第一章 学園祭

第一話 転入生(天使)

 九月一日――二学期が始まった。


「おはよう、透くん」


 いつもの場所で、葵が待っていた。


「おはよ。まだ暑いな」

「そうだね」


 二人は駅に向かって歩き始めた。


「何とか課題も終わったし、助かった。葵のおかげだよ」

「どういたしまして」


 葵は微笑んで言った。本当彼女にはお世話になりっぱなしで、いつかお返しをしたいと透は思っていた。

 学校の最寄り駅で健一と合流し、いつも通りに学校へ向かった。

 教室へ入ると、久しぶりに彩香を見た。そして、公平が一緒にいる。


「おはよう、草薙くん」


 彩香が透に気が付いて挨拶した。


「おはよ。久しぶり」

「すごく焼けたわね」


 彩香は透の肌を見て言った。


「まあ、外だからね。バド部は室内だから羨ましいな」

「まあね。暑いのには変わらないけど」


 公平も笑って言った。


(……)


 透は二人を見て、本当に美男美女の組み合わせだ、と思った。今もこうして二人で仲良くしゃべっているということは、ひょっとしたらもう付き合っているのかもしれない――

 すると、彩香と仲良しの御坂みさかけいがやってきた。ショートヘアーの明るい女の子である。


「あ、草薙くんもおはー」

「おう、おはよう」

「ねえ、なんかさ、席が一つ増えているんだけどなんでだろ?」


 圭は窓側の自分の席の後ろを指して言った。机が一つ置いてあった。


「ああ、あれは多分夏休み中に補習授業で使ったとか言っていたから、片付け忘れじゃないかな」


 公平が言った。


「あ、そうなんだ」


 クラスのみんなが久しぶりの学校でワイワイとやっていると、やがて予鈴が鳴って担任がやってきた。すると――


「――?!」


 透は思わず顔を上げた。他の生徒たちも少しざわついている。


「はい、静かに静かにー。今日から二学期だ。その前に転入生を紹介する」


 担任の教師の隣には、誰が見てもすぐギャルとわかるような女の子――


雲英きら天音あまねといいます。よろしくお願いします」

「なん――」


 思わず透が声を上げてしまい、みんなの注目を浴びてしまった。


「――でもありません。すみません」


 透は慌てて言った。


「じゃ、とりあえず雲英は窓側の一番後ろの空いている席に座ってくれ」

「はあい」


 天音は間延びした感じの返事で席に向かった。目立つ格好をしている天音はみんなの注目を浴びていた。


(な、な、なんでアイツ――)


 雲英天音は普通の人間ではない。彼女はかつて別の世界線を創造し、透をそれぞれの世界線に飛ばした、天の使いだった。

 最初に飛ばされた世界線ではクラスメートとして在籍していたが、元の現実の世界で天音が学校に姿を現すのは初めてだった。


(どうしてここに――)


「どうかしたの?」


 彩香が透にそっと声をかけた。


「あ、いや――」


 そして早速始業式が始まるので、体育館へと移動することとなった。


(…………)


 天音は数人の女子に話しかけられていた。透は驚いたように彼女の方を見ながら始業式に向かった。


(天音……あの天音だよな?)


 始業式の間、ずっとそんなことを考えていた。



 ◇ ◇ ◇



 始業式が終わって教室に戻るタイミングで天音に声をかけた。


「おい――」

「あ、クサナギ。おひさ~」


 天音は手をヒラヒラとさせながら言った。


「……なんでここにお前がいるんだよ!」


 透はひそひそ声で話しながら言った。


「えーとほら、クサナギが言ったじゃん。『俺が困ったときに助けてくれ』って」


 それは前回の世界線にて透が天音と共にある事件を解決した後のことだった。協力してくれた〝報酬〟として、願い事を一つ叶えてあげると彼女が言った際にそう答えたのだ。


「まあ……そういえばそう言ったような」

「だから、いつ困るかもわからないし? それならとりあえず私もしばらくここにいようかなって」

「なんだかんだ言ってお前、人間の青春を楽しみたいんだろ」

「アハハ、それもあるかもしれないけど」

「まあでももう慣れたし。ただ、パラレルワールドじゃなくてここの現実の世界にいるのがちょっと新鮮だと思ってさ」

「確かにね。まあ、一応創造した世界線もゲンジツなんだけどね」


 すると天音は前の方を歩く彩香と圭を見て、


「〝元カノ〟は幸せになれるかな?」

「だから元カノっていうのやめれ――ある意味では現在進行形の彼女でもあるんだろ?」

「まぁ、のクサナギがいるしねぇ」


 とは、彩香と結ばれた世界線にて、透が元の世界に戻った後にも天音が透の存在を創造していた。

 同じように〝女王様〟の葵の世界線でも透が存在している。


「彩香とも、〝女王様〟の葵とも、超ラブラブだよ。安心した?」

「見てきたのか?」

「クサナギの記憶に問題がないかしばらくはね。でも問題なかったわ。彩香は相変わらずクサナギに一途だし、葵はクサナギと二人きりのときは〝デレ〟ばかりだから」

「そ、そうか……我ながら羨ましいな」

「で、クサナギはこの世界では誰が本命なの? ――って訊くまでもないか」

「言ってもないけどな」

「あれ? 『俺は葵に逢いたいんだ!』って叫んだのは誰だっけ?」

「お前な――いや、別に……まだそういうわけでは」

「へえ? 悩んでいるんだ? それとも、葛城院彩香の存在がまだ気になる?」


 透は天音の方を見た。


「まあ、そりゃ気になるよね。けど、彼女の追っかけはもうやめたんでしょう?」

「……俺より似合ってる奴がいるしな」

「ふうん」


 天音は意味ありげに微笑んでいた。


「なんだよ?」

「う~ん、これぞ、人間の青春ってね」

「ほっとけ」

「この後は席替えね。天使との知り合いのよしみでご希望の席にしてあげるけど? もちろん『お願い』にはカウントしないで」

「なんだよ、サービス精神旺盛だな。じゃあそうだな……」

「彩香か、葵か、それとも両方か」

「なんでそんな話になるんだよ! それに、今さら彩香の近くになったからって別にもう……」

「なんだ、やっぱり未練があるんじゃない」

「違う違う――席はいいよ、別に。今回は純粋に『神のみぞ知る』ってやつだ」

「ほう、それはそれは。潔いではないか」

「潔いっていうか、ここはパラレルワールドじゃないし、なるようになれ、だ」



 ◇ ◇ ◇



 なるようになれ――俺はそう言ったはずだ。


「また近くになったわね。よろしくね」


 席替えを済ませたところで隣にやってきた彩香が微笑んで言った。

 席替えのくじを引いた結果、透は窓側の後ろから二番目、隣には彩香、透の後ろには天音がそのままいた。


「よ、よろしく……」


 透は彩香にそう言ってから後ろを振り返って天音を見る。


「何もしてないってば。いやほんと」


 天音は両手を振りながら「ちがうちがう」のポーズをしていた。


「あ、透くんだ」


 すると透の前にやってきたのは葵だった。


「お、葵か。よろしくな」

「うん、よろしくね」


 休み時間になると、圭が彩香のところにやってきた。そして天音に話しかける。


「ねえ、この時期に転入ってお引越しとか?」

「うん、まあ、そんなところかな」


 天音はあいまいに答えていた。

 そして、健一が透の席にやってきた。


「お前ら窓側で羨ましいな。オレなんて教壇の目の前だぞ」


 健一が自分の席を指しながら言った。


「普段の行いだな、うん」

「くそ……それよりお前、葛城院さんとまた近くっていうか隣じゃねーか!」


 健一が声をひそめて言った。


「まあ……そうだな」

「なんだよ、何か魔法でも使ったのかよ」

「いや、今回は何も使っていない……はずなんだが」

「『今回は』?」

「あーいや、葵とも近くの席になれたし、勉強は色々助かりそうだ」


 透はごまかすように言った。



 ◇ ◇ ◇



「さあてと、部活だ」


 放課後になると透はカバンに教科書などを詰め込んだ。すると彩香の席に公平がやってきて、彩香や圭と一緒に部活に向かっていた。


「……」

「ウーン、まだ付き合っているのかわからないねえ」


 天音は公平たちの後姿を見ながら言った。


「別に俺は……葵、行こうぜ」

「うん」


 透と葵は席を立って健一と一緒に部活に行くことにした。


「透くん、雲英さんともうお友達になったの?」

「いや……席が後ろだからなんとなく」

「でもよ、お前始業式から戻ってくる途中にもあいつとしゃべっていなかったか?」


 健一も言った。


「ああ――まあちょっと」

「何か怪しいな。お前、葛城院さんみたいな清楚系がタイプじゃなかったのかよ?」

「だからタイプとかそういうんじゃねえから」

「透くん、清楚系がタイプなんだ……」


 葵がつぶやくように言った。


「だからそうじゃなくって」


 まあ、確かにそうなんだけどな――透は葵たちに言いながら心の中で思った。



 ◇ ◇ ◇



 部活が終わって駅前で健一と別れた後、葵が透に訊いた。


「ねえ透くん、明日放課後空いてる?」

「え? ああ。特に予定はないけど」

「なら明日私の家で映画を観ない?」


 明日は土曜の登校日なので午前中までだった。


「おっ、いいのか? じゃあ明日お前の家行っていいか?」

「うん」


 葵の家で映画を観るのは二回目だが、また彼女一緒にと観られるのを透は楽しみにしていた。

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