第六話 転落
翌日の放課後、透は部活で更衣室に行ったところで教室に忘れ物をしたことに気付き、取りに戻ろうとしていた。
すると階段の踊り場のところで女子が転んだのか、床に倒れて身を起こしていた。
「大丈夫か?」
透はなんとなくその子の持っていたカバンなどを拾ってあげた。
「あ、ありがと――あ、草薙くん」
「ああ――
御坂
「足大丈夫か?」
透はカバンを渡しながら言った。
「うん、ヘーキヘーキ。ありがと」
「そうか」
そう言って透は再び教室に向かった。
(もし葛城院さんだったら一緒に保健室まで連れて行ったけどな――)
それにすぐに立ち上がったし、大丈夫そうだったのであまり気にしていなかった。
◇ ◇ ◇
しかし、それが最大の過ちであったことがわかったのは翌朝のことだった。
「本当にありがとう、昨日は」
透が教室に入ると例によって公平が彩香の席にいたが、彩香がしきりに公平に感謝していた。
「圭ちゃん、早めに病院に行ったから大丈夫だったみたい」
「それは良かった」
(あれ? その話って――)
「それって、御坂が怪我した話か?」
思わず透は会話に入った。
「うん。高崎くんが圭ちゃんを保健室まで付き添ってくれたの」
「……っ!」
「なんか足を少し痛そうに歩いているのを見たから」
それは俺が――思わず透は口に出そうになった。違う――俺は単にカバンを拾ってやっただけだ。それに、大丈夫そうだったし――
「あ、そういえば御坂さんが行った病院って、英さんのところの病院なんだよね」
公平が透に言った。
「そ、そうなのか」
「草薙くんって英さんと仲良しよね。一緒に学校に来てるし。前からなの?」
「あ、ああ……その――まあ中学のときから」
「いいわね、そういうのって」
彩香は微笑んで言ったが、透はその微笑みが胸に刺さった。
◇ ◇ ◇
――釣り逃した獲物は大きすぎた。そして俺は自分でみすみすとチャンスを取り逃がしてしまった。
透にはもはや彩香を振り向かせようという気力すら残っていなかった。
(しかも、よりによって――)
彩香に自分と葵がお似合いみたいな感じで言われたことが特にきいていた。もう、望みは無いに等しかった。
「透くん、だいじょうぶ? また何かあったの?」
部活からの帰り、葵は透の表情を見て心配そうに言った。――その気遣い一つ一つがいちいち気に障る。
「もう、全てダメになった」
「えっ?」
「もう、諦めろよ。どう見たって葛城院さんはもう高崎と――」
健一がなだめるように言うと、
「そうじゃねえ――よりによって葛城院さんに、俺と葵がいい雰囲気だねみたいなことを言われて――そんな誤解をされていたなんて――」
透は頭を抱えていた。
「クソ――健一だって一緒に学校に来たりしているのになんで俺が――」
「ご、ごめんね――」
葵が申し訳なさそうに謝った。
「お前に謝られても何の意味もない」
「……」
葵は悲しそうに俯いたが、透にとってはどうでもよかった。が、いきなり健一に胸ぐらをつかまれた。
「何するんだ――」
「葵に、謝れ」
「何だって?」
「言っていいことと、悪いこと、あるだろ」
健一はこれまでに見たことのないような鋭い目つきで透を睨みつけて言った。
「や、やめて健一くん――私、気にしてないから――」
葵は慌てて健一に言った。
「いや、今まで何となく受け流してたけど、いくらなんでも葵に対してひどすぎる。お前は何様のつもりなんだよ」
「離せよ!」
しかし腕力では健一にかなわないことは知っていた。
「本当お前、クズ過ぎねえか? いくら葛城院さんが可愛いからって、その度に葵のことを
「うるさいな――離せ!」
すると健一は突き放すように透を離した。
「行こう。葵、もうこんなヤツ相手にするな」
「でも――」
健一は葵の腕をつかんで行ってしまった。
「…………」
透はしばらく地面に座り込んだまま呆然としていた。
◇ ◇ ◇
(クソッ――クソッたれ!!)
透は荒れていた。何もかもが悪くなる一方だった。
確かに葵に対しては少し言い過ぎたかなとは思ったが、あそこまでアイツに言われる筋合いがあっただろうか――
「………………」
ベッドの上でふてくされながら明日からどうするか考えた。
「……」
が、何もいいことは思い浮かばなかった。どうしてこうなった――
(そもそもは高崎の奴が人の手柄を横取り――いや、正確にはそうじゃないが、それに近いことをやりやがって)
透はひたすら周りの人間に対して毒づいていた。
(あーあ、もう一度やり直せるのならきっと上手くできるのに……)
全てをわかっていれば今度こそ彩香と仲良くなれる自信はあったし、付き合えるかもしれないと思った。
そして圭が怪我した時もないがしろにしないで――
(時間さえ戻ってくれれば……)
◇ ◇ ◇
起きたら入学式の朝だった――なんて都合のいいことは起こらなかった。
スマートフォンの画面を見るが、健一や葵からは何のメッセージも来ていない。
葵と会うのも気まずいので透は今日も早くに家を出ていた。
学校に到着して教室に入ると、今日はまだ公平は来ていないようだった。
「おはよう」
彩香が挨拶をしてくれたが、もはや嬉しいとは感じなかった。
「おはよう……」
透は半ば憂鬱な気分で席に着いた。やがて健一と葵がやってきたが、健一は絶対に自分の方を見なかったし、葵も一瞬自分の方を申し訳なさそうに見ただけだった。
「……」
ただでさえ彩香が公平と仲良くなっていることで凹んでいたのに、更に健一と仲違いしたことで気が重くなった。
(時間さえ戻せれば、全て上手くいくのにな……)
透はため息をついた。
結局今日は健一と話すこともなかったし、葵も自分を何となく気にかけているような感じはしていたものの、一緒に帰ることもなかった。
◇ ◇ ◇
新入生のオリエンテーション合宿が迫っていたが、もはや透にとってはちっとも楽しみではなくなっていた。
(ああ、本当に憂鬱だ)
またも公平が彩香のところに来ては圭も交えて楽しそうに話している。オリエンテーションの合宿のことについてだった。
(オリエンテーションなんか研修だのなんだのって別に大したイベントじゃねえだろ)
ひたすら心の中で毒づく自分に嫌気すら差してきた。
今日も部活に向かうが、健一とは別々に向かったし、葵はまた家のことで用事があるのか先に帰っていた。
(……なんで俺ばっかり)
半ば荒んだ状態のままいつも通り練習を行う。
(……)
健一に胸ぐらをつかまれた時のことが頭から離れない。――そんなに本気で怒ることか? 冗談のつもりだったのに。
「――!?」
気が付くと目の前に別の生徒がいて思わず透は声を上げたが間に合わなかった。
「ぐわっ!」
思い切りぶつかり、透は見事に転んでしまった。
「痛ってえ!」
膝を擦りむいただけでなく、右足首もひねってしまった。透が呻いているとやがて他の部員たちもやってきた。
何とか手を貸してもらい応急処置をしてもらったが、右足首に痛みが走った。
「いてて」
何とか歩くことはできたが、とても走れそうにない。
「病院で診てもらいなさい」
顧問の先生に言われて透は病院に行くことにした。
そして、こんな時でも健一とは顔を合わせなかった。やはりまだ怒っているらしい。透としても却ってその方がせいせいした。自分から折れるのは気に入らない。
ただ、もしあの時葵がいたら真っ先に駆けつけてくれただろうと思った。
(……痛い)
歩けば歩くほど痛みが増してきていた。腫れているかもしれない――
やがて透は病院にやってきた。
やはり右足は腫れてきており自力で歩くのは困難で、松葉杖を使う羽目になってしまった。
当然しばらく部活には参加はできない。オリエンテーションの合宿も数日後にあるというのに――
(……なんだよ、これ)
踏んだり蹴ったりとはこのことか。いや、因果応報ってやつなのかもしれない――けど自分だけが悪いわけじゃない。運が良くなかったんだ。
透は沈んだ気持ちで家に帰ってきた。そして思わずベッドに倒れ込む。
やがて公平と彩香は本当に付き合うようになり、二人で一緒に下校する姿も見かけるようになる。
健一や葵の二人と和解することもなく自分はひっそりと高校生活を過ごす――
(――って、そんな最悪の未来は絶対に嫌だ!)
俺の青春がこんな形で終わっていいはずがない――透はさっきのような惨めすぎる未来は想像したくなかった。
(そして俺はそのうち落ちこぼれになって引きこもりに……)
明日学校に行くのが嫌になってきた。
透はスマートフォンを取り出した。結局彩香と連絡先なども交換することすらできなかったし、健一や葵からも全く音沙汰はない。
(ああ、俺はどこで道を間違えたんだろう……)
今さらながらに透は後悔していた。
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