第七話 不本意で順調に進む彼女との仲-2
翌週、透と彩香は風紀委員の仕事でまず校門で朝の挨拶をすることになっていた。なので透はいつもよりも早く家を出ていた。
(……)
彩香のことを下の名前で呼ぶのは彼女と二人だけの時以外は極力避けることにしていたので、二人がお互いに下の名前で呼び合っていることを健一や他の男子たちはまだ誰も知らなかった。
ただ、彩香は普段から自分のことを下の名前で呼ぶようになったので圭や天音たちなどはそのことを知っている。
当然天音からは軽くクギを刺された。もちろん自分でもわかりきっている。彩香に恋愛感情を持つとかそういう話ではなく、葵との関係を悪化させてはいけないということである。
(逆に辛い……俺としたことが)
下の名前で呼び合えるなんて、自分だけだろう――他の男子からすれば羨望、嫉妬の対象となる。こんなに嬉しいことなのにこの世界線では
(贅沢な、悩みなんだよな)
駅に到着すると、改札を出たところで彩香が待っていた。
「お、おはよう――もしかして、待ってくれていたの?」
「きっとそろそろ来ると思って。おはよう」
(ああ……笑顔がまぶしいなあ)
「あ、ありがとう。じゃあ行こうか」
二人は駅から歩き始めて並木通りに入った。
(あれ。これってまるで……俺と彩香が付き合うときの雰囲気じゃねーか!)
二人きりで登校――こんなのあっという間に噂が立ってしまうレベルだった。けれども今回は風紀委員の仕事という名目があるが。
「こんなに早く家を出たのは久しぶりだ。彩香……は、元々朝早いよね」
「そうね。朝はなるべく余裕をもって家を出るから」
「さすがだね。少しでも天音が見習ってくれればいいんだけどな」
透はアハハと笑って言った。
「天音ちゃんは英さんみたいな人からは誤解を持たれやすいのよ。彼女、本当にいい子だわ」
彩香は優しそうに微笑んで言った。
「……と言っても私も最初、天音ちゃんみたいなタイプの子は友達にいなかったからちょっと戸惑っていたわ。けど、彼女と一緒にいると本当に楽しくて、こっちまで明るくなれるの」
「まあ……何だかわかる気がするよ」
「でしょう? 思えば早い段階から透くんは天音ちゃんのこと下の名前で呼ぶようになっていたものね」
「いや、まあそれはあいつが最初に言ってきたから……」
「本当、天音ちゃんは一緒にいて楽しいわ」
天音が聞いたらさぞかし喜ぶだろうな、と透は思った。
◇ ◇ ◇
二人は教室にカバンを置いて風紀委員の腕章をつけると、同じく今週担当の他のクラスの風紀委員たちと一緒に高校の校舎の門のそばに立ち、登校してきた生徒たちに「おはようございます」と挨拶を始めた。
(うーむ、やっぱり男子はみんな彩香のことを見ていくよな)
やがて、ロータリーに高級車が一台入ってくるのが見えた。
(うぐ――来たか)
車から葵らしき女の子が降りて、やがてこちらに向かって歩いてくる。
(……やっぱり正面から見るとオーラってのがよくわかるな)
周りの視線を気にして遠慮がちに歩く元の世界の葵とは違い、堂々と自信に満ちたように歩いている。周りの生徒たちが自然と彼女に道をあけているかのような感じだった。
「……」
葵はやがて透の存在に気が付いてチラリと見たが、それだけで行ってしまった。
(……何もしていないのに罪悪感を抱かせる、刺すような視線だ!)
透は雑念を振り払うように、「おはようございます!」と声を張り上げた。
◇ ◇ ◇
「おはようございます、風紀委員の草薙君」
教室に戻ると、葵が嫌みっぽく透に言った。
「お疲れさま、くらい言ってくれたっていいじゃないか」
「はあ? 何で私がそんなこと言わなきゃならないわけ?」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか……」
「葛城院さんと一緒に並んで朝の挨拶ができて嬉しそうじゃない」
「そんなこと思ってない!」
「声大きいんですけど」
葵は冷たく言った。
相変わらずの葵だったが、これでも全然マシな方だった。いい加減これが葵の通常運転だと透も理解し始めていた。
ただ、やはり彩香たちとの溝が深いことはこの間改めて感じられた。
「それより、やっと五巻まで読んだぞ。結構面白くなってきたな」
透は話題を変えるように葵からもらった例の小説を取り出した。
「そうでしょう?」
元の世界に戻ったら、葵と映画でも観に行こうかと思った。
(早く戻りたいな……)
元の世界の優しい葵をまた懐かしく思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます