第六話 運命の日

 そして迎えたある種運命の日――恐らく今日が大きな転機となる日なのだろう。

 透は昨日の夜から少し緊張していた。今日は、「前回」圭が怪我した日だった。


(もしかしたら色々微妙に変わって起こらないかもしれない。けど、その場合はまたプランBを実行するまでだ)


 注意しなければならないのは、公平よりも早く圭が転倒してしまう現場に行かなければならないことだった。そのシミュレーションは「前回」の記憶を思い出しつつ、昨夜から何度も行っていた。

 そして放課後、いつも通りに健一と部室に向かう。


「あ、俺ちょっと忘れ物したわ。取りに行ってくる」


 透は「前回」とほぼ同じタイミングで言って教室に戻り始めた。

 心臓の鼓動が速くなっている。公平に先を越される可能性や、事故が起こっていない可能性。


(きた――)


 階段の踊り場で倒れている圭がいた。

 はやる気持ちを抑えつつ、とにかくなるべく「前回」と同じタイミングを忠実に再現しようとした。


「おい、大丈夫か?」

「あ――草薙くん」


 透はすぐに圭に手を貸してやり、立たせた。そして床に落ちた圭のカバンや荷物などを拾ってあげた。


「ありがと――」

「どうした? 転んだのか?」

「うん、ちょっと忘れ物取りに行ってたらさ――アハハ」


 圭はやっちゃった、という表情で言った。


「とりあえず保健室行こう」

「あ、大丈夫だよ。ヘーキ」

「いや、足くじいているんだろ? 念のため行っておこうぜ。俺の部活でも後から痛むパターンとか結構あるからさ」


 透は圭のカバンなどを持ったまま言った。


「ありがと。草薙くんって優しいね」


 圭は微笑んで言った。


「そう、女の子には優しいんだ」


 透は冗談めかして言うと、圭に付き添って保健室に行った。念のため病院で診てもらうように言われたらしく、彼女は素直に従った。


(よし……成功だ!)


 これで「前回」立て逃したフラグは完成する――あとは果報は寝て待て、だ。



 ◇ ◇ ◇



 翌日、透が教室に入ると彩香が席を立ってやってきた。


「草薙くん、昨日は本当にありがとう」

「えっ?」


 透はわざと気が付かないふりをしつつも、心の中では「キタ!」とガッツポーズをしていた。


「昨日、圭ちゃんを保健室まで付き添ってくれたんでしょう?」

「ああ――えっと、あいつ、大丈夫だったのか? 病院に行ったみたいだけど」

「ええ。あまり大きな怪我じゃなかったみたいだけど、診てもらって良かったって、草薙くんにとっても感謝していたわ」

「そうか。それならよかった」


 透は肩をすくめて言うと、席に着いてカバンを置いた。


「……草薙くん、優しいのね」


 彩香は微笑みながら透を見て言った。


「当然のことをしたまでだよ。たまたま忘れ物取りに戻ったら御坂が倒れていたところだったから」

「何だよ、何かあったのか?」


 健一が話に加わってきた。


「ええ、昨日草薙くんが――」


 彩香が昨日の話をしているのを聞きつつ、大成功だと確信した。

 その後やってきた圭からも改めてお礼を言われ、上手くいったと思った。

 それに、透の気が付かないところでもう下地は出来上がっていた。彩香の瞳に映る透はクラスメートの男子の一人から、優しくて一緒に話していると楽しい男子に変化していたのだ。

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