第25話 領民議会
領民議会所。
執務についてはほとんど屋敷の執務室で行っていたし、定期的に書類などを届けに徴税官のウルージがやってくるため、俺はほとんどこの領民議会所には顔を出していない。
まぁ、そのあたりは全部アンドリュー町長に任せているのだ。俺がいなくても仕事が滞らないように。
だが。
今日は、そういうわけにいかない。
「皆、よく集まってくれた」
領民議会所の会議室――その円卓に集まっているのは、俺を除いて十人。当然ながら、フリートベルク領に存在する八つの村と二つの町、その代表だ。
フルカスの町のアンドリュー町長、バースの村のランディ村長など、当然知っている顔ばかりが並んでいる。最初――俺がフリートベルク領を継ぐときに挨拶をしたときに比べれば、全員が顔見知りだと言っていいだろう。ちなみに、新しく作ったマートンの村は、まだ村という体裁を成していないため今回は除外とした。
つまり、フルカスの町、ラクーンの町の二つ、バースの村、カフケフの村、ダカオの村、ヤーブの村、シーモの村、セッキの村、ヒヤンの村、レドスタの村の八つ、それぞれの代表がここにいると考えていいだろう。
「こほん……ご領主どの」
そこで、今までほとんど交流のなかったラクーンの町――その町長である老人、ジョッシュさんが咳払いをした。
その手に持っているのは、領民議会の招集状である。
「ああ、どうした」
「まずは、ご説明いただきたく存じます」
「勿論だ。全員、困惑していると思う。だが、今回はこの議題について、皆の意見を貰おうと思って集まってもらった」
俺が送付した、招集状。
そこには勿論、今回の議題――領地ごと、ハイルホルン連合国に降る、そのことが書いてある。
「今、領地は問題を抱えている」
「ほう……問題ですか」
「まず、フリートベルク領は現在、富んでいる。他の領地に比べて低い税率、農作物の収穫量の増加、それに加えて町の商会が努力をしてくれているおかげで、景気はかなり良くなっていると言っていいだろう」
「ええ」
これは事実だ。
俺がフリートベルク領を継いだばかりの頃は、決して景気が良い領地とは言えなかっただろう。完全な自転車操業の悪循環に陥っていた領地だった。
だがスケルトンの労働力転用、綿糸の生産などもあって、かなり税収は黒字となっている。
「現在、フリートベルク領はグランスラム帝国の庇護を得ている。だが、バースの村の村民は特に知っているだろう。『聖教』のことを」
「……ええ、今でも覚えていますよ」
「あれは、俺の判断が甘かった。本当にすまない」
「ご領主さまが謝られることではありません。わしらは、満足しておりますから」
若く精悍な顔立ちで、笑顔を浮かべてくれるランディ村長。
俺がもっと気をつけていれば、行われることのなかった虐殺――その被害者だ。今でも、俺は悔いて眠れない夜すらある。
あのような悲劇は、二度と起こしてはならない。
「帝都エ・ナーツには、『聖教』の本殿がある。国教と明確に示されているわけではないが、ほぼグランスラム帝国は『聖教』の支配下にあると言っていいだろう。そして、『聖教』の経典には、邪教の使徒の姿とやらが描かれているらしい……骸骨の姿でな」
「そう宣っておりましたな。あやつらは」
「ああ。そしてフリートベルク領がグランスラム帝国に庇護を受けている以上、『聖教』の呪縛は決して逃れることができない。今、農村で働いているスケルトンたちを、奴らは認めていないからだ。現在は関所で、『聖教』の関係者は絶対に通さないようにしているが、今後奴らがどう動いてくるか分からない」
「……」
全員が、沈黙する。
現在こちらに手を出してくる様子はないが、今後どうなるのかは分からないというのが本音だ。
もしかすると、帝国の上層部にでも話を持っていき、フリートベルク領に働きかけてくる可能性もある。
そうなれば今度こそ、全面戦争となるだろう。
「だがハイルホルン連合国は、『聖教』を認めていない。むしろ、『聖教』こそが邪教だと考えている。そしてハイルホルン連合国の一つ、ミシェリ王国の姫……アンネロッテ王女は、農作業に従事するスケルトンについて高く評価してくれている」
「おぉ……」
「フリートベルク領のように貧困に喘ぐ農村は、他にも存在するだろう。そういった農村に、俺はスケルトンを提供したいと思う。だがそれは、グランスラム帝国に所属している限りは無理な話だ」
俺の言葉に対して、村長たちは「確かに……」「なるほど……」と同調を示した。
農村のスケルトンについて、誰よりも知っているのは彼らなのだ。働き手の不足していた農村における、働き手の代わりになってくれたのがスケルトンなのだ。
それを知っているからこその、頷き。
「だから俺は、グランスラム帝国からハイルホルン連合国に、フリートベルク領の所属を変えようと思う」
「……ふむ」
「しかし……」
「なるほど……」
「質問をよろしいですかな?」
それぞれが唸っている中で、手を上げるのはジョッシュ町長だった。
俺は無言で頷き、意見を示す。
「我々は、どう変わるのでしょうか? 何分、生まれて今まで帝国民として生きてまいりました。所属する国を変えるというのは、町民に対して何をもたらすのでしょうか?」
「大きな変わりはない。だが、ハイルホルンとグランスラムは決して良好な関係というわけではない。もしかすると、大きな戦争に発展する可能性はある。そのとき、最前線となるのはこのフリートベルク領だ」
「なんと……!」
隠さず、全てを伝える。
良いところばかりを並べて伝えても、いざ変わったときに「話と違う!」と言われるだけのことだ。だったら、最初から伝えておいた方がいい。
「だが、安心してほしい。俺はその戦争において戦えるだけの戦力を、スケルトンの兵団として用意した。決して町民や村民から徴兵など行わないし、戦火に巻き込むこともないと約束しよう。ハイルホルン連合国からも、兵力を捻出すると約束してくれている」
「む、むぅ……」
「しかし、戦争とは……」
「それも、帝国と……」
「ふむ……」
村長たちは、一様に渋い顔をしている。
だがそこで、アンドリュー町長が手を叩いた。
「私は賛成します」
「町長!?」
「フリートベルク領がこれほど発展してくれたのは、何よりもスケルトンが存在してくれたからです。スケルトンが農作業をしてくれているからこそ、生産量を確保することができました。税収も右肩上がりです。これを行ってくれたのは、誰でもないジン様です」
「む……」
「私は、この領地を救ってくれたジン様の決断であれば、間違いはない……そう考えます。町民たちも、納得してくれるでしょう」
「……町長」
思わず、泣きそうになった。
アンドリュー町長は、それだけ俺のことを認めてくれているのだ。そしてアンドリュー町長の言葉に、各村の村長たちも顔が綻ぶ。
それぞれ「確かになぁ」「ご領主さまのおかげだべ」と言ってくれるのは、本当に嬉しい。
ただ。
「ご領主さま」
「ああ」
ラクーンの町のジョッシュ町長だけは。
鋭い眼差しで、俺を見据えていた。
「私は、そしてラクーンの町は、ご領主さまのその意見に反対します」
「……」
「その上で、ラクーンの町はご領主さまの庇護を抜けても良いと、そう思っております」
それは。
かつてアンドリュー町長が、俺に言ってきたこと。
領主の庇護を求めることなく、独立する――。
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