第三話 代理戦争
クラスは途端に葵と彩香の対立の噂で一色になった。葛城院彩香があの英葵に宣戦布告をしたも同然だという噂は、その後あっという間に他のクラスにまで及んだ。
「結局こうなっちゃったわね」
休み時間、天音が葵たちを見ながら言った。透は昨日の記憶の件で話をしようと思っていたのに、それどころではなくなった。
「原因は葵っちゃ葵なんだけど、事を大きくし過ぎた感じも否めないな……」
「怖いわねえ。保守的な内部生たちにとって彩香は異端なんでしょうけど、〝革命〟とやらが起こってしまうとドミノみたいに崩れていくわ」
「けど、その逆もありえるんだろ? つまり、お前が最初に見てきたこの世界線の未来のように……」
透は「女帝」と化した葵の話を思い出した。
「葵が望む世界になるには……葵が……」
天音は何やらぶつぶつ言っていた。
「おい、天音?」
「……ああ、うん。ところで、えっと……記憶の話だけど」
「今はいいよ」
「いいから。なんて言ってたの?」
「だから、俺が怪我で記憶を失くしたってことがあるらしいのと、葵の親父さんが俺に感謝しているって話」
「なるほどねえ。ひょっとしたら……」
天音はまた何かを言いかけると考え込んだ。
すると予鈴が鳴ってしまったので一旦教室に戻ることにした。
◇ ◇ ◇
昼休みになったので透は健一と食堂に向かった。そして、当然健一は葵と彩香の話に興味津々だった。
「なあ、お前どうすんだよ」
「え?」
「英さんと葛城院さん、どっちの側につくのか、って話だよ」
「どっちの側って……そんなもん」
「けど、葛城院さんがまさかあんな風に英さんにつっかかるとは思わなかったなあ。普通のやつだったら絶対にできねえもん」
「……」
「まいったな……俺も選べねえよ、どっちかなんて。英さんについたら葛城院さんは絶対ハブられるし、かといって葛城院さんについたら学校中からハブられるし」
健一が悩むように言った。
「……だったらどっちの側にもつかなきゃいいんじゃねえか?」
透は鬱蒼とした気分で言った。
すると、天音から着信があった。『クサナギの記憶喪失の件がわかった』と書かれている。
透は急いで昼食を食べ終えると、廊下で天音と落ち合った。
「麻美に訊いたらわかったわ。あのね、小学生のころに葵が公園の塀から落ちそうになったのよ」
「公園って……ウチの近所のあの高台のところか?」
「そう。その時クサナギが下で遊んでて、葵が落ちそうになったのに気が付いたの。ギリギリで駆けつけて、葵が地面に叩きつけられるのを防いだんですって」
「……」
「けど、葵が落ちたのを受け止めたおかげでそばの塀に頭を強く打ったみたい。意識を失って病院に運ばれたんだって。記憶を失くすほどの衝撃だったみたいで、葵の病院で治療が行われたみたい」
「そう、なのか」
「……クサナギがこの世界の葵と対等につるんでいたのはその所以があったからなんでしょうね。この学校に来たのはたまたまなのか……」
「だから、葵の親父さんは……」
「そういうことね」
まあもっとも、今の透はここの世界とは違う世界線から来ているので元々その記憶は知らないことになっているが、まさかそんな繋がりがあったとは思わなかった。
「それにしても葵と彩香の件はどうにかしないとまずいわねえ……最近休み時間に彩香のまわりの子たちが話していること、わかる?」
「……だいたい想像はつく。外部生の女子が何人かいたからな」
「葵への不満、悪口に準じる内容。内部生も何人かいたわ。中学や初等部のころから葵に気を遣わないといけない苦労話とか色々」
「……悪口合戦、か」
「もちろん彩香はそういう話は望んではいないのだけれど、自然とそういう空気になってしまっていたわ」
「そうなると、どうなる?」
透はわかっていたが、一応訊いた。
「この学校のスクールカーストで言えば頂点は葵、その次に葵の一番親しい友達。それから内部生のみんな。最下層に私を含めて外部生がいる。けど、革命が起こったら大変なことに」
「逆転する、ってわけか」
「それだけじゃ済まない。いい? 葵は言わば〝女王様〟として君臨して、他の誰をも従わせている。彼らの中には不満を抱え込んでいるのもいたわ。もちろん彼女のことを崇拝している生徒もたくさんいたけど、葛城院彩香という性格もカンペキな〝女神様〟が現れたことによって、考え方が変わるでしょうね」
「……」
もしその〝革命〟とやらが起こった場合、単にカーストの最下層になるだけでは済まないだろうと思った。
不満、恨み――それらが爆発したらただでは済まない。
ただ、葵がカーストの最下層に陥ることはまずないだろうと思った。英家の威光はその程度では揺らがない。単にそのカーストから分離されるだけであって、彩香との対立構造になるだけの話だろうと思った。
皮肉なことに、それこそ今回天音が当初考えていた構図だった。
「……思った以上に彩香の影響は大きかったのね。いや、むしろ彼女がいるから彼らの本音が露呈したのか……私の見てきた『前回』はこうなる前に〝出る杭〟は打たれていたのね」
「要は、『前回』の葵はもっと抑え込みがきつかったんだな」
「そうねえ……私は葵に対抗する勢力を作ることが彼女の味方を増やすことかと思っていたけれど、葵の内部から綻びが出てしまうと話は別になるかも」
「結局のところ、どうしたらいいんだ?」
「まさに、当初の目的通りよ。この世界がどうして創られたか?」
「どうしてって……俺が最初に飛ばされた世界線の葵が自分に自信がなかったから、自分に自信を持てる世界を願ったんだろ?」
「自信に満ちて、友達も多くいて、とても楽しい学園生活」
天音は透に背を向けて歩きながら言った。前に聞いたセリフだった。そう、天音が自分の前に再び姿を現した時に。
「楽しい学園生活、か」
「どうやらこの世界線を解決すべき道筋が見えてきたみたい。ただ、これを達成することは非常に困難。私はクサナギがいても難しいと思ってる」
「……それは?」
そして、天音は自分たちの教室の方を向いて言った。
「英葵と葛城院彩香の和解」
◇ ◇ ◇
それからというものの、葵と彩香の噂話は衰えることがないばかりか、より一層に加熱していった。葵や彩香、透など直接の本人たちには言わないが、天音曰く彩香と特に仲の良い圭が〝彩香派〟の急先鋒として
それに、合宿の前よりも彩香の人気が高まっていた。外部生だけでなく葵の影響下にある内部生の男子でさえ、彩香と仲良くしようとしているのが目に見えてわかるようになっていた。
一時は葵の影響下になりつつあると思われた外部生の女子は今や完全に彩香派として圭と共に行動している。
(やっぱり外部から来たやつらにとっては葵の存在ってのが受け入れられないのかな……)
それに、公平もやはり彩香のことが気になる存在のようで、彼女と話していることも多くなっていた。
「やっぱり葛城院さんは可愛いわ。なんか高崎も狙っているっぽいし」
健一が透に言った。
「……」
透は彩香の席の方を見た。そこには公平もいて、他の男子や女子たちもいる。とても楽しそうだ。
(そりゃ、無理もないか。彩香は葵に負けないくらい美人だし、性格を比べたらどちらがいいか一目瞭然――ついでにいえばスタイルが抜群にいい)
今や葵の取り巻きたちはほとんど葵のご機嫌をとっているばかりだった。
(……高崎とは結局上手くいかなかったのだろうか)
あの合宿以来、公平が葵と一緒にいることはあまり見なくなった。というより、彩香と話している回数の方が多くなってきた気がした。
公平を彩香に取られたとなると、葵は精神的にダメージを受けるだろうと思った。
「けどね、葵が圧倒的に有利なのに変わりはないわ」
休み時間、例によって廊下で天音が言った。
「ええっ? 圧倒的なのか? 今や外部生の女子や男はほぼ彩香の側についてるぞ」
「それって、ウチのクラスの話でしょ?」
「ああ、まあ――」
「わかっているでしょう? この学校は内部生の方が圧倒的に多いのだから、〝革命〟が起こる前に火種をもみ消すことぐらいはたやすいのよ。さっきのあれ、見たでしょう?」
「……そういうことか」
さっきの「あれ」とは、この休み時間に葵のところに来ている別のクラスの仲の良い女子たちのことだった。葵の取り巻きが他のクラスから呼んだようなもので、天音曰く彼女たちに彩香の存在を認識させたうえでその意図をわからせようとしているのだった。当然、グループメッセージなどで通達済みだろう。
「数をもって制す、か」
「まだ火種の段階だからねえ」
「その火種がもみ消されたら、どうなる?」
「言わなくたってわかるでしょ?」
「……」
組織網を解体したのち粛清が行われ、戦犯を晒し上げる。そしてその先に導かれるのは、天音の体験した悲惨なストーリーだろうと透は思った。
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