第五話 二度目の失敗

 翌日、透が教室に入ると異様な雰囲気はすぐにわかった。教室の一番後ろのところで人だかりができている。

 何があったのかと見に行くと、葵と圭が何やら言い合っていた。そして、その横で葵の取り巻きが床に正座している。


「どうしたんだ――」

「……彼女たちが朝早くに教室に入って葛城院さんの机に傷をつけていた場面を御坂さんたちが見つけたんだ」


 公平がそっと言った。


「ええっ」

「けど彼女たちは何も言わない。英さんも自分は知らないって言っている」

「おい、どういうことだよ」


 透がすでに来ていた天音に訊くとそれよりも前に圭が答えた。


「こいつらが彩香の机に傷をつけていた犯人!」


 透は床に正座している取り巻きたちを見て言った。


「ここ二、三日彩香の机に傷が付けられているのがわかったの。日に日に増えていくから絶対こいつらの仕業ってわかったわ」

「本当……なのか?」


 天音に訊くと彼女は頷いた。


「圭たちが一番で学校の中に入って、一人が校舎の外で彼女たちが来るのを確認していたの。すると彼女たちが来たから圭に連絡して、教室の掃除用具のロッカーの中から犯行の瞬間を圭が動画で記録したの」

「英さん、あなたのほしがってた『決定的証拠』よ。あなたがこいつらにやれって言ったのでしょう?!」


 圭は録画したスマートフォンを手にして葵に迫った。


「私は知らない! この子たちが勝手にやったことだわ!」

「この状況であんただけ知らないとかありえなくない? 汚いことだけやらせて自分はやってません、聞いてませんなんて通ると思ってるわけ?」


 すると、床に座っていた取り巻きの一人が口を開いた。


「葵は関係ない。私たちが勝手にやっただけ」


 葵も圭も、透もみんな彼女を見た。


「私たちは葛城院さんのことが気に入らなかった。だから私たちは彼女をターゲットにすることにしたの」


 他の取り巻きたちも次々と口を開いた。


「食堂でぶつかったことも、プールの件も全部――わざとやった」

「直接やったのは私たちだから……葵は関係ないわ」


 すると圭は疑わしい表情で、


「嘘。英葵がやれって言ったに決まってる。そうなのでしょう?」

「違う! 葵は本当に何も知らない――本当に私たちだけでやったの」

「……悪いけどとても信じられない。こういうのっていわゆる〝とかげのしっぽ切り〟ってやつでしょ? 本当やることが汚いわ」


 圭は葵を睨みつけながら言った。


「私は本当に……!」


 葵はそう言ったが、もはや葵の言うことを信じている者はいなかった。


「どうだか。自分の手は汚さずに自分が関与した証拠は絶対に残らないようにするのって黒幕の常套手段じゃない?」

「圭ちゃん――英さんが言ったという証拠はないわ」


 彩香は圭をなだめるように言った。しかし、〝彩香派〟の外部生の女子たちは圭を擁護した。


「けど彩香、普通に考えて英さんが関わってないなんて考えられない。だって、あれだけの仕打ちを勝手にこの子たちだけでやったと思う?」

「それは……」

「ちょっと待て――これは彩香の言う通りじゃねえか。葵がやらせたっていう証拠なんてない」


 透はたまらず口をはさんだが、自分で言っていて周りには信じてもらえない気がしてならなかった。

 すると、麻美も透の言葉を受けて葵を擁護した。


「そうだよ……葵ちゃんがこんなひどいことするわけない。圭ちゃん、証拠もないまま葵ちゃんのことを犯人扱いするのは良くないと思う」

「……」

「あなたたちは葵ちゃんに迷惑をかけただけだわ」


 麻美が床に座っている取り巻きたちにそう言うと、ビクッと反応し、俯いた。

 さすがに透と麻美に言われては圭も引き下がるしかなかったが、それでもなお食い下がった。


「でも絶対おかしい……一番怪しい人間だけが何も知らないからで済ませられるなんて、絶対おかしい……」


 すると圭はキッと葵を正面から睨みつけて、


「彩香はとっても傷付いたのよ! あなたの友達のせいで! それでもあなたは知らないからで済むなんて――証拠がないだけで、私たち――いいえ、他のみんなも納得はしてないからね」

「私は……」


 葵は何かを言いかけたが、圭の剣幕に押されて何も言えなかった。

 そして葵の取り巻きたちの方に向き直ると、


「あなたたち、彩香にひどいことをした!」


 すると葵の取り巻きたちは小さく震える声で、


「……すみませんでした」

「そんな程度で許されると思ってるの?!」


 圭は彼女の肩をつかんだ。


「やめて圭ちゃん!」


 彩香が圭を止めた。


「なんで? こんなの許されるわけないでしょ?! 今まで好き放題にこの学校でやってきて――こんなひどいことして、私は絶対に許せない!」

「やめな、圭」


 天音も真顔で言った。すると圭はようやく彼女を放した。

 するとその時「何やってんだ」と担任が入ってきた。いつの間にか予鈴も過ぎていてホームルームの時間となっていた。


「先生」


 圭は担任の元へ行くと、事のいきさつを全て説明した。葵の取り巻きが彩香に嫌がらせを複数回行っていたこと、そしてそれを認めたことなど――

 そして、当事者である葵の取り巻きたち、彩香と圭、更に葵も別室で事情を訊かれることとなった。


「…………」


 クラス中がざわついていた。


(……)


 透は未だ頭の中が整理しきれていなかった。

 ただ、一つだけ確実に言えることは失敗――この世界線で二の轍を踏んでしまった。天音が先に経験してきたみんなが不幸になってしまうルートと同じような結果になってしまったのだ。

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