第六話 不本意で順調に進む彼女との仲-1
数日後、来月のオリエンテーション合宿でのハイキングの行動班を決めることとなった。当然透は事前に天音と打ち合わせて、葵と公平を同じ行動班にすることに決めていた。
そしてその通り男女混合のハイキング行動班はくじの結果、無事に葵の班と公平のいる班が組み合わせになった。
(よし――)
が、透が安心したのも束の間だった。よりによって透は彩香の班と一緒になってしまったのだ。
(ぐっ……これは、あまりよろしくない!)
直後に着信が来た。スマートフォンの画面を見てみると案の定天音からで『やべえ、葵のことしか考えてなかった』と書かれていた。
(……)
透は天音のことを責められなかった。自分も彩香と同じ班になる可能性はうっかり失念していた。
「こ、行動班って言ったって、ハイキングして、飯作って終わりだからな」
透はわざとらしく葵に向かって明るく言った。
「葛城院彩香、御坂圭、雲英天音。良かったじゃない、仲良しな女の子たちと同じ班になれて」
葵は冷たい口調で透に言った。
「まあ、同じ部員として……」
「聞いたわ。彼女、部でとっても評判なんですってね。夕菅君が言っていたわ」
「ああ、そうだな……ハハ」
評判というか、部の男子ほとんどが彼女目当てという感じの毎日だった。特に先輩たちが幅を利かせ気味なので一部不満は出ているが。
「それよりお前も高崎と同じ班で良かったじゃないか。あいつは頼りになるしな」
そうは言ったものの、あまり効果は無いようだった。
◇ ◇ ◇
班決めの後、健一の席に行くと彩香と同じ班になれたことでかなり喜んでいた。
「マジラッキーだわ。葛城院さんと同じ班になれるなんてな」
「まあ……同じ班と言っても山歩くだけだけどな」
「何言ってんだ、昼は一緒にカレー作れるじゃねえか! それはつまり葛城院さんの手作りカレーでもある」
「まあ、そうかな」
最初に葵のいない世界線に飛ばされたときの合宿を思い出した。あの時、彩香は怪我をした自分に付き添ってくれた。
「……」
思い出すだけで心が温まる気がした。彼女は本当に優しくて、一緒にいてとても幸せだった。
「合宿ではよろしくね」
彩香と圭が健一の席にやってきて言った。
「ああ……よろしく」
透は健一と彩香たちが話で盛り上がっているところで天音の席の方に行った。
「アマネさんよ」
「ゴメンゴメン、私うっかり葵の班のことしか考えてなくてさ~」
天音はアハハと笑いながら言った。
「いや……俺も失念してた。まあでも、葵と高崎は同じ班になれたし、それはそれで何とかなるだろ」
「上手くいくといいけどね~」
なんだかんだで今度で三回目の合宿である。最初に飛ばされた世界線で彩香が一緒に付き添ってくれた初回、その後元の世界に戻って本来の合宿が二回目。そして今回の三回目の合宿は葵のことが気になってゆっくりと楽しめそうにもなかった。
◇ ◇ ◇
「草薙くん」
帰りのホームルームが終わると彩香がやってきた。
「ああ、委員会ね」
透はそそくさとカバンを持って席を立った――できれば葵の前ではあまり彩香と一緒にいるところを見られたくなかった。
「葛城院さん」
葵が口を開いた。透はビクッと反応する。
(やめてくれ――口調がもうよろしくない!)
「……何かしら? 英さん」
「貴方、風紀委員でしょう? 貴方の後ろの席の生徒さんはもう少し余裕をもって登校するべきじゃないかしら」
天音はかつて遅刻について難癖をつけられて以来、透の進言もあり遅刻だけは何とかせずに登校していた。
ただ、毎回チャイムが鳴る寸前だったりと、かなりギリギリではあった。
「けど、遅刻ではないわ」
「たまたまでしょう? ああいう生活態度をたしなめるのも貴方たち風紀委員会の仕事でなくて?」
「……ええ、今度そう伝えておくわ」
「それとも、仲の良い身内には甘い風紀委員なのかしらね。私だったらあんなチャラチャラした格好だって許さない」
葵は嫌みっぽくクスッと笑って言った。
「けど、校則に違反しているわけではないわ。この学校は自由な校風が特徴なんでしょう?」
「生活態度の乱れが出てくると、この学校の品性に影響が出るじゃない。他のクラスにもあの子に影響されてる子が何人かいるのよ」
「行き過ぎた規制なんて、誰も望んでいないと思うわ」
「そう。案外甘々な風紀委員さんなのね。なら私が学級委員として指導してあげなきゃ」
「貴方――」
彩香が表情を変えて何かをいいかけたところで透が割って入った。
「早く行こうぜ――委員会の時間があるから」
透は半ば強引に彩香を連れ出して教室を出ていった。
「英さんの考え方はちょっと極端だと思うわ」
彩香は静かに怒りを込めながら言った。
「ハハ、アイツは昔からああなんだ」
「それに、天音ちゃんを目の敵にしてる――いえ、恐らく私のことも……」
「そんなことないよ」
そう言いながら、心にもないことを言ってるなと透は自分でも思った。
「とにかく、あまり気にしなくていいと思うから。俺だって彩香の言うことは正しいって思ってるよ」
「――!」
彩香は思わず透を見た。
「……どしたの?」
「あの……今、その――名前」
「え? あ――」
しまった――またやってしまった。
「ごめん――えーっと『あおい』とか『あまね』とか名前で呼んでいたからつい……ご、ごめんなさい、葛城院さん」
「いえ――」
彩香はあまりに自然に下の名前で呼ばれたことにドキンとした。男子から下の名前で呼ばれたことなど当然一度もないし、そういう間柄の存在もいなかった。
「あ、あの……でも、良かったら名前でもいいわ」
「へえっ?」
思わず変な声が出てしまった。
「一緒のクラスだし、同じ部活だし、同じ委員会だし……天音ちゃんのことも下の名前で呼んでいるでしょ? それにもう結構仲良くなったと思うから……」
「ああ、でも――」
「だから……私も今度から『透くん』って呼んでもいい?」
「……」
(ああ……これは――『あの時』の彼女だ)
透が葵の存在しない世界線に飛ばされ、彩香と恋人同士になった世界――あの時と同じように彼女は微笑んで問いかけた。
「う、うん――もちろん。すごく嬉しい」
「……良かった。じゃあ改めてよろしくね、透くん」
「よ、よろしく……彩香、サン」
やっぱり彩香は可愛い――透は改めてそう感じた。が――
(けど、それじゃダメなんだ!)
彩香とは距離を置かなければならない。この世界では必要以上に彩香と親しくならないことが、とにかく重要なことだった。
これも全てこの世界線の葵のため――
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