エピローグ
フルカスの町の巨大オブジェは、このたびフリートベルク領の入り口門に設置されることとなった。
当然ながら、巨人のスケルトンのことだ。元々は置き場がなく、町の中央公園の方に置いていたのだけれど、今回それが二体に増えたわけである。
そこで今回、フリートベルク領が新たにハイルホルン連合国に与することになった結果、フリートベルク領の領境は、そのままグランスラム帝国との国境となったのだ。そこで、恐らく最前線に近い存在がフリートベルク領になるということで、この地に設置することと相成ったのである。
ちなみにフルカスの町の住民は、「巨人公園じゃなくなるのかー」と少しばかり寂しそうな様子だった。特に若い住民の間では、『右足の前はデートの待ち合わせスポット』、『左足の前に呼び出されるのは愛の告白』とか謎の風習ができてしまったらしい。
今度、クリスの魔力に余裕があるときにでも、オブジェとしてもう一体作ろうかなと思っている。
「ふー……」
書類の整理をしながら、小さく溜息を吐く。
今回、『聖教』の侵攻はこちら側の圧倒的な勝利で終わった。ちなみに現在も、司令官ディエス率いるスケルトンたちは国境に配備している状態だ。特に彼らは今のところやることがないし、新フリートベルク領――新たに増えた領地については、まだ内政に関して未着手なのだ。
まずは新たに増えた領地の農村にスケルトンを受け入れてもらって、労働力として派遣する。そして全体的な収支を上げていく形になるだろう。
あと、俺がフリートベルク領と共にグランスラム帝国を抜けた件については、恐らくアンネロッテが色々と手を回してくれていたのだろう、極めて平和的に終わった。まぁ、ぶっちゃければ帝国相手にも戦争して勝てるということが分かってしまったし、こういう帰結も仕方ないのかもしれない。
「ごしゅじんさま、おちゃ」
「ああ、ありがとうクリス」
「はい」
今日も今日とて、クリスの淹れてくれるお茶を飲みながら執務をこなす。
ハイルホルン連合国は、グランスラム帝国とはまた違った書式での書類が必要になってくるし、そのあたりはまだ慣れない。そもそも、国に提出する帳簿の形式すら全て変えなければならないのだから事務仕事に忙殺されてばかりだ。おかげでこの十日ほど、魔術の修行が全くできていないのだ。
俺もそろそろ、専属の事務官でも雇わないといけないかもしれない。
ただ、事務官を雇うと自分で処理しないから、細かい領のことが把握できないかもしれないんだよな。俺、そういうのもちゃんと全部知りたい。
ちなみに
日中の外出や窓からの光でさえ火傷をしてしまうイアンナは、夕刻に起きて明け方に眠るという生活だ。夜中に屋敷の掃除をして、三食分の下拵えだけ行っている。さすがにそれだけでは困るということで、新しく一人メイドを雇った。
勿論、そのメイドは人間だ。正式な手続きを経て、ノーム商会から派遣されてきた人物である。こちらは住み込みという形ではなく、朝から夕方までの勤務という形で俺たちの食事作成をしてくれている。
エレオノーラはイアンナの食事の方が舌に合っていたらしく、不満そうな顔だったが。
「さて……とりあえず、これで終わりだな」
「おわり?」
「書類は、だけど」
クリスの問いに、頭を撫でながらそう答える。
とりあえず書類は一段落した。ようやく一段落してくれたというのが本音だ。ここ十日ほど、ずっと書類仕事ばかりだったし。
と――そこで、執務室内の魔力が歪む。
「よっ、と。ただいま、ジン」
「ああ、お帰りなさい、お師匠」
「向こうと比べて、宮廷が近いのが助かるね。あたしの魔力でも往復ができる」
ちなみにここ十日ほど俺は書類仕事ばかりだったが、エレオノーラもエレオノーラで忙しかったらしい。それというのも、エレオノーラ自身は元々、ハイルホルン連合国の魔術関連相談役という立場だった。それが今回、俺がハイルホルン連合国に与することになり、その立場を少々変えたのだとか。
具体的に言うならば、ハイルホルン連合国にも存在する魔術協会――その代表になったのである。
これは、ハイルホルン連合国の上層部に請われてのことだ。
元々魔術に関しては後進国であるハイルホルン連合国は、他の強国のように『大陸四魔女』をその魔術協会の代表に置きたかったのである。グランスラム帝国が『時をかけるババア』ウルスラ・バーチェスを代表にしているように。
それにあたっての手続きだとかで、忙殺されていたのだとか。
「悪いが、ジン」
「どうかしましたか、お師匠」
「今後は、あたしも魔術協会筆頭になっちまったからね……あんまりアンタのことは見てやれなくなる。ひとまず週に一度くらいで課題は出すから、それをやってレポートを提出する形にしな。目ぇだけは通してやる。不備があった場合は、その都度言うよ」
「承知しました」
まぁ今まで、高名な『大陸四魔女』に手取り足取り教えてもらっていた俺が幸せだったのだ。これ以上求めてはなるまい。
むしろ、それでも課題だけは出してくれるエレオノーラには感謝だ。
「さて……それじゃお師匠、俺は出かけてきます」
「ほう? どこに行くんだい?」
「とりあえず、新しく領地になった農村に挨拶と、視察からですね。結構回らないといけないんで」
「分かった。どれくらいかかるんだい?」
「まずは直接向かわないといけないんで、七日は留守にします。イアンナにはもう言ってますんで」
「ああ、そうかい。それじゃ、戻ってから課題を出してやるよ」
「お願いします」
立ち上がり、クリスに目配せをする。
それだけでクリスは分かってくれて、頷いた。
「それじゃ、行こう」
「はい」
クリスを伴って、屋敷の玄関へ。
途中で新しく雇ったメイドにも挨拶をして、俺たちは外に出る。
こうして、クリスを伴って出かけるのも、随分久しぶりだ。
「よし、それじゃ出発だ」
「はい」
スケルトンホースの馬車に乗り込み、走り出す。
とりあえず、七日かけて領地全ての町、農村を回らなければなるまい。
「ごしゅじんさま」
「うん?」
馬車で風を感じながら、髪が揺れる。
そんな中でふと、クリスがそう話しかけてきた。
「これから、どうするの?」
「視察だ。とりあえず、俺が領主になったことを伝えて……」
「ちがう」
「え?」
クリスは、俺の言葉に対してそう首を振った。
そういう意味じゃない、ってことだろうか。
クリスはまっすぐな目で、俺を見て。
「また、たたかう?」
「……」
「ほね、たたかう?」
「はは……」
クリスなりに、心配してくれているのだろう。
だけれど、それはもう大丈夫だ。『聖教』はハイルホルン連合国まで及んでいないし、帝国側もあれだけのダメージを受けたのだ。そう簡単に攻め入ってくることはないだろう。
だからこれからは、内政だ。とにかく生産量を上げ、税収を上げ、しっかりとした基盤を作ることから始まる。
もう、その道筋は見えている。
「戦争はしない。俺はこれから、産業革命を起こすんだ」
「かくめい」
「ああ。単純な作業は全部、スケルトンに任せる。それが当然の社会を作る。そうすれば、今まで単純作業に従事していた人間を、より高度な仕事に就かせることができる」
「……?」
単純作業は、全てスケルトン任せにしてしまえばいいのだ。
体力がいる仕事、腕力がいる仕事、そういったことを全て、スケルトン化していくべきなのだ。
そうすれば、より高度な仕事が生まれる。
「生きることに必死にならなくて良ければ、次に生まれるのは娯楽だ。俺は、領民の皆が毎日を楽しめる、そんな世の中にしたい。そのための第一歩が、スケルトンによる自動化社会の普及だ」
「ほね、がんばる」
「ああ。やることはまだまだ多い。クリスにも、色々と手伝ってもらうからな」
「はい」
そう、やることはまだまだ多い。
やらなければならないことは、山積みだ。
これから俺は、社会を、世界を変えていく。
アンデッドから始める産業革命を、俺が起こしてみせる――。
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