第27話 閑話:帝国の胎動
「大体の出所が、ようやく掴めましたよ」
「おや、ようやくですか」
「ええ。ご協力、本当にありがとうございます」
帝都エ・ナーツ。
宮廷に存在する『財務大臣室』。そこで報告書を見ながらグランスラム帝国財務大臣、オスカー・ウーノは目の前にいる人物に礼を言った。
その人物こそ、帝国魔術協会――通称『魔道院』からやってきた外部顧問、大陸四魔女が一人、ウルスラ・バーチェスである。
別名、『時をかけるババア』。
何故そのような二つ名がついたのかは、定かでないが――。
「回収した偽銀貨の場所、その取引先から全体を洗って、ようやく掴めましたよ。これも全て、『魔道院』の方から偽銀貨の探索を協力してくださったおかげです」
「それで、一体どこから偽銀貨が出ていたのですか?」
「ええ、恐らく全体を考えても、帝国の西側から供出されているものと考えられます。流出が始まったのは、恐らく一年ほど前でしょう。現状見つかっている枚数は、三百五十二枚です。ただ、それ以上新しく供出されている様子はないですね」
「なるほど、帝国の西側というと……」
「ええ、ハイルホルンですよ」
オスカーは、その仮想敵国の名前を告げる。
ハイルホルン連合国は、グランスラム帝国の西側に位置する仮想敵国だ。現在のところ会戦までには至っていないが、何か切っ掛けがあれば戦争が始まる――そんな状況だ。三つの国が連合したハイルホルンは、その国力だけならば帝国にも及ぶものである。
そんなハイルホルンが、帝国内での混乱を招こうと今回、偽銀貨をばらまいた――その可能性は高いだろう。
「帝国の西側にある領地は、ハイルホルンとの取引も行っているでしょう。その取引において、ハイルホルン側が偽の金を用意した可能性が高いと我々は睨んでおります」
「ふむ……ハイルホルンが、それほどの魔力を」
「恐らく、こちらが気付くかどうかの試金石だったのだと思いますよ。こちらが気付くかどうかを判定して、上手くいくようなら我が国の経済を牛耳ろうとした。しかし、向こうの想定よりも早く、我が国がそれに気付いた……そういったところでしょう」
「……」
オスカーの言葉に、しかし眉を寄せるウルスラ。
どこか納得がいっていない様子だ。
「どうかなさいましたか? バーチェス殿」
「いえ……ハイルホルンは、魔術においては後進国です。そんなハイルホルンが、あれだけの大量の銀貨を複製できるだけの魔力を用意できるとは思えないんですよ」
「それほど凄まじいことなのですか?」
「三百五十枚ですよね? 我が国の魔術師が全て集まっても、それほどの量は作ることができません」
「……」
ふむ、とオスカーは顎に手をやる。
オスカーは決して、魔術に明るいわけではない。むしろ、魔術に関しては門外漢だと言っていいだろう。そんなオスカーからすれば、ハイルホルン側の陰謀だと考えて納得がいった。もう、これ以上ないと思えるほどに。
だが、それがウルスラには納得がいかないらしい。
「では、バーチェス様はどうお考えですか?」
「恐らく、どこかにアールヴが存在すると、そう考えます」
「そうですね。以前も言っていたように」
「ただ、潤沢なアールヴの魔力があって、銀貨などを複製するでしょうか? もしもアールヴの魔力を自由に使える環境があるのならば、ハイルホルン連合国の魔術師も馬鹿ではありません。もっと兵力や軍事力の向上に向けるでしょう」
「むむ……」
確かに、ウルスラの言う通りではある。
オスカーは魔術に詳しくないが、ハイルホルン連合国も魔術協会が存在するはずだ。そんな魔術協会の連中が、底なしの魔力を持つアールヴを手に入れて、ただ銀貨を複製するだけで満足するとは思えない。
それこそ、帝国を一気に滅ぼすような兵器の製造を行っていたとしても、何の不思議もないだろう。
「では、一体どういう……」
「私の方でも、色々と調べてみました。そこで一つ、古文書から興味深い一文を発見しまして」
「というと……」
「帝国の西側に存在する、フリートベルク領です」
「フリートベルク領?」
ふむ、とオスカーは首を傾げる。
聞いたことはあるけれど、さほど印象にも残っていない場所だ。恐らく、帝国でも田舎に存在する領地なのだと思うが。
一体、そこが――。
「フリートベルク領は、かつてアールヴの住んでいた地だったそうです」
「なんと……!」
「このフリートベルク領の領主が、何らかの手段でアールヴを手に入れた。そして、アールヴを用いて銀貨の複製を行った……そう考えれば、納得がいきませんか?」
「しかし、何故銀貨の複製を……」
「田舎領主ですから、アールヴの有効な使い方を分からなかったのでしょう。それに加えて、親しい者から話を聞いたんです。フリートベルク領では今、動く骸骨がうようよ存在しているとか」
「――っ!」
ウルスラの言葉に、オスカーは目を見開く。
動く骸骨――それは、オスカーも信仰する『聖教』において、邪教の使徒と言われている存在だ。
何故、そんな田舎領主に邪教の使徒が存在しているのか。
それこそ、アールヴがそこに存在する証左ではあるまいか。
「それは……間違いありませんな!」
「ええ。私の方から聞いた話は、以上です。まだ確証というわけではありませんが」
「いえ、それは間違いありません。私の方から、皇帝陛下に奏上しましょう」
「でしたら……どうぞ、入って」
ウルスラが、そう言って入り口に声をかける。
む、とオスカーが眉を上げると、そこから入ってきたのはすらりとした美女だった。
「失礼します、財務大臣閣下」
「これはこれは……一体、どちらの」
「わたくし『聖教』の司祭長、ジェニファー・ラングレイと申します」
美女――ジェニファーは、そう頭を下げる。
その服の胸についた紋章は、間違いなく『聖教』のもの。
思わぬ相手に、オスカーは目を見開き。
「な、な、何故、司祭長が……!」
「財務大臣閣下」
にこり、とジェニファーは微笑み。
そして、言った。
「わたくしども『聖教』は、フリートベルク領の『浄化』を望んでおります」
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