第四話 天音の能力
透は一時間目の授業が終わるとすぐに天音を廊下に連れ出した――なんか毎回同じことをやっている気がする。
「さっきの話の続きだが」
「えーと――」
天音が話しかけた時、「二人していつも何をコソコソやっているの?」と後ろから声がした。振り返ると葵が腕を組んで立っている。
「貴方たち、いつも二人だけで何か話しているけど」
「いや、その」
「入学初日からそうだったわよね」
「いや~クサナギが、私が遊びでマネージャーやるんじゃないかって」
天音はアハハと笑いながら言った。
「あら? 最初からそのつもりでしょう? だって男の子をかき集めるだとかなんとか言っていたじゃない。ついさっき」
「男子の方が手っ取り早いかなーなんて」
「ふうん。そんな方法しかとれなくて本当にお気の毒だわ」
葵はまた天音に蔑んだ目で冷たく
(人は、こうも冷たい目ができるものなのか――それも、あの葵の顔で)
透は本当に女って恐ろしい、と思った。
そうこうしているうちに予鈴が鳴ってしまった。ところが、その予鈴が鳴っている間に異変が起こった。
「――?!」
急にしんとして無音の世界になった。
「なんだ――?」
「わざわざこんなことする必要もなかったけど、面倒だから」
目の前の天音がつぶやくように言った。
「これ、何だ? まるで――」
時が止まっているかのよう――いや、本当に止まっていた。教室のみんなも、目の前の葵も――
「いいから――さっきの話の続きだけど、私は葵の勢力に対抗するには数が必要だと思ったのよ。このままではクサナギの言うように私が経験した『前回』の二の轍を踏むことになるわ」
「時を――止めたのか?」
「そう」
天音は事もなげに言った。
「す――すげえ」
「人の話聞いてる?」
「あ、ああ。えっと、二の舞になるってことか」
「……クサナギのいなかったあの時も、葵がクラスのほぼ全員を支配下に置いて、結局不幸な結果になってしまった。それならまだ二分化した方が救いがあるわ」
「二分化って――〝反・葵勢力〟みたいな?」
「うーん、そこまであからさまに言われるとちょっとアレなんだけどねえ」
「けど、余計に悪化しないか? ものすごく険悪な雰囲気になりそうな……」
「リスキーなんだけど、今のままだと本当に私が経験してきた時のそれとほとんど同じ流れになっているの。葵は他の外部生の懐柔を図り始めたでしょう?」
「まあ……」
「今ならまだ間に合う。外部生を中心に男子を陸上部に誘ってみようと思っているの。まだ決めていないと思うし」
「……それで彩香をエサにするってか」
「それが一番効果てきめんでしょ?」
「いや……待て、やっぱそんな危険な方法ダメだ」
透は首を振って言った。
「何故?」
「いくらそれを防ぐっていったって、対立を煽るような方法は間違ってる」
「けど、もう葵は動き始めているわ」
「お前が見届けたバッドエンドはあくまでも俺がいない時の話だ。今回は俺がいる」
「……」
天音はしばらく透を見つめると、
「そう。なら貴方に従うわ。多分、それが正しいのでしょうから」
透は天音が素直に危険な案を取り下げてくれたのでほっとした。
「けど、どうするの? 私はもうマネージャーやる宣言しちゃったし」
「そもそも、葵が心配しているのは高崎が彩香に関心がいくことなんだろ? それを止めることを考えよう」
「まあ、それは一理あるわね」
「ただ、高崎のやつは恐らく今までの流れからして彩香のことが好きなんだと思う」
「やっぱり美人には弱いんだねえ」
「彩香は美人なだけじゃなくて性格もいいからな」
「さすが、元カレね」
「元カレ言うな――まあ正直、彩香が他の誰かとくっつくのを目の前で見ていくのは精神的にきつい」
「大丈夫よ。ちゃあんとあっちの世界ではラブラブでやってるから」
「嬉しいのかどうなのか微妙なところだが……」
透は時が止まった状態で葵の顔をまじまじと見た。
「……葵ってダイヤモンドの原石だったんだな」
普段は眼鏡に俯きがちな葵しか見ていなかったのでこんなに近くで顔を見ることはない。
彩香と同じように整った顔立ちだが、長い睫に和風美人というのがしっくりくる。けど、眼鏡もやっぱり似合うかもしれない。もしこの葵が眼鏡をかけてくれたら最高かも――
「本当、女ってすごく変われるもんなんだな。元の世界の葵と同じはずなのに、こっちの方が何倍も可愛い」
「そうだよ、女は化けるんだから。葵はちゃんと素顔を見せた方が良かったのよ」
「……」
今度は天音を見た。
「何?」
「いや。お前も今の葵みたいにナチュラルな感じにしても結構いけるのかなあって……」
「へえ、さすがは清楚系フェチの透くん」
「フェチって言うのやめろ――まあでも、お前は今のギャルっぽい方がなんだかしっくりくるかもな。最初からその恰好だったし慣れてしまった」
「嬉しいこと言ってくれるねえ。じゃ、とにかく一旦私の作戦は中止するわ。ただ……」
「ただ?」
「葵にとってはちょっと屈辱的な事件が起こるのよ」
「事件? なんだよ、まだあんのか?」
「来週、実力テストの結果が返ってくるのだけど」
「あったな、そんなの」
「葵が彩香に負けるのよ」
「ええっ」
「それで彩香にまた注目が集まって……葵は当然面白くなくて。『前回』はそれをきっかけに彩香を孤立化させる一因になったわ」
「ぐっ……」
避けようのない未来をどうしたらいいか――しかし、もう実力テストは終わってしまった。
「けど、元の世界では葵の方が上だった」
「何がどう影響したのかわからないけど、彩香が学年総合一位になったのは間違いないわ」
「い――一位? そうか……お前がこの間言ってた『あの事』ってそのことか」
「そう。だから一気にこちら側の勢力を拡大できるかなって思ったの。同時に葵の影響力が増すのを抑えることができる――けど、貴方の言う通り危険そうだからやめておくわ」
「そうだな……葵をどうフォローするか……いや、あいつはフォローされる方がプライドに傷がつくと考えるだろうし……」
「さてと、そろそろ戻すわよ」
天音がそう言うと、急に喧騒が戻ってきた――時が動き出したのだ。
「じゃ、私は一人でも多くお友達がほしいだけだから」
天音は葵と透に手をヒラヒラさせて教室に戻って行った。
「……ああいう人間の考えって本当浅ましくて理解できないわ」
葵は心底嫌っているような表情で言った。
「俺は葵がもしマネージャーをやってくれていたら嬉しいけどな~、なんて」
「はあ?」
今度は透に対して「なに寝言抜かしてるの?」という表情で言った。
「ウソウソ! 冗談だよ」
「馬鹿じゃないの? なんで私がマネージャーなんて雑用……」
葵はそんなことを毒づきながら教室に戻って行った。
「……」
それにしても、と思った。時間を止めたり動かしたり――世界すら創造してしまう能力があるのだから、時を操作することができても不思議ではないのかもしれない。
今さらながら天音が本当に天の使いだということを改めて認識した。
(まあ、天の使いというよりもはや神の領域のような気もするが……)
果たして神様クラスになるとどんな風になるのだろうか、と透はしみじみ思った。
◇ ◇ ◇
「というわけで、待望の新たなマネージャーが我が部に加わりました」
放課後、部活の始まりで部長が興奮交じりにマネージャーとして入部した彩香たちを紹介した。
「早くマネージャーのお仕事に慣れるように頑張りたいと思っています。よろしくお願いします」
彩香たちの挨拶が終わるごとに主に男子部員たちから歓声が上がった。
「俺は今、猛烈に感動している!」
「マネージャーさんは足りていなかったから本当に嬉しいよ」
男子部員がはしゃぐのも無理はないと思った。マネージャー自体が少なかった上に彩香のような美人が入ってくれるなんて、部員が入るよりも嬉しいことだった。
「おい透、葛城院さんって、新入生代表のあの子だろ?」
透と同じ学年で他のクラスの部員が透に言った。
「ああ、そうだよ」
「めちゃくちゃ美人だよな。英さんといい勝負だ」
「……」
「お前が勧誘したの?」
「いや――主に健一が」
その後も透は先輩たちにも声をかけられていた。透と健一の株は急上昇していた。
(そして俺の株が急上昇するのと反比例するかのように葵との関係は悪化するんだろうな……)
まあでも、今日は葵が公平を連れてどこかに行っていたので、彼らが一緒の部になるよりかはマシか、と思った。
(……もし元の世界の葵だったら、きっと彩香たちに一から丁寧にマネージャーの仕事を教えたりしていたんだろうな)
先輩のマネージャーに着いていく彩香たちを見ながら透は思った。
(けど、作戦を中止したのに天音はこんなことやってる場合なんだろうか)
それでも天音は天音で楽しんでいるように見えた。葵に対する作戦も多少は立てやすくなるからまあいいか、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます