森のシティの動物園 ー獅子座のぼく
「あんたは本当にあんちょくね」
とお母さんはぼくに言う。なんだかいい言葉だと思えないから、なんかいやだなって思ったことを言われたら、まねしてつかっている。あんちょくということばはお母さんの口グセだ。
この前、学校の課外実習で動物園に行った。
「お母さんが子供の頃はもっと近くで見れたのに、今の子はかわいそうね」
とぼくがとったスライドをめくりながらお母さんは言った。楽しい気持ちだったのに、お母さんがそんなことを言うからきょうざめだ。きょうざめとはものすごくがっかりみたいなことだと本に書いてあった。とってもきょうざめ。
ぼくのとなりのシティに動物園はある。シティ全体は大きな森だ。本当の森は初めてだったからみんな足を止めてばかりで、先生に何度も注意されていた。
ぼくの住むシティは緑化強化地いきに指定されていないから、自然とよばれるものはひとつもない。シティ全体が新ぎじゅつフィルムで作られている。最近、学校でれきしの勉強をするようになった。ぼくは生まれた時からずっとシティにいるから、お母さんのいうかわいそうだということも、全然りかいできない。近くで見れないことのなにがかわいそうなんだろう。
となりのシティに行くには『きょかしょう』が必要だ。一度でも行けばぼくのデバイスに『きょかしょう』が発行されるから一人でシティに行くことができるようになる。みんな動物をたくさん見ることができて楽しかったと言っていたが、はじめてかいだ緑のにおいに気持ちわるくなってしまった子がいたりして、とったスライドで、もういいやと言っていた。森の『空気』が、はだに合わないと言っている女子もいた。でもぼくは新ぎじゅつフィルムより緑の『空気』が好きだった。おなかの中がすーっとした。何回も森のシティの『空気』をすっていたかった。
うちのシティでは運動しても全然息が苦しくならないし、あせもかかない。げんみつ(これも最近覚えた)にいえば運動をして心ぞうがドキドキしだすと、ぼくらの周りのさんそ量が運動に合わせて多くなったりするからだ。あせが出ても周りの空気が整えられて、はだの機のうが変化していく仕組みだ。人体学のじゅ業で教えてもらったけど全然ピンときていなかった。でもあの森のシティにいったらわかった気がする。ながれるあせにびっくりして泣き出す子もいたけど、ぼくは今までにない感じが楽しくて、走り出したりして先生におこられてしまった。
ニューワールドの中でもぼくが住むシティは最先たんだとお母さんはいつもほこらしげに言っている。ぼくのシティのようにせいびが進んでいるところは少ないらしく、いじゅうをしたい人が後をたたないと言うことも先生が教えてくれた。
学校の長期休みに、ぼくは一人で森のシティに行くことにした。お母さんにもいちおうほうこくした。心配していたけれど、ぼくのデバイスの『きょかしょう』はこう新されているし、ニューワールドができてから、はんざいはかなりへったとニュースで言っていたとお母さんに説明すると、そうね、でも気をつけるのよと、じゅし水とうを持たせてくれた。
だれかをさそおうと思ったけれど、やめた。これは一人旅なんだ。みんなはぜったいに一人旅なんてしないもんな。なんてかっこいいんだろう。
森のシティのゲートをぬけると雨がふっていた。ぼくは大こうふんだった。雨もぼくは初めて見た。ぼくのシティには雨がふらない。雨がふらないと生きていけないものがひとつもないからだ。この雨は人工的に作られたものでときどきふるらしい。森のシティでぐう然雨が降っているなんてキセキだとぼくは思った。家のおふろのミストとはぜんぜんちがう。ぼくの頭やうでに雨が当たるとすいてきがはじけ飛んだり、はだにしみこんだりした。洋服はぼう水加工されているからしみこまないけど、とても不思議な感じがした。
雨よりもびっくりしたのは緑のにおいだ。うちで出るサラダのにおいともちがう。これが本に書いてあったむせかえるようなにおいっていうものかもしれない。課外実習の時よりもつよいにおいに、ちょっとうっとなった。すごい。本当にすごい。息がちょっと苦しい。
かさというものも初めて使った。体が冷たくなってしまうとかぜをひくらしいから気をつけないといけない。死んじゃいたくないし。シティで子どもの具合が悪くなったら一大事だ。お母さんはびっくりしてたおれちゃうかもしれない。それはさけなければ。
かさもすごく面白い。雨が全く当たらないのはつまらないけれど、パチパチと頭の上で音楽がなっているみたいで歩くだけで楽しい。すごいなぁ。雨。森のシティ。
このまえみた動物たちはす通りだ。園内地図を見ながら園内の外れの道をどんどん歩く。そのうち、緑がどんどん多くなって、空のまくも暗くなっていく。ちょっとこわいかも。
「ぞう」「キリン」「アルパカ」「チーター」
知らない名前のなにも入ってないオリが続く。この前はあせがすごく出たのにいまはからだがぶるぶるする。気温が一定なぼくのシティではありえないことだ。雨がふるとこんなにもちがうんだ。
雨が葉っぱに当たる音や、たまに遠くから鳥のなき声が聞こえてくるだけで静かだ。地面の土が雨にぬれてゆっくり歩かないと、ころびそう。整びが行きとどいていないのは本当なんだ。
やっと森のおくまで来た。他のものより大きなオリがある。その中にそいつはいた。ぼくはオリの前に立ったまま動けなくなってしまった。いきようようと(とてもはりきってって感じ)歩いていたのに、心ぞうが止まってしまったかと思った。おりにはからだの大きな動物がいた。
これがライオンなんだ。
ライオンは地面によこたわってこっちをみていた。ぼくを見る目は、フィルムで見たより金色だった。こんなにきれいな金色は初めて見た。ガラスをはめこんだみたい。大きいのがちょっとこわいけど、とってもきれいだ。
そのまま見つめあっていると、急にライオンが顔の向きをオリのおくに向けた。また心ぞうが止まるかと思った。全然動かないからもしかしたら置物なんじゃないかとちょっと思ってたから。
オリのおくから出てきたのはしいく員さんだった。他のしいく員とは全然ちがうかっこうだ。むかしの動物園の本にのってるようなかっこうだ。そんなかっこうでオリの中にいたらころされちゃうかもしれないと思った。だって、他のしいく員は最新の加工服をきていた。もし動物がおそってきてもキズがつかないそざいだと、これもまた本で読んだ。のっそりとライオンが動き出しておじいさんに向かっていく。
あぶない!とさけぼうとしたけど声がでない。目をそらせなくてじっと見つめるしかできなかった。でもライオンは、おじさんに向かってのそのそ歩くと、すぐにしゃがみこんだ。おじさんはライオンをひとなですると肉のかたまりを投げた。ライオンは器用に手で肉をつかみながら食べている。ぼくがぼうっとしていると、おじさんがこちらを向いた。ぼくはこっちを見ているのが人間なことに、ちょっとだけ安心しておそるおそるライオンのオリに近づいた。
「きみ、ライオン好きなの」
おじさんにそう言われて、首をたてにふった。
「そうか」
おじさんはにっこりと笑ってぼくを見た。
「こっちにおいで、大丈夫、檻は壊れないよ」
おじさんがそういうのでぼくはすこしづつオリに近づいた。
ライオンはぜんぜんこっちをむかない。ごはんを食べているようすが、友達がかってるネコににていた。ちょっとかわいいかも。
その時ぼくのデバイスがピリピリと音を立てた。
「わっ!!」
びっくりして声が出てしまったけど、ライオンはまったくはんのうしないでにエサを食べていた。あわててデバイスのスイッチを切った。もう帰らないといけない。シティのゲートがしまってしまう。
「おじさん!ぼく帰らなきゃ」
「そうか、気をつけて。 またおいで」
頭を軽く下げてぼくはかけだした。雨はもう上がっていた。土に足をとられながら走っていると森のおくから、おおおうと声がきこえた。ぼくはふり返らずに走った。こわかったわけじゃない。なんでかそのなき声が悲しそうにきこえたから。ここで立ち止まってしまったらぼくは、帰れなくなってしまうと思った。
ぼくは次の日もその次の日も動物園に行った。
おじさんがライオンの名前はレオだと教えてくれた。レオのオリの前におじさんが置いてくれたイスにすわりながらたくさんの話をした。
おじさんは最近までアースにいたこと。アースにはまだたくさんの人が生きているけれど、緑がどんどん少なくなって、空気も悪くなっていること。おじさんにしかレオがなつかないからおじさんもシティにやってきたということ。他のシティはおじさんに合わないから森のシティに住んでいること。森のシティに住む人はどんどん少なくなっていること。
ぼくが初めてきく話ばかりだった。アースにはまだ大きな動物がたくさんいて、ライオンはとても人気らしい。アースの動物園には、レオが目当てのお客さんもたくさんいるらしい。
ぼくはどんどんレオが好きになった。レオがニューワールドについたときは、元気がなかったけど、ぼくがきてから元気になってきたんだと、おじさんが笑ってくれた。レオの周りには本当に何もない。アースにいたころのレオはみんなの人気者で、たくさん動いたり、ほえて見せたりしたんだろう。まだぼく一人だけど、友達をよんでこようかな。お母さんもいっしょに来ないかな。ぼくはそんなふうに、家に帰ってからもレオのこと考えていた。お手伝いや勉強をしてレオに会いに行けない日もずっと。
もうすぐ学校が始まるから、毎日森のシティにいくことはできない。今日でしばらくレオに会えなくなるんだなぁと思いながら通いなれた森のシティへ向かった。
動物園はいつも変わらない。人の多いところをす通りして、なにも入っていないオリが続く道を歩く。緑のにおいになれて自分のシティに帰ると物足りないくらいになっていた。深く息をすってもきれいな空気だけが体にはいってくる。うでであせをぬぐって歩いた。
レオのオリの前についたけれど、レオはいなかった。おじさんと水浴びしているのかもしれない。レオが水を浴びて体をぶるぶるふるわせると、水がぼくにとんでくるのがおもしろくてなんどもおじさんにたのんで、レオに水をかけてもらった。ぼくはいつものイスにこしかけておじさんとレオを待った。
しばらくするとおじさんが外へ出てきた。おじさん一人だ。
「おじさん、こんにちは」
「やぁ、こんにちは」
おじさんは笑顔だったけれどいつもとなにかがちがう。
「おじさん、レオは」
「うん」
「レオは水浴び中?」
「うん」
「おじさん・・・?」
「うん、レオはもういないんだ」
「・・・え」
おじさんはレオのオリをじっと見た。ぼくもオリをみた。なにもはいってないカラのオリ。さっきまでたくさん見た、カラのオリ。
たくさんのあったレオのお気に入りの草もひとたばもなかった。
おじさんはゆっくりときのうの夜の話をしてくれた。
おじさんは、家でねむっていた。その時におじさんのデバイスがピリピリなった。アースにいるおじさんの孫からでも、目覚ましでも、動物園のしいく員からでもなく、オリにつけてあったひじょう時を伝えるベルだった。
おじさんは飛び起きて動物園にむかった。
オリについたころにはレオはもう虫の息だったそうだ。急なことだった。
おじさんはシティについたその日から、そのときが来てもいいようにかくごをしていたと言った。
ぼくがなにも言えずにいると、おじさんはデバイスをそうさし始めた。
「きみに見て欲しくて撮ってみたんだ。 機械は苦手だから上手に撮れなかったけどね。みてくれるかい」
「うん・・・」
デバイスにうつるレオはとても苦しそうだった。ぼくは本当にかなしくなった。こんな苦しそうなレオはいちども見たことがなかった。ぼくがレオの前に行くと、ねそべっていた体を起こしてぼくのことをじっとみていた。たてがみはいつもふわふわでやわらかそうだった。動物園にはえているどんな花よりもきれいだった。ご飯を食べるレオはいさましくてかっこよかった。苦しげに息をするレオのほほをおじさんはずっとなでていた。
すると、レオがオリの外へ顔を向けた。ぼくがいつもすわっていたイスを見ていた。今ぼくがすわっているイス。
そしてレオはうぉぉぉんとないた。ぼくが初めてレオにあった日の悲しげななき声じゃなくて、体ぜんぶをひびかせたような遠にひびく強い声だった。おおきくながくないたレオはいっかいだけ頭をおじさんの手にすりよせ、それからゆっくり目をとじた。
「レオはきっと君を呼んだんだ。 ありがとうって言ってる。友達になれたから。レオは勇敢だったよ。かっこいいライオンだったろう。」
おじさんはそんなことを言っていたと思う。自分の体から出るよくわからない声みたいなのがうるさくてちゃんと聞き取れなかった。レオはもういない。そして、だれもここにはこない。他のしいく員もいるだろうに、だれ一人こなかった。
ぼくが泣きやむまでおじさんはずっととなりにいてくれた。レオをなでているみたいにぼくのことをなでるから、ぼくのなみだは本当に長い間止まらなかった。
「お母さんとか親せきの人が、ぼくはライオンみたいだって言うんだ。レオを見ていればそれがわかると思って、ここにきていたけど、ぜんぜんわからないや。」
課外実習でライオンが見れると思っていた。でも先生から、きけん動物だからと連れて行ってもらえなかった。あぶないライオンを見たがる人はいないし、人気がないんだと。動物園には小さい動物やおとなしい動物ばかりだった。
誰も見たがらないライオンみたいだっていわれるのがぼくはあんまり好きじゃなかった。ライオンみたいだなんて、あんちょくだって。
「君はここが好き?」
「・・・うん」
「動物園が好きかい?」
「うん・・・。動物園は楽しい。緑が多いし。ぼくのシティは自然がないから。みんなはシティの方がすきみたい。もちろんシティも楽しいけど」
「レオのことはどう思う?」
「すごくかっこいいよ。まわりには他の動物がいないのにさびしそうに見えなかった。いつもきれいだった。アースとちがってだれもレオをみにこない。なのに全然つらそうにしてなかった。本当にかっこいいよ」
「・・・そう思えることがライオンとにているんじゃないかな。ぼくはそう思うよ。」
「思うことが?」
「うん、オスライオンはね孤高の動物なんだよ。メスライオンは群れで暮らしていくけれど、オスは繁殖の役目を終えたら放浪するんだ。」
「ほうろう?」
「うん、旅みたいなことだよ」
「一人で?」
「一人だったりオスライオンとペアだったりする。だけど、人間だって、誰かと死ぬまでずっといっしょにいられるわけじゃないだろう?だからライオンは強さの象徴なんだ。君はずっと一人でここに来てただろう?そういう君にある芯の強さがライオンに似ているんじゃないかな?」
「・・・そうなのかな」
「今すぐ分からなくてもいいんだ。レオは最後まで勇敢だったよ。 だから君も自分を信じて生きればそれでいいんだよ」
「うん・・・」
「レオのこと覚えてくれてたら嬉しいな」
「・・・うん、忘れないよ、ぜったい。ぜったい」
また必ず動物園に来ることをおじさんと約束してぼくは家に帰った。
部屋にもどってすぐ、ノートとペンを取り出した。自由研究という宿題がある。ぼくはレオとすごしたひびと、シティと、そしてぼくたちが本当は住むべきはずのアースのことについて、書こうと決めた。
こんな話にだれもきょう味はないかもしれない。何を言っているんだろうと不思議がるかもしれない。でもそれでいい。
ぼくはライオンなんだから。
レオとぼくとおじさん。ぼくたちだけがわかっていればいい。
でも、ただ伝えたいんだ。ぼくが伝えたいんだ。
レオが教えてくれたこと。
おじさんが教えてくれたこと。
大事なものはひとつじゃないこと。
きれいなものだけが大切じゃないこと。
ライオンに、ぼくはなるんだ。
レオみたいにやさしくて大きくて強くて、自分を信じるライオンに。
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