Arthur9 不穏

「で、あるからして、この細胞は、こうなるのです」

 レイン達は理科室で、先生の解説を真剣に聞いている。ただ、板書に書かれた内容をノートに書き写すのではなく、重要な点を整理しながら、自分の言葉で書いていた。

 先生の解説が終わると、事前にシャーレに入った単細胞生物を顕微鏡で観察する段階に入る。四人グループごとに、細胞の構造、性質などをレポート用紙に記入していく。

 レインとジュードが観察し、カリーヌとエリーは、彼らの言葉を聞いて、レポート用紙に書く。

 内容は、細かく、より正確かつ具体的に。ましてや、『良かったです』とか『驚いた』といった、悪く言えば、幼稚な単語で書くことは許されない。

「なるほど、この核細胞は、複雑になっているな」

「そうですね。これは――」

 その時、レインが、右側にある窓の向こうに人の気配を感じた。ふと、見てみると、全階級の生徒が通る校門から校舎へと続く道に、一人の男性生徒が立っていた。森本太郎だ。

(森本君!? 大丈夫か、授業中に外に出て)

 森本が、真剣な顔立ちで茶色のスマホで誰かと話している。必ずといっていいほど、先生に怒られるし、謹慎処分を受ける可能性がある。レインは、声を掛けようと考えた。が、自分のクラスの前で怒られるのは、公開処刑になって、可哀そうなので、見なかったことにし、授業に集中した。

「で、レイン。レポートは、完成したかしら?」

「えーと、ごめん。少し、ボーっとしていた」

「大丈夫? レイン君。しっかりしていてね」

「レインさんは、勉学も運動も必死に頑張っているのですから、思わず、気を抜きたいのでしょう。分かります。僕だって、やりたい時があります。まぁ、人間というのは、完璧ではないこそ、成長の価値があるのです。では、もう一回言いますね」

 レインは、聞き逃していたジュードの説明を聞き、レポートを完成。担当の先生に提出すると、『ぐうの音も出ない完成度だ』と絶賛。クラスメイトが、羨ましそうな顔をしたり、拍手したりしていた。特に、カリーヌは、目をハートにして、うっとりしている。

 (カリーヌ、たかが、レポート一枚の出来が良かっただけで、オーバーリアクションにしなくていいよ)

 レインは、困惑しつつも、彼女に笑顔で返した。


               ◇◇◇


 一日の授業が終わり、上流と財閥の生徒は、大勢の騎士の指示に従いながら、寮に帰る。指定された帰宅ルートをレールの上で走る電車の如く歩き出す彼らを、隙間なく、両端から騎士が護衛。中流以下の生徒や指名手配犯などの襲撃に警戒している。

「レイン、どうしたのよ。下を向いて」

「いや、こうやって、守られているのは、どうも嫌な気分だ」

 彼にとっては、不満しかなかった。なぜなら、小学生以下の扱いを受けているのに見えるからである。談笑や歌っている生徒。まもなく、夜に入るのを告げる、地平線に沈んでいく赤紅葉色をした太陽。暖かく見守る騎士。自分の視覚と聴覚に入ってくる状況に体がムズムズしてくる。

 レイン・シルフォードが、求めているのは、赤ちゃんのような甘い学園生活ではない。自分の力で仲間を守り、協力して困難に立ち向かう力をつけていく修行だ。

「てめぇらーー!」

 藪から棒に、憤怒に満ちた声が右側から聞こえてきた。多くの上流と財閥が体をビクッと動かす。

「だ、ダーリン。あれって」

「やはり、起こりましたか。最悪なケースが」

 エリーが、死神を見たかのように、戦慄した口調と顔で指を差した先に、九人の下流の生徒が立っている。剣や鎌、中には、騎士を目指すのには不適切なガラス瓶や鉄パイプを持つ者がいた。

「貴様ら! 武器を持ち歩くとは、何事だ! 寮に帰れ!」

「それは、出来ない相談ですよ。クソ騎士さん。どうして、上流ゴールド財閥プラチナの生徒を守り、俺らを守ってくれないのか、聞きたいですから」

 剣を左手に持ったツーブロックの下流の生徒が嘲笑しながら、怒号を発したベテラン騎士に言った。

「我々の人数にも限界があるのだ。君達も守りたいが、やむを得ないのだ」

「騎士さーん。嘘はいけませんな。『金持ち様に気に入られる為にやっている』って言わなきゃ」

 ベテランの騎士は、聞く耳を持たないツーブロックの生徒に舌打ちをした。他の下流の生徒は、歯茎を見せながら、気味の悪い笑顔をしたり、目を血走って、今でも襲ってきそうな顔をしている。

「まぁ、いいわ。埒が明かないし。ジェイの野郎はいないか。どこで油を売っているのか。どうせ、俺達、下等生物を苦しませる方法を長官と考えているのだろう。騎士庁のトップは、悪い噂があるし」

「どういう意味だ?」

 仇を見つけたかのような視線を出しながら尋ねる、ベテラン騎士。ツーブロックの生徒は、きょとんとした様子で首を左に少し傾けた。

「まじで知らないのか? あいつ、あの、黒幕が長官であるという噂を。それに、ジェイも関与しているってな。あんたら、騎士シュバリエも知っているだろ?」

「あの方は、誠実な方だ。やましい過去なんてない」

「舐めたことを抜かすなぁぁ!」

 瞬時に、ツーブロックの生徒の顔が般若と思わせるものに変貌。隠し持っていたナイフで、ベテラン騎士の左眼球を目掛けて投げた。

 威勢だけだと思ったのか、ベテラン騎士は、パニックになり、鎖のように動けなくなっていた。刃先と眼球との距離が数ミリなった時、レインの穢れのない神聖な白色の左手がナイフをキャッチした。

「いい加減にしてくれ。君のやっていることは、正当化されないよ」

 彼の青き宝玉の瞳がツーブロックの生徒を捉えた。刃をキャッチしたのか、出血している。

「これは、これは、学園の頂点に君臨しているレイン様ではありませんか。近くには、カリーヌ様、ジュード様、エリー様もいらっしゃいますね。ちょうどいい。あんたを殺せば、学園最強は俺だからな」

「やめたほうがいい」

「あぁ?」

「見下すつもりがないが、僕は、しっかりとした基礎知識と戦闘をカリーヌ達と習得しているからね。君のところでは、中身のない知識と戦闘しか受けていないから、どちらに勝敗が着くか、一目瞭然だ」

「はいはい、自慢ですかぁ? そもそも、やってみねぇと分からないだろうが!」

「本気に……そう思っているのか?」

 レインが彼に南極大陸の気温を感じさせる殺気を放った。ツーブロックの生徒は、目を大きく開け、額から冷や汗を掻いた。十五秒間、周りが沈黙。その後、ツーブロックの生徒がひきつった笑い声を出す。

「や、やだな。未来の聖騎士のレイン様。冗談ですよ。私共は、こういった訓練で経験を積んでほしいと思い、演じただけでございます。帰りますよ、皆さん」

 と、言い訳をすると、全速力で逃走。他の下流生徒も続くように、彼と同じように消え去った。

 レインは、見えなくなったことを確認すると、やれやれとため息を吐く。

「すみません。出しゃばり過ぎました。罰は受けますので」

「いや、結構だ。油断していた私と周りの騎士が悪い。さぁ、治療魔法を施すから、治ったら、戻りなさい。彼らについては、後日処罰する。生徒諸君、そのまま、我々の指示に従って歩きなさい」

 ベテラン騎士の声に、上流と財閥の生徒が歩きだす。レインは、傷を完治させてくれたあと、カリーヌ達のもとへ戻った。

「レイン、大丈夫なの?」

「心配ない。というよりも、生徒の身である僕が、前に出てしまったのを反省しないとね」

 自分を戒めるレインは、彼女達と寮に向かっていった。



 





 

 

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