第14話 エレオノーラの悪巧み
エレオノーラに連れられて、帝都にある彼女の屋敷へとやってきた。
というか、クリスの
でも一体エレオノーラ、何のために屋敷までやってきたのだろうか。
「さて、そんじゃ必要なもんを取ってこようか」
「一体何をするんですか?」
「アンタ、スケルトンを率いる指揮官を雇うって言ってただろう? あたしがその指揮官を作ってやるよ」
「えっ……?」
エレオノーラの言葉に、意味が分からず眉を寄せる。
確かに俺は、指揮官を雇うつもりだった。
俺は戦いに関しては素人だし、せいぜいバースの村を襲った『聖教』の先遣隊を相手にしたのと、『神聖騎士団』を相手に巨人スケルトンで戦ったくらいのものである。端的に言うなら、圧倒的に強い側として蹂躙したことしかないのだ。
仮に戦争に発展するのであれば、それこそ戦術に明るい指揮官が必要だと、そう思った。
だが――それを、作るというのは一体。
「屋敷の方にも、魔方陣はあるね?」
「え、ええ……」
「なら、いい。アンタにも、あたしの秘蔵を見せてやろうじゃないか」
「秘蔵、すか……?」
秘蔵というか、凄まじい魔術道具の数々は見せてもらったと思うんだけど。
主に、魔法用品店と名前を冠している雑多な倉庫の中で。さすがにあんな風に、金貨百枚を超える価値を持つ道具を転がしておくのはどうかと思う。
まぁ全部に追跡の魔術を刻んでいるし、盗まれることはないと思うけどさ。それに加えて、外部からエレオノーラの結界を超えられるような魔術師がいるとも思えない。
そんなエレオノーラが、にやりと笑みを浮かべて顎で示した。
それは――屋敷の奥。
「アンタは、あたしの屋敷ん中はろくに知らないだろう?」
「まぁ……はい、そうですね」
日々の掃除はクリスの仕事だったし、俺は勉強に忙しかったから、ほとんどエレオノーラの屋敷の中で過ごしていたのは与えられた私室と図書室だった。
あとは厨房の方で食事は作っていたけれど、それくらいだ。あと分かるのはトイレと風呂くらいのものである。
屋敷の奥に何があるのかは、知らない。
「ここだ」
「はぁ……」
エレオノーラに連れられた先にあったのは、図書室。
様々な蔵書が並んでいるそこは、俺も何度か入ったことのある場所だ。流石にアールヴの魔術書まではないけれど、それでも貴重な魔術に関する書物が並んでいる。中には俺の欲しかったものも幾つかあった。
ここに、一体何が――。
「アンタ、ここに何度か入っただろう?」
「あ、はい。調べるのに……」
「何度もここに入っといて、気付きもしないのかい。魔術師なら、あるもんは疑え。自分の家に細工をしてない魔術師はいないよ」
「……」
俺、特に屋敷の中に細工とかした覚えないんだけど。
だがエレオノーラは、そんな本棚の一つ――その前で、小さく呪文を呟いた。
それと共に、ぎぃっ、と音を立てて本棚が動く。
「――っ!」
本棚はまるで扉のように、隣の本棚の後ろへと収納されてゆく。
そして本棚が消え、ただの壁しかないはずのそこに。
厳重に封印の施された、扉があった。
「ここは……」
「まぁ、あたしも滅多に入らない場所だがね。倉庫だが、向こうに転がしてるモンとはレベルが違うよ」
「ってことは、ご禁制の……?」
「倫理的にアウトなモンばかりさ。これ以上知りたくないなら、ここで踵を返していいよ。あたしが持ってくまで待ってな」
「……」
エレオノーラの言葉に、少しだけ悩んで首を振る。
師匠であるエレオノーラが、俺を信頼して秘密を教えてくれたのだ。その先に興味がないと言えば嘘になる。
それに何より、エレオノーラほどの魔術師が収集しているものだ。それを見せてくれる機会など、そう滅多にあるまい。
俺は覚悟を決めて、扉を開いて中に入るエレオノーラの背中を追った。
クリスはよく分からない、と首を傾げていたが。
「……」
扉を開いた向こうにあったのは、階段。
倉庫は地下にあるのだろう。ろくな光源もないというのに、エレオノーラはすいすいと階段を降りていった。
俺もどうにかおっかなびっくり、足を踏み外さないように注意しながら下へと降りる。
そして、エレオノーラが階段を降りた先で、もう一つの扉を開き。
「――っ!」
それと共に。
ぞくり、と背筋に怖気が走った。
扉の向こうに広がった光景に。そこに並べられた異常に。
「ま、悪趣味だって言われることは分かってるよ。大体闇の市場にしか流れないから、集めるのには苦労するけどね」
「こ、れ……!」
「言っただろ。倫理的にアウトなモンだって」
そこに並べられていたのは。
かつて人間の一部だったモノたちばかりだったのだから。
緑の液体の中で浮かんでいる、誰かの腕。
かぴかぴに干からびた、誰かの足。
骨と皮だけ残っている、誰かの手。
青い液体の中に沈んでいる、誰かの脳。
塩の中に漬けられている、誰かの眼球。
脳が、頭が、眼球が、歯が、腕が、手が、胴が、内臓が、性器が、腿が、足が。
かつて人間の一部だったモノたちばかりが。
所狭しと、並べられていた。
「一つ一つ紹介してやってもいいが、面倒だね。ああ、触るなよ。中には、とてつもない呪いを残してるモンもあるからね」
「なん、で、こんなもの……」
「良い触媒になるのさ。魔力を携えた人体の一部を使えば、それだけで賄える儀式魔術もある。形而下ではそういう意味もあるが、世界の無意識の中に刻まれた人物であれば、形而上の意味も持つ。『英雄』を捧げる代償って形でね」
「……」
「で、ここからが本題だ」
にやり、とエレオノーラが笑みを浮かべ。
俺に見せてくるのは、青い液体の中に沈んでいる脳髄。
「こいつは、稀代の指揮官と呼ばれた男……大将軍ディエス・ラムジーフの脳髄だ」
「大将軍ディエス……!?」
それは、俺でさえ聞いたことのある大英雄だ。
まだグランスラム帝国が小国であった頃に、最前線で戦っていた指揮官。生涯を通して一度も負けがなかったという、伝説の将軍である。
そんな人物の脳が、ここに――。
「そして、向こうにあるのは『剣聖』ベアリア・ヤーマーラの右腕。『暴風』アジーン・ヴァレードの左腕。『歩く要塞』ドストレス・ヨーダの右足……まぁ、その辺の奴らの体の一部さ。ここまで言えば分かるだろう?」
「まさか、お師匠……!」
「ああ」
それは、俺がまだ解読することのできていない、アールヴの魔術書の後半。
まだ単語の一部しか解読できておらず、内容も難解だったそれ。
それは。
それは――。
「こいつで、『
死体を繋ぎ合わせて、一つの体を作り出す死霊魔術――。
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