第八話 不本意で順調に進む彼女との仲-3
風紀委員の挨拶の活動の週は彩香と一緒に登校することが続いた。そのおかげでこの世界線の彩香ともだいぶ親しくなった気がした。
「おはよう、透くん」
「おはよう」
いつも通り二人は駅前で合流し、学校に向かう。
「もう少しでオリエンテーションの合宿ね」
「そうだな。今度は怪我しなくて済みそうだ……」
「えっ?」
「いや、こっちの話」
「正直、高校に入ってクラスに打ち解けられるか少し不安だったわ。合宿ってどうなんだろう、って」
「まあ……外部生の募集もそのうち無くなる、っていう話だからなあ」
「天音ちゃんとか、圭ちゃんとか、麻美ちゃんもとても話しやすくていい子だから、本当に良かった」
「そうか」
「麻美ちゃんは初等部からなのよね」
「ああ」
「英さんとは初等部のころからお友達って聞いていたけれど、二人ともタイプが全然違うから……」
「確かに……」
元の世界では仲良しなのだが、この世界ではちょっと違う感じだった。麻美は葵の友達というより、葵に従っている大人しい女の子、という感じだった。
「葵のヤツがよく面倒事を甲に押し付けている感じだからなあ」
「麻美ちゃんはあまり強く主張できないみたいだし、もし目に余るのなら……」
「大丈夫――その時は俺が言っておくから」
透は新たな葵と彩香の火種を作らないように、そう言っておいた。
「ねえ、透くんはどうして英さんと仲がいいの?」
「えっ? いや、別に仲がいいというか……」
「透くんって、特別よね。だって、英さんのことを下の名前で呼んでいるのは男子では貴方だけだわ」
「まあ中学のころからの付き合い――いや、正確には家が近所だったから小さいころにちょっとあったとかなんとか……」
透自身もそこの記憶――設定は知らなかったので曖昧に答えた。
「ここの中学に入ったのも彼女がいたから?」
「いや、それは全くの偶然。家から適度に近かったし、何とか合格できたから」
「そう」
「まあ、向こうも俺のことは多分覚えてなかったと思うけど」
「英さんに何かを意見できるのって透くんだけだと思うの」
「……俺の意見なんか速攻で無視されてる気がするけど」
「そんなことないわ。入学してからしばらく経って、この学校って英さんに逆らえる人がいないっていうのがよくわかったわ」
「……」
「内部進学してきた子たちはみんな英さんのご機嫌をうかがっているじゃない? それに、先生たちですら……」
それは否定できなかった。以前健一がこの学校で葵がどんな立場かを話したことがある。
「私、こういう世界って本当にあるんだなあ、って思った。お金持ちのお嬢様がクラスの――いいえ、学校の中心になっているような。透くんもそう思わなかった?」
「うん、まあ……俺もかなり驚いた、かな」
どちらかというと元の世界の葵とのギャップを感じたのが大きかったが。
「だからといって好き放題やるのとは違うわ。私、聞いたの。私と同じように高校から入った子たちに。英さんに誘われて一緒に遊びに行ったけど、彼女たちのグループに嫌われたら居場所がなくなるかもって」
「……」
「確かに私たちって内部進学者の人から見たら『外から来た人』という感じでしょうし、人数も少ないから内部生の子が中心になってしまうのは仕方ないと思っているけれど、そういうのは私、嫌だわ」
「……まあ」
「あっ――別に内部生だから嫌いってわけではないわ。むしろ透くんはとても優しくていい人だし……」
「へっ?」
透は思わず声が裏返った。
「英さんに色々言われても彼女のことは本気で悪く言わないし、私たちとも仲良くしてくれるから」
彩香は微笑んで言った。
◇ ◇ ◇
「クサナギ、いくら委員会が一緒だからって、ちょっと距離縮めすぎじゃない?」
音楽の授業から教室に戻る途中、透は天音に突然言われた。
「いや――友達の範囲内で、だ」
「あのさあ、あの子、クサナギの話をすることがとても多くなっているのよ」
「そ、そうなのか?」
「私に色々訊いてくるの。本人に訊いたらどう? って流してはいるんだけど、ちょっとスキがあるんじゃない? この世界で彩香に気に入られることは――」
「わかってる――葵との関係が悪くなるから、だろ? わかってるよ……けど俺だってなるべく距離は置かないと、って思ってはいるんだ」
透は天音の言葉を遮るように弁明した。
「ま、私も人のこと言えないんだけどさ。とにかく、合宿も近いんだから少し気合入れていかないと」
「お前の方からそんなことを言われるとは思わなかったよ」
「あら、言うじゃない」
天音がにしし、って感じで笑っていると彩香が会話に加わってきた。
「何のお話をしているの? 何だかとっても楽しそうね」
「え? いや何でも――」
透が取り繕うように言うと天音はわざとらしく、
「クサナギが~今度の合宿で他のクラスの女の子と仲良くなれたらいいな、なんて言ってるの」
「お前――適当なこと言うなよな!」
「ちょっと」
いつの間にか葵がそばにいた。
「廊下で大きな声を出さないで頂戴」
「は、ハイ」
透は天音や彩香たちと仲良くしているところを見せてしまったのは失敗だったと思った。
「そんなことないわ」
彩香が反論した。
「今は休み時間だし、それに、そこまで大きな声でしゃべっていないわ」
「お、おい彩香――」
しまった――そう思った時にはもう遅かった。
「……『彩香』ぁ?」
葵は透を睨みつけるように見ながら言った。
「いや――その」
しかし彩香はひるまずに、
「別に友達として下の名前で呼んでもいいでしょう? 英さんだって透くんのことを下の名前で呼び合っているじゃない」
「透とは中学――いえ、入学前のころからの付き合いだから。けど貴方は入学してせいぜい二ヶ月程度でもう男子と下の名前で呼び合うなんて。まるでどっかのギャルと同じね。お目当てはやっぱり男子だったの? 最近男子たちにとても人気があるみたいじゃない」
「みんなクラスメートでいいお友達よ」
「『いいお友達』って言葉。本当に便利よねえ。まるで都合良く何人もキープできるかのように」
葵は高らかに言った。
「そういう
「陸上部のマネージャーになったのも、ひょっとして男子目当てだったりして」
「ちょっと待て――」
透が慌てて間に入ったが、彩香は引かなかった。
「……英さん、貴方とは一度本音で話し合ってみる必要がありそうね」
「そうねえ。みんな葛城院さんのこと上辺でしか見てないでしょうから、私だけでなくみんなともお話した方がいいかしらね」
「……」
透はたまらず葵の腕をつかんでその場から離れると、
「あまり葛城院を挑発するなよ」
「あら? なんで苗字の呼び方に戻すの?」
「とにかく――これ以上構うな」
「どうして貴方に言われなきゃいけないわけ?」
「葵がいちいち気にしてたらキリがないだろ?」
「そもそも、気に入らないのよあの子。入学してから間もないのにちょっと調子に乗りすぎだわ」
「けど、お前にとっては取るに足らない存在なんだろ? それでいいじゃねえか」
それで良くないことは透にもわかっていた。
この世界線の葵にとってはどんなに些細な存在であれ、自分に反抗する人間は徹底的に攻撃し、相手の上に立つ――初等部のころから放っている英家の威光を背景にそうしてきたに違いないと思った。
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