第二話 上映会
「クサナギ、私もこっちの世界の葵ちゃんと仲良くなりたい」
翌日、天音がこんなことを透に言い出した。
「なんだよ、急に」
「ほら、やっぱり〝原点〟の葵だし」
「……まあ、確かに」
思えばこれまでのパラレルワールドの根本的な原因ともいえる葵は、天音にとっても気になる存在なのかもしれない。
「そうだな。今日葵の家で上映会――映画を観ることになっているんだが、それでもいいか?」
「うんうん」
休み時間、透は葵に天音のことを話した。
「雲英さんも『最果てのアクアリウム』読んでるの?」
「ウン、めっちゃ面白いよね! ただ私、映画観たことなくてさ~」
天音はどこから得た知識なのか、作品について葵に色々話していた。すると天音のようなタイプは苦手意識のあった葵もすっかり打ち解けて、
「ぜひうちに来て。一緒に観よう」
「やったあ。ありがと~」
放課後になると三人は学校を出て、電車で移動した。葵の家に行く前に、駅前のファミレスで昼食にすることにした。
「雲英さんはどこに住んでいるの?」
「希望ヶ丘。私のことは『アマネ』でいいよ。私も『葵ちゃん』って呼びたい」
「じゃあ天音ちゃん、よろしくね」
「ねえ、連絡先交換しない?」
「うん、いいよ」
店を出て葵の家に向かう。そして家の前に到着すると天音が門の前で驚いていた。
「え――何? ここなの? 葵ちゃんの家」
「うん」
葵は通用口のドアを開けた。
「――葵ちゃんって、お嬢様なの?」
代わりに透が答えた。
「葵は英病院――さっきの駅の近くにある大病院の院長のご令嬢なんだ」
「ご令嬢なんて、そんなんじゃないってば」
葵は恥ずかしそうに言った。
「すごすぎ……ホンモノのお嬢様って初めて見た」
「……」
透は天音も自分も役者だな、と心の中で思った。前回訪れた、葵が女王様の世界線のときにも葵の家のことはよく知っていた。
そして家の中に入り、透たちはシアタールームに案内された。
「す――すげえ……!」
元の世界ではこの部屋に入るのは初めてだったので、透は圧倒されたふりをした。
「ちょっと待っててね。飲み物とか持ってくるから」
葵は空調を入れるとそう言って部屋を出ていった。天音は部屋を見回している。
「すごいね~葵ちゃん、本当にお嬢様だよね~」
「俺も『前回』葵と映画を観た時は圧倒されたからな」
すると葵が飲み物を持ってきて戻ってきた。
「おまたせ」
葵がブルーレイをセットし、照明を薄暗くして映画が始まった。
透にとっては二回目の視聴だったが、葵と観られるし、まあいいかなと思った。
第一部の後に休憩をはさんで第二部を観終えたころにはもう夜になっていたので夕食もそこでとっていた。
「はあ~面白かった」
天音は伸びをしながら言った。
「さすがに映画二本は結構なボリュームだったな」
「そうだね。私もちょっと疲れちゃった」
葵が笑って言った。そしてしばらく映画の感想などをしゃべったりしていたが、そろそろ夜も遅いので解散することにした。
「今日は本当にありがとうね」
天音は葵にお礼を言った。
「ううん、私も一緒に観られて楽しかった」
「ウン。じゃあね」
透と天音は葵の家を出た。透は時計を見て、
「もうすっかり夜になっちまった。一本三時間ぐらいあるから当然か」
「そうねえ。女の子一人で帰るのは危険よねえ」
「あのな……ま、駅までは送っていくけどよ」
「さすが透くん、優しい」
「わざとらしい演技やめれ」
二人は駅の方に歩き始めた。
「ところで、席替えの件は本当に〝介入〟していなかったのか?」
「アハハ、本当だよ~。マジで。だから私も驚いちゃった。こうも意図的な雰囲気を感じると、〝神の手〟ってこわいね~」
「……」
透は天音を見ていた。
「なあに?」
「神様ってお前の上司なの?」
透の率直な質問に天音は思わず笑った。
「直球だねえ」
「何となく。お前は『天の使い』とやらなんだろ? けどさ、お前自身の能力が神様レベルっていうか……」
「んーそうねえ。そこはキギョーヒミツってやつかなあ?」
「そうかい。まぁあくまでも偶然だったというのは信じるよ。けどまさかあの時と同じように彩香の隣になるとは……」
「偶然こそ、神が道を示していると思わない?」
「どういう意味だ?」
「多分、分岐点なんだと思う。クサナギにとって、彩香か、葵か」
「……またそれか。そりゃ、俺は確かに彩香のことも気にはなっているけどさ」
「やっぱり彩香は高崎公平と一緒になるのが理にかなっている、って?」
天音は透の考えを見透かしたかのように言った。
「高崎はいいやつだからな。俺はなんていうか……彩香に夢中になるばかり、周りが見えていなかった」
透は葵のことをないがしろにしていた時のことを思い返した。
「確かに多少の過ちはあったかもしれないけど、人間は完璧じゃないわ。ま、それに気付けたのはクサナギが成長したってことなのかな?」
「まあでもそれはある意味タイムリープ――いや、パラレルワールドに飛ばされた――飛ばしてくれたおかげかもしれない」
「……」
「とにかく俺は、彩香が幸せになるのならそれが一番だと思ってる」
「カッコいいじゃん」
天音はニヤリとして肘で透をつついた。
「まあ……高崎となら……多分……」
そうこうしているうちに駅に到着した。
「送ってくれてありがと。じゃあね」
「ああ」
天音は改札口の方へ向かっていった。
「……」
天音のことを見送ってから、透は来た道を引き返して自分の家に帰った。
◇ ◇ ◇
休み明け、教室に入ると例によって彩香の席に公平がいて、圭もいた。
「おはよう」
彩香は透と葵に気が付いて挨拶した。
「おはよう」
こちらも席に着いてやがて健一や葵と三人で話し始める。話しながら、やっぱり透は彩香と公平のことが気になっていた。
(まだ付き合っていない……のか? 俺と彩香は夏休みの時に付き合い始めたけど)
親しげに公平と話す彩香――こうした光景を見せつけられるとクラスの男子たちはもう諦めざるをえないだろうと思った。
(けど、本当に噂でしかなかったのかな。絶対付き合ってる彼女がいると思ったんだけど)
過去に公平と噂になっていた女子は何人もいた。二人だけで帰っているのも見たことがあった。女子に人気のある公平だから、たくさんの告白を受けていたには違いなかった。
(……俺もそんな人生だったら――いや、そうとも限らないか)
彩香と結ばれた世界線では彼女が幾多もの告白を受けてきただろうと感じた。自分が相手を好きになる前に他の誰かが自分を好きになって――それの繰り返しで結局恋愛ができなくなるというのも、なんだか可哀想な気がした。
やがて予鈴が鳴って公平も健一も席に戻った。
「……アイツ、また遅刻か?」
透は天音の席の方を向いて言った。
「『また』?」
彩香が訊き返した。
「あ、いや――」
やがて担任が入ってきたと思ったら数秒後に天音が滑り込んできた。
「セーフ~」
天音はみんなの注目を浴びながら席に着いた。
「雲英、もう少し余裕を持って登校しろよ」
「は~い」
天音はカバンを机の上に置いて席に着いた。
「相変わらずだな。もっと近くの家に引っ越せばいいんじゃないのか?」
「うーん、そうだねえ」
そう言いながら天音は手鏡を見て髪を直していた。
◇ ◇ ◇
ホームルームが終わり、一時間目の化学の授業の教室に向かう。
「葵ちゃん、一昨日は楽しかった。ありがとね~」
天音が葵の元にやってきて言った。
「いいえ、こちらこそ」
透は二人が仲良く話している光景を見て、基本的に天音は誰とでも仲良くなることのできるタイプなんだな、と思った。
別の世界線では彩香とも仲良くなったし、何となくあか抜けた感じがしていて透自身も話しやすいと思っていた。
「葵ちゃん」
化学の教室に向かう途中、葵が別のクラスの女子に話かけられていた。
「――!」
透は一瞬足を止めてしまった。葵に話しかけた子は
向こうの世界線における彼女は葵に心酔するあまり、葵の邪魔になる存在と判断した彩香を陥れるための恐ろしい計画を立てていたのだった。
「……」
「大丈夫よ、クサナギ」
天音が透の肩に手を置いて言った。
「そう……だよな」
「この世界の葵の人格が彼女の人格を正常にしているわ」
「……」
「おいおい、何の話?」
健一がわからないように言った。
「なんでも。早く行こうぜ」
透はそう言って化学室に向かった。
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