第四章 代理戦争
第一話 葵の家にて
合宿が終わって休み明けの学校。透が教室に入るともうすでに彩香の席の周りには、何人か集まってしゃべっているクラスメートたちがいた。
オリエンテーションの合宿を通じて、外部生も以前と比べてクラスのみんなとの仲をより一層に深めることができたようだった。
(まあ……彩香の周りに人が集まるのもこれまでと変わらないことといえば変わらないことだが)
これまで、というのは透の元の世界や、前回の葵のいない世界線でもという意味だった。
女子であれば嫉妬の対象ともなりがちだが、そもそもここの世界線のクラスの背景が奇妙なのだ。葵がカーストの頂点に君臨する世界であり、外部生、特に女子からすれば異様な世界である。
葵と彼女の取り巻きたち以外の一般の生徒たちにとって、彩香は嫉妬の対象ではなく、男女分け隔てなく人を惹きつけるような感じの存在だった。
「おはよう」
透は葵たちに挨拶をした。果たして公平とは距離を縮めることができたのだろうかと思った。
いつも通りカバンだけ机にかけて健一のところに行こうとしたが、健一はすでに彩香の席に行っていた。
(ぐっ……! そりゃそうだよな。コイツも彩香に夢中だったし)
ついでに言えば公平も彩香のグループの方にいて、おしゃべりしている。
(……)
透は結局無意味にそのまま教室を一旦出た。
「……」
仕方がないのでトイレにでも行こうかと思ったら、天音が来るのが見えた。
「おう、おはよう」
「おはよ~」
「……朝から賑やかだぞ、彩香の周りは」
「ふ~ん」
天音は教室の入口から中をのぞいた。
「なるほどねえ。確かに大盛況だわ」
「その中に高崎がいるのが良くないな」
「そうだねえ。やっぱり彼は彩香のことが好きなのかなあ」
「わからん」
すると、いつの間にか麻美がいた。
「二人とも、教室の前で何してるの?」
「あ、おはよ~」
「おはよう。天音ちゃん」
天音は麻美と一緒に教室に入っていった。透は仕方ないので自分の席の方に戻る。
「そうだ、葵。やっと小説読み終えたよ。いや、小説版も面白かったな」
「あら、本当? なら今日私の家に来なさいよ」
「えっ?」
「第一部と第二部のブルーレイがあるの」
「なるほど――お前は今日部活じゃないのか?」
「あるけど、まあいいわよ。貴方も部活なの?」
「まあ。でも映画面白そうだし、今日は休もうかな」
「決まりね」
葵は機嫌良さそうに微笑んで言った――この際、仕方あるまい。高崎が彩香のそばにいて面白くないだろうし、それならご機嫌はとっておいた方がいい。
◇ ◇ ◇
透は健一に今日は部活を休むと伝えておいて、放課後になると葵と共にロータリーへと向かった。車に乗り込むと映画の話になり、透も物語が全てわかるようになっていたので話が弾んだ。
葵の家に到着し、中へと入る。
「こっちよ」
今日は別の部屋に案内された。
(一体いくつ部屋があるんだこの家は)
中に入ると大きなシアタールームだった。高級ソファにバカでかいスクリーン、音響機器も揃っている。まるでこの間の春休みに行ったような映画館のVIPルームのようだった。
「す――すげえ」
透は思わず圧倒されてしまった。葵は空調を入れると「ちょっと待ってて頂戴」と言って一旦出ていった。
「マジですげえ……」
アクション映画なんか上映したらさぞかし大迫力だろうと思った。
しばらくすると葵が飲み物と菓子を持ってきてくれた──まさか葵が持ってきてくれるなんて。一緒に映画を観るというだけでも相当機嫌が良くなったのかな。
そんなことを思いつつ透は飲み物を受け取った。
「おお、サンキュ」
葵はブルーレイをセットして照明を上映仕様にした。
「――っ!」
何故か葵は透のすぐ真横に座った。
「完結編ももちろん良かったけど、これから観る方もとっても良かったのよ」
葵は笑顔で透に言った。
(ああ……こいつは好きな物になると本当に素の姿になるんだな)
ほんの少しの間ではあるが、いつもの高飛車の葵ではなく本当に楽しんでいる姿だった。
◇ ◇ ◇
「はあ……面白かった」
第一部、第二部と二本立て続けに観終えて、透は余韻と充実感を覚えていた。
「でしょう?」
葵も久しぶりに観て満足げに言った。
「ああ」
二人とも余韻のさめる間もなく物語の感想をしゃべっていた。
「あ――もうこんな時間か」
時間はもう午後九時を過ぎていた。夕食も結局映画を見ながら食べていた。
「ありがとな。本当楽しかったよ」
「満足してもらえて良かったわ」
部屋を出て帰る前に透は葵の母親に挨拶していこうと思った。すると、どうやら葵の父親もすでに帰ってきていたようだった。
「あの――こんばんは。お邪魔してます」
「透くんじゃないか、今晩は」
葵の父親は笑顔で透を見て言った。元の世界では何回か会ったことがあった。
「今日は透と映画を観ていたの」
「すみません、こんな遅くまで……その、映画を観させていただいたので」
「よく来てくれたね。久しぶりだ」
葵の父親は嬉しそうに透のところまでやってきて言った。
「ええ――お久しぶりです」
「またいつでも来なさい」
果たしてこの世界でどのくらい久しぶりなのかわからなかったが、透のことをとても歓迎している雰囲気は伝わった。
「今日はお邪魔しました」
透は挨拶して葵の家を出た。
(……ふぅ)
やはり大病院の院長というと思わず緊張してしまう感じだった。
(やっぱり葵はああいう風に自然に笑っている方がずっといい。それに――)
その姿は元の世界の葵の笑顔を思い起こす――
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