第13話 謎の行商人
「ロゼリアは本当に大丈夫かしら……」
閉じ籠ってばかりでは体に悪いと心配されたので屋敷の近くを散歩することにしましたが、私の足取りは重くため息ばかりがでてしまっていました。
「テイレシアお嬢様、ロゼリアお嬢様ならきっと大丈夫ですよ」
「そうね……」
さすがにひとりで散歩するわけにもいかないので侍女が付き添ってくれているのだが、彼女もロゼリアとは仲がよいのでとても心配しているだろうに私に励ましの言葉をかけてくれます。公爵家の使用人はみんなロゼリアをとても可愛がっているのですわ。
だって、あんなに可愛いのですもの!
ロゼリアの顔を脳裏に浮かべ、再び重いため息をついてしまった。お義母様の再従兄弟であるアルファン伯爵からのお手紙でロゼリアが無事だとはわかっているけれど、どうしても不安でいっぱいになってしまうのです。私までみんなに心配をかけてはダメね。なにか気分転換でもして前向きに考えないといけませんわ。
あれから新しい噂が飛び交っていて町の人たちは混乱しています。なんと、王宮で働く人たちが次々と辞めさせられているというのです。その中には私が王子妃教育で教えを乞うていた教師の方々や、王宮で私の身の回りの世話をしてくれていた使用人たちもたくさん含まれていました。というかほぼ私が関わっていた人たちであったのです。
みんなとても仕事熱心で良い人たちでした。私が立派な王子妃になれるようにと応援してくれていたので、今回の婚約破棄に関して言えばあの方々の期待に応えられなかったことだけが申し訳なく思います。
たぶんですが、あの阿呆殿下がやらかしたのだろうな。と思いました。皆さん私と仲がよかったから殿下から反感を買ったのかもしれません。そうだとしたら、私のせいで追い出されたことになるのだと思うと申し訳なくて心が傷みました。
それにしてもそんな能無し殿下の愚行を許すなんて国王陛下は何を考えているのでしょうか……。親バカにも限度というものがあるでしょうに。
それに、あの親子のストッパーでもある王妃殿下があんな愚行を見逃すなんて……。そこまで考えてあることを思い出しました。
そういえば、王妃殿下は重大な要件があるとかで里帰りなされているんだったわ!と。
もしかしなくても、今回の婚約破棄と新しい婚約者の事などを王妃殿下が知らない可能性がでてきました。それにしても、里帰りなされてからもう1週間過ぎているのにまだお帰りにならないなんてもしやなにかあったのでは……。
あの阿呆殿下と親バカ陛下はどうでもいいですが、王妃殿下は私を可愛がって下さっていたしそれなりに仲も良かったので、やはり心配でした。
そんな事を考えていた時、ふっと視界の隅に人影が見えた。
……誰かが、野生動物に襲われています!
「あっ、お嬢様!?」
私は侍女が止めるのも聞かず、とっさに走り出していました。
***
(???視点)
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
「ぶひぃっ!!」
まさか近道になるからと、森の抜け道を通っていたら凶暴で危険だと言われているシシイーノに出くわすなんて思いもしなかった。追い払おうと小枝を投げつけたら逆に追い掛けられてしまっている始末だ。
オレの国ではこの時期にシシイーノはあまり見かけないから油断していたが、この時期はこっちの国に移動していたから見かけないのだとやっとわかるがもう遅い。
「うおっ?!」
ぬかるみに足をとられ盛大にその場に転がると、もう目前にシシイーノの牙が迫っていてオレは神に祈るように固く目をつむった。が、
「ちぇすとーーーー!「ぶひぃっ?!」ですわぁ!!」
どごぉっ!と風を切る音が聞こえて思わず目を開けると、目の前にあったのはひらりと宙に舞うレースと白く細い足だった。
「ご無事ですか?!」
「ふぇ?!」
凶暴なシシイーノを一撃で華麗な回し蹴りで仕留めたその足の持ち主は少女で、艶やかな黒髪をふわりと靡かせ、エメラルドのような緑色の瞳でオレを見たのだ。
う、美しい……。その少女のあまりに美しい動きにオレは顔を隠すのも忘れて見惚れてしまっていた。
「まぁ、あなた顔にケガをしているのでは……」
「!」
少女が心配そうに顔を覗きこんできて、やっと自分の顔が見られてしまったことに気付く。
「いや、これは……生まれつきで……」
オレの顔には生まれつき顔の右半分に大きなアザがあった。赤黒く血のように見えるそれを見た人間のほとんどは表情を歪め不快だと反応するのだ。特に女性には悲鳴をあげて逃げられる事も多い。だから、きっとこの少女も同じような反応をするだろうと思い、顔を隠そうとした。
だが、少女の反応は思っていたのと違った。
「まぁ、そうでしたのね。では痛みはありませんの?他にケガはしていませんか?」
「えっ……。あ、はい。痛みはないし、ケガもしてない、です」
オレがそう答えると少女は「良かった」と、ふわりと笑顔を見せたのだ。
この顔を見られた後で、こんなに自然な笑顔を向けられたのは初めての経験だった。
「あなたは他国からいらしたのかしら?この時期はシシイーノがよく出没するんです。でも刺激しなければ襲ってくることは滅多にないのですけれどね。お気をつけて下さい」
後からやってきた侍女らしき女性になにやら指示をした後も少女は笑顔のままだ。そこに不快な影は欠片も感じられなかった。
「私はテイレシア・オーガスタスと申します。あなたのお名前をお聞きしても?」
「あ、えーと、オレは……クリス、です。商人をしていて、この国へは行商へやって来ました」
少女……テイレシア嬢の笑顔に見惚れてしまい反応が遅れたが、あらかじめ決めておいた設定を話せばテイレシア嬢は嬉しそうに手を合わせる。
「まぁ、行商の方でしたのね!それなら是非我が家に来て商品を見せてくれませんこと?……少し気分転換をしたいと思っていたところでしたのよ」
そう言って少し悲しそうな目をするテイレシア嬢から視線を離せずにいると、彼女も侍女がサッとオレの背後にやって来て低い声で耳打ちをしてきた。
「……お嬢様が望まれたのでお連れしますが、少しでも変な動きをすれば容赦致しませんので、ご了承下さい」
そう囁かれ、背筋に冷たい汗が流れる。なんで侍女がこんな殺気を漂わせられるのだろうか?とは思うが、事前に聞いていた情報が確かならばあり得ない話ではないなとおとなしく頷いた。
そう、なぜならオレは
屋敷に向かう途中テイレシア嬢にシシイーノ撃退について問いかけたら「私、幼い頃から護身術を習ってまして師範の方から太鼓判を押されていますのよ」とオレの国でもかなり有名な格闘家の名前をあげた。その人物は弟子にも厳しくてなかなか認められないと聞いていたが、その格闘家から太鼓判を押されるなんてどれだけ強いのだろうか?と細身の少女の体を想像した途端、背後からの侍女のヤバイくらいの殺気に殺されるかもと真剣に思ったのは内緒だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます