もう葵とは一緒にいられないだろうな)
麻美と一緒に出てきたということは、あの取り巻きたちは麻美の立ち位置に「降格」したのだ、と思った。恐らく葵の取り巻きの中ではカースト最下層の部類なのだろう。
(……)
スクールカースト――どの学校にも一定のカーストは存在しているものだ。
(けれどもこの世界線のこの学校は異常だ。葵という存在があまりに特殊過ぎてこのようなカーストが生まれてしまったのだろう)
そして今、天音が以前言っていたような〝革命〟が起こりつつある。
圭たち外部生の女子を中心とする彩香派はもはや葵の存在を恐れなくなったし、葵も以前のような振る舞いは目立たなくなった。
天音はこうなるのも自然の摂理みたいなことを言っていたが、それでもやっぱり彼女の経験した「前回」よりかはマシらしい。
(……マシ、か。確かに彩香が天音の体験してきた時のような目に遭うことは恐らくないだろう……ある意味、今回は御坂たちがいる。それならば……)
透は再び空を見上げて心の中でつぶやいた。
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