第24話 解決

 気付けば、朝になっていた。

 やることがめちゃくちゃ多い中で、昨日は一日中クリスの音読を書き記すという作業をしていたせいだ。だが、目下最もやるべきはクリスの魔力補充である。そのため、後回しにしてもいいことは後回しにするべきだろう。

 そして現状、最も後回しにするべきは俺の休息である。悲しいことに。


「ふぁ……」


 しぱしぱする目を擦りながら、どうにか最後の書類に印をついた。

 一通り確認したこの書類は、近々来るだろう徴税官のウルージに渡して、それをアンドリュー町長に提出してもらうのが普段の流れだ。そしてアンドリュー町長が最後に全体の確認を行ってから、帝国議会にその書類を流すのである。

 本来、領主である俺が最後の確認を行うのが一般的なんだけど、以前それで抜けが多かったせいで、アンドリュー町長が最後に確認してくれることになったのだ。マジ感謝。

 まぁ、アンドリュー町長も「ジン様はお忙しいですからね」と納得してくれているのが救いだ。


「さて……飯でも食うか」


 まだ日が昇って僅かであり、イアンナもまだ出仕していない。

 だけれど、厨房に行けば何かしら食うものはあるだろう。加えて、水も飲みたい。そう考えながら、俺は重い腰を上げて厨房へと向かった。

 さすがに一晩中、何も飲まず食わずで仕事をしていたせいで、喉の渇きが激しい。


「今日は……クリスに続きを読んでもらうとして、あとはお師匠に提出するレポートも纏めなきゃいけないな。少しくらいは寝れるか……?」


 さすがに、休息を一番後回しにするとはいえ、自分の体調管理くらいはしておかねばならない。

 少なくとも俺が倒れたら、それだけ領地のことは滞るのだ。まだまだやるべきことが多く、倒れている暇はない。そのためにも、まずは休むことだ。

 とりあえず、イアンナに「来たら起こしてくれ」という書き置きだけ残して、何かを食べてから休むか――。

 そう思いながら、厨房に到着すると。


「おはよう、ごしゅじんさま」


「……クリス?」


 そこに、クリスがいた。

 もしゃもしゃと、何故か野菜をそのまま食べながら。人参って生で囓ってもいいものなのだろうか。ウサギとかが食べる姿は見たことがあるけれど。


「クリス、一体……」


「おなかすいた」


「え……」


 アンデッドであり、不死者ノスフェラトゥであるクリスは、食事が必要な存在だ。だが、こんな風に自ら「おなかすいた」と言ったことは、今まで一度もない。もっと言うなら、食事は摂っているはずなのだがどう排泄しているのは謎だった。

 そして、何より。

 そんなクリスから発せられるのは、途轍もない魔力量。

 昨日は、俺の百倍程度だったそれが、また上限が分からないくらいに戻っていた。


「……どう、して」


「……? ごしゅじんさま、どうしたの?」


 エレオノーラの仮説では、クリスは不死者ノスフェラトゥになる際に周辺の魔力を吸収したのではないかと、そう考えていた。そして俺も、恐らくそれが正解だろうと考えていた。

 だけれど、クリスの魔力はまた戻っている。それこそ、巨人のスケルトンを作成する前くらいに。少なくとも、俺には上限が分からない程度に。

 これは一体、どういう――。


「おや……おはようございます、ジン様」


「……イアンナ」


「こんなに早くに珍しいですね。朝食の方は今からお作りしますので、少々お待ちを」


 あまりに驚きすぎて、後ろにいたイアンナに気付かなかった。

 まぁ、我が家の合鍵は持たせているから、常にイアンナは勝手に入って勝手に帰っていくのだ。俺が気付かなくても、それは仕方ないと思いたい。

 だけれどイアンナは、そんな厨房を一目見て。

 それから、驚いたように声を上げた。


「一体どういうことですかっ!?」


「は?」


「な、なんで材料が何もかもなくなっているんですか!? わたし、昨日買い出しに行ったんですけど!?」


「……え」


 厨房に、本来なら山積みになっていただろう食材。そういえば昨日、イアンナが買い出しに行くという報告は受けていたし、そのための金も渡したはずだ。

 そしてイアンナの買い出しは、週に一度くらいだ。肉や魚など、傷みやすいものは前日や当日に買い出しを行うこともあるけれど、野菜などを山盛り買い出しに行くのは大抵それくらいである。

 昨日、大量に買い出しをして、今日、それがない。

 そしてもしゃもしゃと人参を囓っているクリスと、その突然増えた魔力量。


「……」


 その両方を考えると、答えは一つしかない。

 クリスが、全て食べたのだ。その上で、その食材から魔力を吸収した。


「ははっ……はははっ……!」


 思わず、笑ってしまった。

 今までクリスが「おなかすいた」と言わなかったのは、それほどまで魔力が枯渇することがなかったからだ。

 それが、今。

 魔力の枯渇に伴って、食材を全て食べ尽くして、魔力を補充した。


 俺が今まで、悩んでいたことが馬鹿らしく思えてくる。

 魔力の補充方法が、こんなにも簡単だったなんて。


「何を笑っているんですか、ご主人様!」


「あ、ああ……いや、悪い。すまないがイアンナ、今日も買い出しに行ってくれ」


「昨日あれだけの食材を運んだのに!」


「仕方ないだろ。クリスが全部食べちゃったんだから」


 もぐもぐと、今も咀嚼しているクリスが、首を傾げる。

 食材から効率的に魔力を摂取している、その方法には限りなく興味があるけれど。

 それでも今は、喜ぼう。


 クリスは死なない。

 魔力を使いすぎても、死ぬことはない。

 ただ、大量の食材が消えるだけだ。













「と、いう研究結果です」


「研究結果じゃなくて、ただの結果だろう。まったく……三日がかりで戻ったあたしが馬鹿らしいよ」


 クリスの騒動から七日を経て、戻ってきたエレオノーラに俺はそう報告した。

 あの後にも研究を続けた結果、クリスは食事をする機能はあるけれど、排泄をする機能がないことが分かった。その代わりに、栄養分ではなくその食材そのものに存在する魔力を摂取しているらしい。

 大量の食材とはいえ、その存在する魔力量は極めて微量であるはずだが、恐らくクリスの体内にある何かの器官が、その魔力量を増強する作用を持っているのだろう――それが、現状の仮説である。

 まぁ、この仮説を調べるつもりはない。実際に調べてみようと思えば、クリスの解剖が必要になるだのだ。そして俺は、自分の興味のためにクリスの解剖なんて非道な真似をしない。


「それじゃ、嬢ちゃんの魔力についてはもう悩む必要がないってことだね」


「そういうことです。人騒がせですね」


「んじゃ、今後はあたしの送迎はまた嬢ちゃんに任せるよ。あたしも久々に魔力を使いすぎた。まぁ、その代わり刻印はきっちり刻んできたから安心しな」


「ありがとうございます」


 エレオノーラの言葉に、頷く。

 目下の悩みの一つは、これで消えた。勝手に悩んで勝手に解決してくれたような感じだったけれど、これで先に進むことができる。

 これで、俺は――。


「腹は決まったのかい」


「ええ」


 準備は、全て整った。

 戦力の面でも、クリスの魔力を使うことができれば、さらに増強できる。さらに、クリスが解読してくれた魔術書の後半の内容も、既に俺は把握した。

 山の上にいる、五千体のスケルトンを運ぶ準備も、既にできている。

 あとは――。


「領民議会を開きます」

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