第33話 戦争の帰結

 状況は、ほぼこちらの勝利に傾いていた。

『聖教』の兵士たちはスケルトンの群れに翻弄されており、特に一糸乱れぬ動きで組まれた密集陣形ファランクスに対して、何の抵抗もできていない状態だ。それが前方からやってくるのと、迂回させて後方から攻めさせる挟撃――この結果、敵軍は瓦解した。

 最初に、軍の中央でイアンナを暴れさせるという話を聞いたときには、さすがに陽の光に弱いイアンナをそのように使うのはどうかと言ったのだが、何故かイアンナがやる気になったのだ。ほんの短い時間ならば、陽の光の下でも問題ありません、と。


 結果。

 スケルトンたちによって翻弄される前衛と後衛、イアンナによって混乱させられた中衛。

 もう、これは軍ではない。ただの烏合の衆だ。


「ふぅ……」


 視界を巨人のスケルトンたちに戻して、俺はひたすらに巨人を操る。

 狙撃手が弓を張り、巨人の頭に向けて放ってくるのが見えたが、無視だ。巨人の頭蓋骨に入っているのは俺でなく、ただのスケルトンなのだから。

 最初はエレオノーラやクリスに操らせようと思った。

 だが、少し警戒を強めておいたのである。

 前回、巨人による防衛を行い、司令官らしき男へ向けて恫喝を行った――それを相手が知っている以上、今度は頭の操縦者を狙ってくるだろうと、そう思ったのだ。

 ゆえに、俺が遠隔操作で巨人を操るという離れ業。

 さすがに、これは向こうも予想すらしなかっただろう。


「もうすぐ日が暮れる、か」


「ええ。日が暮れたら、わたしもご主人様のために戦いましょう」


「もうイアンナが何もしなくても、状況は完全にこっち側だけどね」


「それでも、折角ご主人様に強化していただいたのです。相応の働きは見せねば」


「ありがたい言葉だよ」


 イアンナは、かつて俺が不死者ノスフェラトゥにした。

 彼女が死の際にいることを分かって、俺は問いかけたのだ。生きたいか、と。

 イアンナは俺の問いに、死なない存在になっても生きたいかというその問いに、確かに頷いた。

 将来、恨まれることを覚悟して、俺はイアンナを不死者ノスフェラトゥにしたのだ。


 しかし、イアンナはそれで満足しなかった。

 俺は帝国の軍が侵攻してくるという情報を与えられ、準備に奔走した。司令官であるディエスとスケルトンを連携させるように訓練を積み、俺は俺で巨人二体を操れるようにやり方を考えた。

 そんな俺の姿を見て、イアンナが言ったのだ。

 わたしにも、戦える強さをください、と。


「『吸血鬼ヴァンパイア』か……」


 俺も、昔聞いたことのある伝説の怪物だ。

 人の血を啜り、空を飛び、体を蝙蝠や狼に自在に変化させる存在。

 しかし日光の下に出ることはできず、流れる水を渡ることができず、銀の十字架と大蒜の臭いに弱い。

 普通に考えれば、これほど弱点まみれの怪物なんて、強くないと考えるだろう。

 だけれど、『吸血鬼ヴァンパイア』は最強の怪物。

 その理由は、極めて単純だ。


 力が強い。それに尽きる。


 事実イアンナは『吸血鬼ヴァンパイア』へと変貌して、昼間に外出することができなくなったものの、それを引いて余りあるほどの力を手に入れた。

 拳の一撃で、大岩を砕くことができるほどの怪力だ。人間に振るえば、それこそ一瞬で破裂させることができるだろう。


「さて……こっちもそろそろ終わりそうだな」


「夜が明ける前までには、こちらの状況も終わりそうです。後衛の方は、もう逃げていっていますね」


「逃げる者は追わない。こちらに害意を持つ者だけは倒す。それが最初に決めたルールだ」


「甘いですね、ご主人様は」


 ふふっ、と微笑むイアンナ。

 しかし、これは徹底しなければならない。こちらはあくまで、襲われたから防衛したという体を保っていなければならないのだ。

 そして、これを口実にすることもできる。

 帝国を見限り、ハイルホルン連合国側につく理由になる――。


「さて……ええ、大丈夫そうですね」


「大丈夫か?」


「ええ。もう、火傷しなくなりました。つい先程は、ほんの短い時間だというのに全身が爛れてしまいましたので。もう治りましたけど」


「せめて、痛みを感じなければいいんだけどな」


「痛みまで失ってしまえば、完全に人間を辞めてしまったことになりますので」


 うふふ、と微笑むイアンナ。

 今の時点で十分人間は辞めているけれど、それは言うべきでないか。

 イアンナは、俺のために『吸血鬼ヴァンパイア』になってくれたのだから。


「それでは、暴れてまいります」


「ああ」


 ひゅんっ、と地を蹴る音と共にイアンナの姿がかき消える。

 うん。とりあえず俺、イアンナは怒らせないようにしよう。あの怪力に耐えられる自信が全くない。


「ごしゅじんさま」


「おい、ジン」


「……クリスに、お師匠? どうしてここに?」


 すると、俺の後方からそんな二つの声。

 視界は巨人のスケルトンに与えているけれど、声だけで分かる。クリスとエレオノーラだ。

 一体、何故こんな戦場に――。


「クリス、ここは戦場だ。危険だから来るな、って言っただろ」


「もうだいじょうぶ」


「大勢は決してるだろうよ。あたしらはちょいと離れた山の上から見て、もう問題ないと思って来たのさ」


「……そうすか、お師匠。了解しました」


 まぁ実際に、大勢は決している。

 既に撤退を始めている敵軍が、ここまでやって来てクリスやエレオノーラに襲いかかることは、まずないと考えていいだろう。


「それよりジン」


「うす、お師匠」


「あたしは腹が減ったんだ。早く戻ってきて、メイドちゃんに飯作らせろ」


「……」


 それは極めて、日常的な台詞。

 こんな骸骨と敵兵が戦う、戦場には不似合いな言葉。

 しかしそれが今、何より嬉しかった。


「ははは……」


「どうした、何を笑ってんだ」


「いいえ……そうですね。イアンナは、もう向こうに暴れに行っちゃったんで」


 二つの視界。

 その視界の先で、撤退していく敵軍の姿が見える。もう、巨人の足元に生きている兵は一人たりともいない。

 ゆえにそこで、俺は視界の魔力を切った。

 これで、戦争は終わるのだから。


「久々に、俺が作りましょうか」


「おっ、ジンの飯か。久しぶりじゃないか」


「ディエス、あとは任せる。逃げる者はもう追うな」


「……承知、シタ。我、ガ、主」


 俺は、残る敵の掃討をディエスにそうお願いして。

 そして、クリスを右に、エレオノーラを左に、屋敷へと戻る。

 何を作ろうかなぁ、と考えながら。

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