第十話 抜け駆け?

 翌日、ハイキングの日となった。


「今日はよろしくー」


 圭や彩香たちが透たちのところにやってきて言った。


「夕菅くんと草薙くんは陸上やってるから体力ありそうだね」

「いや、ハイキングっていってもそこまで大変じゃないだろうし、とりあえずのんびりいこう」


 そろそろ出発となり、みんなワイワイと楽しそうに話しながら歩き始めた。透と天音はみんなの少し後ろを歩いている。


「昨日は上手くいったみたいだな」

「まあ、アレはいわゆる幻影ってやつなんだけどね」


 天音がそっと教えてくれた。


「ずっと教師が巡回しているように見せかけて、健一たちを注意したのか」

「そう。本物と上手く鉢合わせないようにね。結構大漁だったわよ」

「そうか……何だかすまないな。お前はずっと起きていたんだろ?」

「一時ごろにはさすがにもう来なくなったわ。あっちの世界の葵が望んだこの世界を今度こそ上手く立て直したいからねえ。それに、睡眠は必須でもないから」


 天音が普通の人間ではないと思い起こさせる言葉だった。普段はおちゃらけている感じではあったが、時折そういった雰囲気をのぞかせることもある。

 ただ、普段遅刻ギリギリになるのは何故だろう、と思ったが野暮なツッコミはやめておこうと思った。


「けど、本番は今日だからね。ビシッといくよ」

「ああ」


 やがて昼休憩となる広場に到着した。


「定番のカレー作りだな。腕が鳴るぜ」


 透はストレッチをしながら言った。


「透くん、お料理得意なの?」

「いや、取り立ててそういうわけではないが、もう何回も作ってるから」


 例によって男子たちは先に炭を取りに行った。

 その時に葵の方を見たが、公平と一緒に楽しそうにやっているのを見て透はほっとした。



 ◇ ◇ ◇



 みんなで作ったカレーを食べ終えて後片付けをしている時、透は持ち帰り用のゴミ袋にゴミなどをまとめていた。


「透くん」


 振り返ると、彩香が来ていた。


「手伝うわ」

「大丈夫だよ。俺一人でやるからさ」

「そんなこと言わないで。みんなでやらなきゃ」


(本当、優しい子だよな)


 彩香とあまり一緒にいないように自分だけ離れて面倒な仕事をやっていたのだが、これでは却って逆効果になってしまうかもしれないと思った。


「今日はあまり透くんとお話していない気がして」

「そうかな」


 その通りだった。当然のことながら健一たちが常に彩香に話しかけていたし、自分はほとんど天音と一緒にいたからだ。

 すると、彩香は何となく訊きづらそうな口調で、


「やっぱり透くんは……天音ちゃんと仲が良いのね」

「えっ?」

「ほら、よく一緒にいることが多いし、今日もハイキングの時はずっとお話していたでしょ?」

「そ、そうかなあ」

「なんだか、羨ましく思って……」

「え?」

「あ――ううん、そういう変な意味じゃなくって。ほら、気が置けないというか……お互い気を遣わなくても自然にいられるみたいで。それは英さんとのことにも言えるのだけど」

「まあ……葵とは中学に入学してからずっとの付き合いだからなあ。天音は……アイツがああいう性格だからなじみやすいっていうか……」

「それに、透くんはすごく人がよさそう」

「そんなことないって――そんなの初めて言われたよ」

「だって、英さんには色々言われても透くんは全然嫌みなく聞いているし、自分より相手のことを思いやってる感じが伝わるわ」

「アイツがああいう性格だから……」


 透は同じセリフを繰り返した。


「それに、私が部活を決める時も最後まで私の考えを尊重してくれていたし、本当に相手のことを考えてくれてるんだなあって感じたわ」

「そう……」

「だから私――」


 彩香が何かを言いかけたとき、「おっ、二人とも抜け駆けとはいかんですなあ~」と天音がやってきた。


「抜け駆けってなんだ――俺はただゴミ袋を」


 透は思わず立ち上がったが、ナイスタイミングだ、と心の中で思った。


「そうよ――私は手伝っていただけだわ」


 彩香も何となく気まずそうに立ち上がる。


「男子たちが彩香のことをさがしてるからさ~早く戻ってあげて?」

「もう、変なこと言わないでよ――」


 透たちはゴミ袋を持って元の場所に向かった。


「助かったよ」


 透はそっと天音に言った。あれ以上彩香といい雰囲気になってはいけないと思いつつも、彩香の言葉の続きが気になっていた。



 ◇ ◇ ◇



 ホテルに戻り、風呂と夕食を済ませてオリエンテーションの行事を終えると、予定通り葵の取り巻きたちと協力して二人きりにさせる予定だった。

 ところが公平は彩香と圭の二人としゃべりながらロビーに出ると、そのまま三人でソファで話を続けていた。

 透は公平を連れ出そうと声をかけようとした。が、それよりも前に葵たちがやってきてしまった。どうやら事態を見かねた葵の取り巻きたちが連れてきたらしい。


「あら、いいところに。公平、オリエンテーションの活動記録をまとめようと思っているのだけど」

「ああ、うん――」


 公平は立ち上がろうとしたが、


「私たち、いま高崎くんとおしゃべりしているのだけど」


 彩香が言った。


「学級委員としての仕事の方が優先なのよ。それに、男子とおしゃべりしたいのなら他にあてがたくさんあるでしょう? 〝いいお友達〟が」


 葵が嫌みっぽく言うと公平は危険な雰囲気を察して「まあまあ、じゃあレポートまとめておこうか」と葵をなだめるようにして行ってしまった。


(うーん、これはある意味成功でもあり、失敗でもあるのかな……)


 少し離れて見ていた透は、とりあえず公平と一緒にはなれたからこれで良かったのかなと思った。


「あ、草薙くん」


 圭が気が付いたように言った。


「どうしたの? そんなところで」

「いや、ちょっと自販機に」


 そう言って透は二人の前を通り過ぎて自販機コーナーの方に向かい、ごまかした。


「……」


 ま、いいかこれで――自動販売機コーナーで適当に飲み物を買うと天音に今のことを伝えておこうと思った。


「ふむふむ、まあ、ある意味成功だったかもしれないねえ~」

「わっ」


 天音にメッセージを伝えようとしていたら、いきなり後ろから彼女が現れた。


「いきなり現れるなよ」

「いやー、なかなか予定通りにはいかないもんだねえ」

「まあでも結果オーライってことでいいんじゃね?」

「果たして本当にこれでオーライなのかなあ」


 天音が疑問を投げかけるように言ったが、そのことを実感するのはこの合宿を終えてからだった。

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