最終話 私の一番大切な人

 期末試験が終わって一学期も残り二週間となったが、圭たち〝彩香派〟は「カンニング疑惑事件」以降、〝葵派〟の女子たちとはより一層に険悪なムードになっていた。

 しかし彩香本人はこれ以上事態が悪くならないように圭に言っていたし、葵も相手を挑発するような言動はなく、あくまでも本人たちの周りのグループ同士の対立という感じだった。


「まるで代理戦争ね」


 天音がつぶやくように言った。


「けど、その脇にいる甲が邪悪すぎる」


 透はいつも通り大人しそうに文庫本を読んでいる麻美を遠目に見て言った。

 放課後になると透は健一と共に部活に向かった。


「それにしても……ウチのクラス、どうしてこうなっちまったんだろうな」


 更衣室に向かう途中、健一が言った。


「……」

「確かに英さんみたいな存在は葛城院さんたちのような外部生にとっては苦手なのかもしれないけど」

「けど、彩香はそんな風には思ってない――というか、今はもう御坂たちと葵の取り巻きの対立って感じだ」

「だな……けど、御坂もあんな嫌がらせをされるなんてな」


 二人はグラウンドへ出た。相変わらず彩香は部員たちに人気だった。

 そして透が走り込みの練習をしている最中に天音が駆けてきた。


「どうした?」

「彩香が戻ってこない」

「なんだって?」

「さっき、先輩と一緒にストップウォッチを取りに行ったんだけど、先輩しか戻ってこなくて。先輩は彩香が途中でクラスの誰かからメッセージで呼ばれていたって話で――」

「……」


 透は天音と一緒に校舎に向かって駆け出した。


「不覚だった――私がいながら――」

「いや、まさか部活中にいなくなるだなんて俺だって思わない!」


 自分たちを見る部員を横目に二人は校舎の中に入った。


「電話は?」


 透は走りながら天音に訊いた。


「話し中だわ」

「クソッ!」


 まずは教室に行ってみたものの、誰もいなかった。


「今日は管弦楽部も部活だ。そっちに行ってみよう!」


 すぐさま教室を出ていった。



 ◇ ◇ ◇



「麻美ちゃん?」


 彩香は麻美から渡したい物があるというメッセージがあり、管弦楽部の練習部屋の更に上にある楽器置き場の部屋にやってきた。

 中に入ると、机の上に腰かけた麻美がいた。


「来てくれてありがとう、葛城院さん」


 麻美が微笑むと、彩香は後ろから誰かに押さえつけられた。


「キャッ――なにするの?!」


 彩香を床に押し倒したのは実花たちだった。すると、麻美が話し始めた。


「面倒だから単刀直入に言うね。葛城院さん、あなたが邪魔なの」

「ま、麻美ちゃん?」

「あなたがいるおかげで葵ちゃんがとっても迷惑してる」


 彩香は麻美が突然何を言っているのか全くわからなかった。

 麻美は机から降りると葵の元取り巻きの一人に合図し、扉を閉めて外で見張らせた。そしてゆっくりと彩香に近付いた。


「この学校で誰よりも綺麗で、賢くて、素敵なのは葵ちゃんだけなのに、あなたという〝虫〟が紛れ込んだせいで周りのみんなが悪い影響を受けてるの」

「何を……言っているの?」

「ちょっと顔が可愛いからって、自分が葵ちゃんよりも上だって思ってる。あのね、この学校の誰も葵ちゃんより上なんてことは許されないの。あなたは周りの人間をたぶらかして、葵ちゃんの立場を危うくしてる。本当、許せない――」


 麻美は実花たちに合図すると、身体を床に押さえつけた。


「離して――!」

「あなたがこの学校に来てから馬鹿な男子や外部生の女たちがあなたの周りにすり寄ってきてる。挙句の果てには御坂さんみたいな馬鹿な女が葵ちゃんに反抗しようとグループまで作り始めたわ。本当、イライラする。よそ者のくせして」

「麻美ちゃん……」


 そして麻美は邪悪な笑みを浮かべると、ゆったりとした口調で話し始めた。


「あのね、今日はぁ撮影会をしようと思うの。葛城院さんの、とってもエッチでいやらしい撮影会。今後の葵ちゃんの障害にならないように、あなたが私の言うことをちゃんと聞くようにするためよ。もし少しでも葵ちゃんの邪魔になるようなことが起これば……うっかり学校のみんな――ううん、ひょっとしたらネットにばらまかれちゃうかもしれない」

「麻美ちゃん……お願い、やめて」


 彩香は震える声で言った。すると麻美はにっこりと微笑みながら、


「どうして? 身体で男を釣ってる下衆な女のくせに。もちろん顔も身体もみ~んな余すことなく素敵な写真撮ってあげるからね」


 そう言って麻美がスマートフォンを取り出すと、彩香は瞳に涙を浮かべて震え始めた。


「アハハッ、まだ何も始まってないのに。怖がり過ぎだよ、

「お願い――こんなこと――ねえ――」


 彩香は実花たちに訴えたが、顔を俯かせたままだった。


「じゃ、始めましょっか」


 麻美が彩香の制服に手をかけ、ブラウスのボタンが外された時、ドアの外で何やら言い合う声が聞こえた。すると、教室のドアが勢いよく開いた。入ってきたのは葵だった。


「葵――ちゃん」

「何を……やっているの?」


 葵は目の前の光景に愕然としていた。彩香が床に押さえつけられている――


「これは……どういうこと?」


 するとすぐに麻美が葵の前にやってきて、


「葵ちゃん、これはとっても重要なことなの」

「英さん――助けて」


 葵はハッとして彩香を見た。


「貴方が……やったの?」


 信じられないような目で麻美を見ながら言った。


「全部葵ちゃんのためなの――」


 麻美はすがるように言ったが、葵は実花たちを突き飛ばして彩香を解放した。


「どういうことか説明して頂戴!」

「……」


 麻美は動揺しながら葵に言った。


「違うの……だってこの子……葵ちゃんの邪魔だったから……」

「彼女に何をしようとしたの?」

「いいの――葵ちゃんは何も知らなくて」

「……」


 葵は着衣が乱れ、ブラウスのボタンを外されて胸元を押さえている彩香を見ると麻美に迫った。


「貴方のやろうとしたことは犯罪よ」

「だって……仕方ないじゃない」


 麻美は視線を背けながらつぶやくように言った。


「全部……葵ちゃんのためなんだから」


 そう言うと今度は実花たちに向かって、


「あなたたち、葛城院さんと葵ちゃんを押さえて――でないと、バラまくわよ」


 すると実花たちは葵の身体も後ろから動けないように捕まえた。


「ちょっと! 何するの?!」


 彩香と葵はそれぞれ二人がかりで押さえられてしまった。


「葵ちゃんのためにやってるって言っているのに……お願いだから葵ちゃんは黙ってそこで見てて。後できっとわかってくれるから」


 麻美は真顔で言った。


「……彼女に何をする気?」

「ちょっとした撮影会だよ。この女が絶対に葵ちゃんに歯向かうことができないようにするための、ね」


 麻美は再び邪悪な笑みを浮かべて葵に言った。


「それで男子たちにちょっとだけその動画と写真を見せてあげるの。きっと動物のように飛びついてくるわ」

「……」


 葵は麻美を信じられないような表情で見た。そして彩香は麻美の言葉に再び震え始めた。


「この女とヤリたい男子は山ほどいるでしょうね。とりあえず三、四人くらい一緒に集めて好き放題にさせてあげるの。男子なんて盛りのついた動物と一緒だからきっと面白い画が撮れるわ。たとえあなたが泣き叫ぼうがわめこうが、決して私は止めないわ。葵ちゃんに歯向かった罪深さを身体の隅々まで思い知ってもらうの」


 もはや麻美は狂気に満ちた表情で彩香に言った。


「優等生面で清楚ぶった女の子が実はビッチだったなんてね――あ、ひょっとして処女だったかしら?」


 麻美はクスッと嗤ってそう言うと、瞳に涙を浮かべて震える彩香のブラウスに手をかけながら「その表情、最高よ」と言った。


「やめろ!!」


 その時、透と天音が部屋に飛び込んできた。

 透は麻美を突き飛ばして彩香を実花たちから解放した。葵の方は天音が押さえていた二人を払った。


「甲――お前は異常だ! こんなこと――」

「邪魔するなッ!」


 麻美は近くの椅子を透に向かって投げようとした。が、途中でハッとしたように動きを止めた。その隙に透は麻美に向かって突進して壁際に押さえつけた。


「よくもこんなことを――!」


 透は目の前の悪魔モンスターに向かって言った。


「あなたたちッ、こいつらを早く何とかしなさい!」


 麻美が叫んだが、実花は動かなかった。そして、つぶやくように言った。


「もう……いや」

「何を――あなたたちあの動画が――」

「もういやだ……こんなこと、したくない――」


 実花はそう言って跪き、泣き始めてしまった。すると他の三人も同じように泣いていた。


「お前、こいつらに一体何を――」


 するとその時、透は後ろからグイっと肩をつかまれ麻美から離されたかと思うと――


 パァン!


 部屋内に音が鳴り響く――葵が麻美の頬を と思い切り張ったのだ。


「…………」


 途端に静寂が走った。麻美は崩れ落ち、手で頬を押さえながら信じられないような目つきで葵を見上げていた。


「……全部、話して」


 葵は麻美に全てを白状させた。麻美は中学のとき、実花たちによっていじめを受けていた。しかし、そのいじめの証拠を麻美は動画で撮っていたのだった。

 それが学校にバレれば実花たちが退学となるのは確実で、麻美はその動画を逆手にとって実花たちを脅していた。とは言っても自分のためではなく全て葵のために行動していた。


「……もちろんこの子たちに同じような手を使われないよう細心の注意はしていたわ。葵ちゃんの邪魔になりそうなものはすべて排除していった」

「……」

「高校に上がると葛城院さんが入学してきて危機感を抱いたわ。この女は間違いなく葵ちゃんの敵になる――なんとかしなきゃ、って思ったの。最初の方は様子をうかがっていたけれど、オリエンテーションの合宿が終わってから御坂さんみたいなのが出てきたからもうやるしかない、って思った」

「そこまで葵のことを……でも、お前の考えはおかしい」


 透はたまらず言った。しかし麻美はキッと透を見て、


「おかしくなんかない! 私にとって葵ちゃんは全てなの!  ずっと昔から……初等部で初めて一緒のクラスになった時から憧れだった!  葵ちゃんはこんな私に対しても話しかけてくれて……一緒に遊びに行くときも誘ってくれた。私は葵ちゃんのために――葵ちゃんのために何でもしてあげたかった! だから――」

「麻美」


 葵が口を開いた。


「……今の貴方はモンスターよ。私のためでもなんでもない。それは貴方の――ただの自己満足に過ぎないわ。それも、とても醜悪な」

「……っ!」


 葵が冷たく蔑んだ目で言うと、麻美はショックを隠し切れずにうなだれた。

 そして葵は彩香の方に向き直った。すると身体を震わせながら跪き、彩香に対して土下座をした。


「申し訳ありませんでした……」

「英さん――」

「これは全部……私のせい。麻美をこんな風にしてしまったのも全て私の責任……本当にごめんなさい……」

「……」


 あの葵が――英家の令嬢が、地面に跪いて土下座をしている――誰も見たことのない彼女の姿に、彩香も含めて全員が衝撃を受けていた。


「この罪は、とても簡単には償えない。貴方には本当に怖い目に遭わせてしまった――」


 すると麻美は葵の元にかがんで、


「やめて! 葵ちゃんがこんなことしてはだめ! 私がやったことなんだから――」


 しかし葵はやめなかった。


「……葛城院さん、このことは全て明らかにします。学校にも、家にも――そして私は全て責任を負ってこの学校からも離れます――この子と一緒に」


 葵は床に手をつき、土下座をしたまま声を震わせ、ぽたぽたと瞳から涙を流しながら言った。


「何でよ! これは全部私がやったことなの! 葵ちゃんがそんなことする必要なんて――」

「あるわ! 貴方をそうさせたのは私が原因なの!」


 唇を噛み、涙が次々と流れ落ちていた。

 プライドの高い葵がこうして麻美の罪を背負ってまで彩香に対して真摯に謝罪をしている――透は葵の根の部分は人として真っすぐなのだと感じた。


「……本当に本当にごめんなさい」


 すると彩香は床にかがむとそっと葵を抱き寄せた。


「……!」

「貴方は私を助けようとしてくれたわ」

「こうなったのは私のせい――」

「いいえ、貴方は麻美ちゃんのしたことの責任を負おうとしている。麻美ちゃんのことを心から思っていることもよくわかったわ」

「……」


 そして彩香は麻美の方を見て、


「……麻美ちゃん、貴方は葵ちゃんのためにやったのね?」

「……はい」


 麻美は俯いて答えた。


「圭ちゃんに対する嫌がらせも、貴方の仕業なのね」

「……はい。私が実花にやらせるように言いました。筆跡も練習させて……」

「……そう」


 すると彩香は立ち上がった。


「和解の条件として、まず圭ちゃんに全てを明らかにした上で心から謝罪して。そして、彼女たちを脅迫している動画を最終的に削除すること」

「彩香、和解って……」


 透は思わず言った。


「大丈夫よ。英さん、貴方が麻美ちゃんに動画を削除するよう約束させて。貴方の言葉なら必ず従うでしょうから」

「……わかったわ。必ず、そうさせます」

「それと……花坂さんたちも麻美ちゃんにきちんと謝ってほしい」


 すると、実花たちは再び泣き出して、


「はい……。それに、葛城院さん……ごめんなさい……こんなひどいことをして本当にごめんなさい……」

「もう過ぎたことだわ。貴方たちも苦しんでいたのよね」


 すると天音が口を開いた。


「彩香、今後一切迷惑をかけないようにすると麻美に誓約書を書かせる。私たちが証人になる」

「……ありがとう。けど、誓約書はいらないわ」

「でも――」

「そうでしょう?」


 彩香が麻美に言うと、麻美は唇を震わせて泣き崩れた。


「わ、私――どうしても葵ちゃんのために……ご、ごめん――なさい――」


 その後、麻美を過去にいじめていた実花たちもどんな罰も受けると麻美に謝罪した。葵は麻美に動画を学校に提出するか確認し、麻美は葵のために使うだけだったと言って動画を目の前で削除した。コピーがないかも確認した。そして、二度とこのようなことはやらないと誓わせた。


「英さんはどうしてここへ来たの?」


 彩香が葵に訊いた。


「少し前から麻美の様子が少し変だと思っていたの。そしてこの間の御坂さんの件があって、実花を問い詰めた。彼女は何かにおびえているようだったわ。そして今日も麻美がこの子たちを連れていたから気になって着いてきたの」

「そうだったの……貴方が来てくれたから私は助かったわ」

「いいえ――ああなったのは私の責任」


 葵は目を伏せながら言った。

 すると、彩香は右手を差し出した。


「じゃあ、これで仲直りということにしましょう」


 葵は彩香を見た。


「仲直りというか……ちょっとした考え方のすれ違いがあっただけだと思うの」

「…………」


 すると、葵は再び瞳から涙を流して彩香の手を両手で握り、「ありがとう」と言った。彩香は微笑むと葵をそっと抱いた。


(……)


 透は二人が和解する光景を見て、思わず胸が熱くなってしまった。本当に心から嫌っているわけではなかったのだろう。

 そして葵は天音とも向き合って、


「貴方にも……お詫びをしなければいけないわ。私は偏見で貴方のことをさんざん――」

「全然気にしてないから大丈夫だよ~」


 天音はいつものギャルモードになって言った。


「それより、麻美のこともちゃんと見ててあげなよ?」

「……ええ」


 葵は頷いた。麻美はすっかり憔悴しきっていた。自分の行ったことに対して、彩香に懺悔をするように謝罪をしていた。


「そういえば、ここに来たのはどうして?」


 透が代わりに答えた。


「俺も葵と同じだ。あいつらの動きが何やら怪しかったからな。きっと彩香に対して何か仕掛けると思って……そしたらまさか部活中に起こるとは思わなかった。天音が気付いて――」


 葵の表情を見て思わず言葉を止めた。葵の瞳からまた涙が流れていた。


「あ……」


 透は葵に対してまだ疑ったことを謝罪していなかったことに気が付いた。


「――ごめん。俺もお前に謝らなきゃいけなかった。俺はお前のことを何の証拠もなしに疑って――」


 すると葵が透の胸元に飛び込んだ。


「葵――」

「……違う、透は最初私が疑われそうになった時、私のことをかばってくれたわ。……私が馬鹿だった――本当は貴方と仲直りしたかったのに……」

「……」

「貴方と話さなくなってすぐにわかった。私は透にどれだけ助けられていたのかって――貴方だけが私に唯一本音で話してくれる存在だった――そして、私にとって命の恩人だから――」

「命の恩人?」


 彩香が思わず聞き返した。


「……話せば長くなるけど、昔ちょっとした事故があったんだ。けど、俺には記憶がない」

「……私が高い場所から落ちてしまったとき、透が私をかばったの。そのときに頭を打って意識不明になって……」

「そうだったの……だからあの時――麻美ちゃんは透くんに攻撃するのをためらったのね」


 彩香は気が付いたように言った。麻美は透に向かって椅子を投げつけようとしたが、できなかった。


「あんなことをしてしまい……本当に、申し訳ありませんでした」


 麻美は透に深々と頭を下げて言った。


「いや――その件はもう、いいだろ?」

「草薙くんは葵ちゃんの大切な人だから……」

「――っ!」


 そう言われると透はちょっとドキッとした。


「そうよ、透は私の一番大切な人なんだから」


 葵も微笑んで言った。



 ◇ ◇ ◇



 翌日、圭を呼んで葵や彩香たちは全てを話し、実花たちも謝罪した。そしてカンニング疑惑の件も担任に全て話した。クラスのみんなにも打ち明けると申し出たが、圭はそこまではしなくていいと言ってくれた。

 特に葵からきちんと謝罪されたことが圭にとっては驚きだったようで、和解することができた。


「……ま、私もちょっと言い過ぎた部分もあったかなって思っていたの。そのうち引っ込みがつかなくなって……」


 圭は反省したように言った。


「それにしても、素敵じゃない。草薙くん、英さんの命の恩人なんだって?」

「いや、だから記憶がなくて……」

「そっかあ~。けど、噂になっているのは天音ちゃんとなんだよね」

「は?」


 透は全く想定外の言葉に思わず聞き返してしまった。


「なんで天音?」


 すると彩香も思い出したように、


「そうよ。私もそうだと思っていたわ。だって、いつも貴方たち一緒だったじゃない。わざわざ廊下に出て二人だけでおしゃべりしていたから……」

「おしゃべりって……」

「アハハ~そう見えちゃったか~」


 天音はまいったねこりゃ、という感じで言った。


「けど透くんには葵ちゃんがいるからね。ちょっと悔しいけど、私は諦めることにするわ」


 彩香がさりげなく言った。


「えっ?」

「なんだー。草薙くんは三股なのか。やるね~」


 圭がわざとらしく言う。そして我慢できずに葵も、


「ちょっと待ちなさい。どうして私が透と――」

「『透は私の一番大切な人だから』」


 天音が葵のセリフを真似て言った。


「……っ!」


 葵は顔を赤くして、


「あれは――命の恩人という意味――」

「はいはい」


 天音は手をパタパタと振って言った。彩香たちも笑っていた。

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