係長になって猫が死んで

桜雪

係長になって猫が死んで

 4/1 エイプリルフール。

 辞令が降りた…「4/1をもって桜雪 係長に任命する」


 給与も上がった。

 元が安いから大した額でもない。

 転職して1年10か月、別に実力がというわけではない。

 たまたま上司が辞めて、繰り上げ人事みたいなもんだ。

 課長不在で係長2名という組織の体は成していない。

 キャリア数十年の万年係長と同列になったが、職務の内容から僕が事実上の課長代理である。

 仕事の内容も変わった。

 実質、今年になってから、忙しい日々を過ごしていた。

 会議と打ち合わせ、部長連中と肩を並べて動いている。

 命令は社長の直下だし、それなりに充実はしている。

 多忙だが、充実していたのかもしれない。


 正式に辞令が降りる前日…

 クロ猫が、珍しく僕の部屋に入ってきた。

 ひと鳴きして部屋を1周して出ていった。

「クロさん…おやすみ」

「………」

 振り返ることもなく階段を降りて行った。

 4/1

「エイプリルフールだから辞令も冗談だったりして」

 そんなことを言いながら会社で笑っていた。

 その夜、深夜になって、キジトラが、やたらとソワソワしていた。

 なかなか寝付けずに、僕のベッドの上で落ち着かなく動き回る。

(今夜は、やけに寝ないなチョビさん…)


 明け方、やたらと僕の髪を引っ掻くチョビさん。

 クロさんは眠ったまま死んでいた。

 病気でもなく事故でもない、ただ眠ったまま死んだのだろう。


 4/2

 やけに忙しかった。

 クロさんのことを考えている余裕などないほどに…

 会議を梯子しているような日、リモート会議の弊害…次から次へと相手を変えて会議ができる…できてしまう。


 遅くに帰ると、チョビさんが走ってきた。

「うん…クロさんいないね…」

 きっと、探し回ったのだろう。

 疲れて、僕の足元でクタッと眠ったチョビさん。


 これから風呂に入り…ベッドで眠る。

 きっとクロさんのことを考える。


 だから嫌なんだ…動物を飼うのは…。

 耐えられないから…

 きっと僕は仕事に没頭する。

 休日も休まずバイトに行く。

 疲れないと眠れなくなるから。

 考えないように…仕事の事だけで頭を埋めないと…生きることすら嫌になるから…


 だから嫌いなんだ、後先、考えないで動物を飼う両親が嫌いなんだ。

 独りがいいんだ。

 死にたくなったら死ねるから。

 埋まらないんだ…空いた穴が…埋まらないんだ。

 いつまでも…いつまでも…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

係長になって猫が死んで 桜雪 @sakurayuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ