第26話 採決
ラクーンの町は、フリートベルク領において二つある町の一つだ。
最も発展しているのはフルカスの町だが、二番目に大きな拠点と言っていいだろう。フルカスの町が最も近いアンドゥー領との境界にあることと比べて、ラクーンの町はモカネート領と最も近い位置にある。
どちらも、フリートベルク領にとっては必要な町だ。
「……」
そんな、ラクーンの町がフリートベルク領から独立する。
それは領地にとって大打撃だ。ラクーンの町の税収は、フリートベルク領全体の三割にも及ぶものになるのだから。
「ジョッシュ町長、それは本気ですか?」
「当然ですよ、アンドリュー町長。そもそも、アンドリュー町長もご領主さまが最初に就任されたとき、仰ったではありませんか」
「……それは、確かにそうですが」
「私はラクーンの町長です。町民たちを守る義務がある。そして、町民たちは全員帝国民である誇りを持っております。それがいきなり連合国につくとなれば、間違いなく混乱が起きます」
「……」
ジョッシュ町長が、そう告げる。
確かに、帝国民として生まれた彼らに、所属する国が突然変わると言えば混乱が起きるだろう。
だが――。
「ではジョッシュ町長、フリートベルク領を抜けて、どうするつもりですか」
「そうですね。モカネート領の領主さまに、お話を通してみましょうか。うちの町は、それなりに潤っています。断られることはないでしょう」
「ですが……!」
「そもそも、骸骨を労働力に使うなど気持ち悪いとずっと思っていたんですよ。町民たちも『聖教』の信者が多いですし、スケルトンホース? でしたか。あれの定期便が運行しているのも、町民たちからクレームが出ている現状です」
「ふむ……」
確かに、俺は農村へのスケルトンは提供したが、ラクーンの町に対してはさほど大したことをしていない。せいぜい、スケルトンホースの定期便が通るように調整したくらいだ。
そもそもフルカスの町もラクーンの町も、俺が領主として就任する前から黒字になっている町だったし、下手にてこ入れする必要がなかったのだ。
だから、ラクーンの町ではアンデッドがまだ浸透していない。それを今まで気づけなかったのは、ひとえに俺の手抜かりだ。
「それに、久しぶりにフルカスの町に来ましたが、随分と気持ち悪いオブジェを公園に建てていますね。あんな大きな骸骨を飾る精神が分かりませんよ」
「……」
「そういうわけで、ラクーンの町はフリートベルク領から抜けます。それでよろしいですか? ご領主さま」
「……そうか」
大きく、溜息を吐く。
ジョッシュ町長の心は、もう決まっているらしい。そして、それは恐らくラクーンの町の総意なのだろう。
スケルトンが受け入れられたのは、あくまで貧困に喘ぐ農村であったからだ。最初から富んでいたラクーンの町にしてみれば、ただの気持ち悪い存在でしかなかったのだと思う。
これ以上、説得したところで無駄ということか。
仕方ない、ラクーンの町は――。
「ふざけんじゃねぇべっ!」
しかし、俺が頷く直前に。
ばんっ、と机を叩いて立ち上がったのは、バースの村のランディ村長だった。
その勢いに、俺も思わず身じろぐ。
「ご領主さまのスケルトンを、そんな風に言うでねぇ! わしらは、ご領主さまがスケルトンを与えてくださらんかったら、全員飢え死にしとったぞ!」
「……む」
「気持ち悪いなんぞ、口が裂けても言えねぇ! わしらを救ってくれたのは、スケルトンなんじゃ!」
「確かにその通りじゃ!」
ランディ村長に同調して立ち上がったのは、セッキの村のパッチ村長だ。
そして、その声と共にそれぞれ他の村長たちも立ち上がる。
「わしらは確かに、死ぬところをご領主さまに助けてもらったべ。若いもんはおらんし、農地は荒れ地ばかり。年寄りしかおらんかった」
「働き手は皆、町の方に出て行った。若者が誰もおらんなって、作物の量もどんどん減っていった」
「スケルトンが来てくれたおかげで、わしらは人間らしく暮らせておる。飢えることなく、わしらは仕事ができとる」
「私たちは、ご領主さまのおかげで滅びた村を復活させることができました。本当に、全てスケルトンのおかげです」
「わしらを救ってくれたのは、ご領主さまじゃ! そのご領主さまが、決断されたんじゃ! わしらは、心より従います!」
「そ、そんなことを、言われても……」
「皆……」
立ち上がった八人の村長に詰め寄られ、ジョッシュ町長があたふたしているのが分かる。
アンドリュー町長もまた、うんうんと頷いていた。この空間において、ジョッシュ町長は完全に孤立している。
そして俺は、こんなにも信頼してくれている村長たちの言葉に、感動していた。
「良かろう、ジョッシュ町長!」
「ど、どういう……」
「今後、わしらはラクーンの町にある商会との取引を、一切打ち切る! 全て、フルカスの町の商会と取引をする!」
「なんですって!?」
ランディ村長の言葉に、ジョッシュ町長が立ち上がる。
町からすれば、これは打撃になるものだろう。町民だって食事は必要になるし、彼らが食べる野菜や小麦を作っているのは農村なのだ。
その取引の一切を打ち切るとなれば、町民の食事がままならないということだ。
「嫌じゃと言うなら、前言を撤回せぇ! わしらの、ご領主さまのスケルトンを、気持ち悪いなどと二度と言うでない!」
「う、っ……し、しかし、『聖教』が……」
「わしらは、その『聖教』に皆殺しにされたんじゃ!」
「……」
ランディ村長の言葉に、ジョッシュ町長が言葉を失う。
信仰は自由だ。決して押しつけるものではない。だけれど。
ジョッシュ町長の言う『聖教』は、明確なフリートベルク領の敵なのだ。
「わ、分かりました……今日のところは、ひとまず、持ち帰らせていただきます……」
「お前さんらの町が抜けたときには、わしらの村に商会の者が来ても、追い返すぞ!」
「わ、分かりましたよ……」
まだ怒りを抱えているのか、ランディ村長が落ち着かない様子で座る。
そしてやり込められたジョッシュ町長は、座ったままで頭を抱えていた。さすがに、村からの取引を打ち切るなどと言われることは想定外だったのだろう。
ふぅ、と小さく息を吐いて。
「ありがとう、ランディ村長」
「構いませんべ。わしらは、ご領主さまに救われた身です」
「ああ……そう思ってくれることが嬉しいよ」
こほん、と咳払いを一つ。
そして俺は、全員を睥睨した。
「では、採決を取る」
「は」
「フリートベルク領は今後、ハイルホルン連合国の庇護を得る。賛成の者は挙手を」
「賛成」
俺の言葉に、九つの手が上がる。
唯一、ジョッシュ町長の手だけは上がらなかったが。
しかし、「反対」という言葉は、その口から出なかった。
後日、ジョッシュ町長自ら俺の元にやってきて、ハイルホルン連合国への恭順を受け入れてくれた。
やはり、村からの取引一切を打ち切るとなれば、従う他になかったのだろう。
だが、これで全ての準備は、整った。
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