第四部
プロローグ
俺はジン・フリートベルク。
現在、ハイルホルン連合国に所属するフリートベルク辺境伯領の領主――まぁつまるところ、辺境伯だ。
辺境伯というのはあまり聞き馴染みがないかもしれないが、貴族としてはかなり上の身分であり、侯爵位とほぼ同じだと考えていい。
辺境という言い方から田舎を任されていると思いがちだが、辺境というのはつまるところ中央から離れた国境であり、敵国と隣接している場所という意味なのだ。
そんな俺の領地――フリートベルク辺境伯領は、当然ながら元々俺が所属していた国、グランスラム帝国と国境を隔てている。そのため、帝国所属のときにはただの伯爵だった俺だが、このようにハイルホルン連合国では辺境伯を名乗ることとなった。
「ふむ……とりあえず、こんなところか」
「おしごと、おわった?」
「まぁ、大体な。ひとまず、この領地で何をするべきかは見えてきた」
クリスの質問に答えて、俺は小さく伸びをする。
俺がこの辺境伯領を任されて、既に一ヶ月になる。
元々のフリートベルク領は、それほど大きな領地というわけではなかった。むしろ、帝国の中では小さい方だったと言っていいだろう。だからこそ、俺が数日かけて領内全体を視察することもできていたのだ。
だが、そんな俺の領地は現在、当時の三倍まで膨れ上がった。
俺の後ろ盾となってくれている女――ミシェリ王国第二王女にしてハルドゥーク公爵領を任されている自称美少女、アンネロッテは約定通りに、俺の領地を広げてくれたのである。
だが同時に、俺に与えてくれた領地がそれぞれ、不良債権だということも理解した。
そもそも国境に存在する領地というのは、寂れている場合が多い。それというのも若者は大抵、稼ぐことができる都会に行きたがるからだ。ハイルホルン連合国もその例に漏れず、農村は若者がこぞって出て行ったために高齢者ばかりで、休耕地が非常に多く、生産力は非常に低かったのだ。
それはつまり、俺にこの領地の生産力を上げろと言っていることと同じだ。
かつてフリートベルク領でやったように、スケルトンを派遣して生産力を向上させる――それを求められている。
「幸い、クリスが作ってくれたスケルトンが、五千体あるからな。元グリーンウェル領と、元フジカー領の二つにスケルトンを派遣するには、十分な数がある」
今回、フリートベルク領に新たに増えた二つの領地――それが、グリーンウェル領とフジカー領だ。領土としてはどちらもフリートベルク領に程近く、気候としてもさほど変わりない。つまり、元々フリートベルク領がそうであったように、既に詰んでいる領地だったわけだ。
まぁそうでもなければ、新参の俺に対して新たな領地加増なんて行われないわな。
だから俺がやるべきは、最初期のフリートベルク領に対して行ったことと同じく、スケルトンを派遣するだけである。
「まぁ、『聖教』の軍を打破したおかげで、グランスラムとの戦争は暫く起きないだろうし……スケルトンを農業の方に専念させてもいいだろうな」
『聖教』の率いていた、十万の大軍。
そのうち九万五千は、帝国の正規軍だった。そんな正規軍を相手に戦い、敵軍をほぼ全滅まで持ち込んだため、帝国側はかなりの被害になったことだろう。
同時にアンネロッテ曰く、『聖教』の口車に乗せられて自国の領地であるフリートベルク領に兵を送り込んだことを糾弾し、平和的にフリートベルク領はハイルホルン連合国に所属することになったらしい。だから、少なくともフリートベルク領に突然軍が襲ってくることはないだろうとの読みだ。
「ふぅ……」
どの村に、どれだけのスケルトンを派遣するか――その計画を紙に記す。
少し、喉が渇いてきたな。夕食はもう済ませているけれど、書類とばかり向き合っているから、そろそろ甘味でも――。
「どうぞ、お茶です」
「……あ、ああ。ありがとう、イアンナ」
「こちら、先日アンネロッテ様の執事ギルバート様が持ってこられた焼き菓子でございます」
相変わらず、気の利くメイド――イアンナだった。
俺が喉が渇いたと思った瞬間にはお茶を用意してくれるし、甘い物が欲しいと思ったタイミングで何かを出してくれる。ちなみに当然、そのお茶は座っているクリスにも出されていた。イアンナにとって、クリスは俺の身内扱いであり、メイドではないらしい。
だが――。
「そうか、もうイアンナが起きる頃か」
「ええ。今から屋敷の方をお掃除させていただきます。昼の方、本当にちゃんと仕事していますか? 随所に埃が目立ちますが」
「まぁ、一応ちゃんと仕事はしてくれているはずなんだが……」
「一度、夜に指導したいものです。もしかすると、夜にわたしが掃除するからと手を抜いている可能性がありますし」
はぁ、と大きく息を吐くイアンナ。
彼女は今、
ちなみに
「そういえば、本日はエレオノーラ様は?」
「お師匠なら、今日もハイルホルン魔術協会に顔を出してるよ。代表になって、色々忙しいらしい」
「でしたら、お夜食を準備しておきます」
「喜ぶよ。イアンナの料理が好きだからな、お師匠」
「そう褒めても何も出ませんよ」
ふふっ、と口元を一切動かさずに言ってくるイアンナ。
無表情なのは知っているけれど、少しくらい笑みを浮かべてくれないものだろうか。
「クリスさんは、何をお召し上がりになりますか?」
「さらだ」
「はい、では生野菜を散らして用意しておきます」
「はい」
あと変わったことは、クリスが食事を摂るようになったことだ。
そしてアールヴであるクリスは、生臭物――いわゆる肉や魚、ミルクなどは一切摂取できないらしく、基本的に野菜ばかり食べているのだ。これが分かってから、毎日こうしてイアンナが食事を用意してくれている。
ちなみにイアンナが尋ねた理由は、日によって加熱した野菜の方がいいこともあるらしいからだ。おひたしとか。
「よし……それじゃ、もう少し頑張るかな」
俺は目の前の書類。
直属の上司であるアンネロッテに提出する、今後の領地計画――向こう三年間でどう変えていくかの計画書を相手に、再び筆を取った。
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