第二話 ハイキング

 オリエンテーション合宿二日目。

 今日は近くの山にハイキングに行くことになっていた。いい天気で青空の広がるハイキング日和だ。


(と言っても、俺はこんなんだからハイキングっていうか……)


 あと、健一に聞いた話ではどうやら昨日の夜はやはり野口たちの班を含めて男子たちが彩香の部屋に遊びに行ったらしかった。野口の班には公平もいたのでよりによってハイエナ一号二号揃っての出陣となったようだ。


(なんだかんだいって高崎も行ってるじゃねえか。どうせ『野口に連れてこられて~』みたいなことを言ったんだろうな)


 果たしてどれだけ彩香と親しくなったのだろうかと心の中でモヤモヤとした。

 いつもとは違う場所、時間である。妙なテンションで急に距離が縮まったりするのかもしれない――

 そんなことを考えているうちに出発となった。


「おはよう、草薙くん」

「おはよう――」


 何故か彩香と圭がこちらにやってきた。


「今日は私たちも草薙くんに付き添うことにしたから」

「えっ?」

「そう。学級委員としてね」


 男の声がした。振り返ると公平がいた。


(つーか高崎、お前はいらん)


「私は草薙くんにはお世話になったからね」


 圭も付け足すように言った。


「モテモテじゃないか、草薙」


 付き添いの先生にも言われる――まあ、悪い気はしない。というか嬉しい。


「感動に打ち震えて目から汗が出そうです、先生」


 透たちは最後に出発した。みんな透のペースに着いてきてくれている。


「足はまだ結構痛むの?」


 彩香が変わらず心配そうに訊いてくれた。


「地面に足をつけるとちょっとね。まあでも松葉杖にはだいぶ慣れてきたんだ」

「早く良くなるといいわね」


(僕としてはもうしばらくこのままがいいです)


 彩香と一緒にいられる時間が多くなるのは本当に嬉しかった。

 透たちは山の中に入るとみんなとは違い、ハイキングコースではなく舗装された林道を通った。


「草薙くん、疲れてない?」

「大丈夫。ありがとう」


(ああ――本当に最高だなあ葛城院さんは。優しくて、気遣ってくれて――天使以外何物でもないよ)


 彩香、圭、公平といったバドミントン部の三人が揃っているので自然とバドミントンの話になっていたが、そんな中でも時折彩香は自分に対して気遣ってくれる。

 それができる彩香は本当にできた子だなと透はしみじみと感じた。


(つーか高崎よ、さっきからバドミントンの話ばかりしてるが、そもそもお前は俺に付き添おうってことじゃなくて、葛城院さんと一緒にいられるからいるんじゃないのか?)


 思わず透はそんな邪推をしてしまった。とはいえ、彩香と同じ学級委員だし、道理にかなっている。


(……ま、それでもいいか。葛城院さんと一緒にいられるのは俺も一緒だし)


 やがて景色の眺めることのできる広場に到着し、ここで昼食のカレー作りとなった。いわゆる飯盒はんごう炊爨すいさんである。


「定番といえば定番だな」


 透は受け取った野菜の袋を見て言った。

 男子は主に炭などの下準備にまわっていたが、透は怪我のため、女子に混じって野菜の下準備などを行った。


「草薙くんも料理はするの?」


 隣の彩香が話しかける――本当、怪我してよかった。


「両親が共働きだからある程度はね――ああ、やっぱり二人とも手馴れているね。さすが」


 透は彩香と圭が手際よく野菜の皮をむいたり、切ったりしているのを見て言った。


(いいなあ……料理をしている女子って)


 思わず彩香に見とれてしまった。普段の長い髪はポニーテールでまとめてあり、それはそれでまた良かった。


(けど、そういえば葵も料理が上手だったよな)


 透はふと葵のことを思い出した。中学のときの調理実習なんかを思い出していた。


(確かに忘れかけてたけど、お金持ちのお嬢様なのに色々できて家庭的な雰囲気……)


 そんなことを考えているとカレーが完成し、昼食の時間となった。


「うむ、自然の中で食べるカレーは美味い」

「お前はいいよなー、ずっと葛城院さんと一緒だったんだろ?」


 健一が羨ましそうに言った。


「ああ。間近で見る彼女のポニテ姿は最高だったぜ」


 もし彩香と付き合うことができて、あんな風に料理を作ってくれたらさぞかし幸せだろうと思った。


(だがそれはかなり段階を踏んだ後の話だ。さらに距離を縮めるにはもうワンプッシュほしいところだ)


 透は彩香たちと一緒に準備して作ったカレーを口にしながら、心の中で思った。

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