第13話 スケルトンの兵団

 俺は屋敷を飛び出して、その暴走を止めるまで最短の距離を走った。最短の距離を走り、運動不足の体ではあるものの全力で向かった。

 だが、俺がどうにか屋敷の中庭に到着したそのとき。

 既に、クリスの周りには十体を超える数の仔牛スケルトンが生まれていた。


「クリスやめろっ!!」


「……?」


 きぃんっ、とクリスの手元が光ると共に、再び生まれる仔牛スケルトン。

 それぞれクリスの周りを動き回りながら、「モー」と鳴いている。牛スケルトンもそうだけど、一体どこからその声出てるんだよ。普通のスケルトンはカタカタ鳴るだけなのに。

 そして俺の制止に対して、クリスは不思議そうに首を傾げていた。


「ごしゅじんさま、どうしたの」


「と、とりあえず、一旦やめるんだ」


「はい」


 俺の言葉に頷き、直立不動になるクリス。

 その周りに、まるでクリスを守るかのように仔牛スケルトンが蠢いている。いや、全く守ってない。全員、適当にうろうろしているだけだ。

 大きく溜息を吐き、頭を抱える。


「クリス……なんで、仔牛のスケルトンを」


「ごしゅじんさま、へいだんほしい」


「ああ、そう言った」


「クリスつくる」


「仔牛の兵団はいらないんだよ……」


 というか、仔牛スケルトンでできた兵団って何なんだよ。言うことちゃんと聞いてくれるのだろうか。

 そもそも仔牛だからそんなに大きくないし、攻撃手段だって何を持ってるかさっぱり分からない兵団ってどう扱えばいいのさ。

 ちなみに数を数えてみると、全部で十二体いた。この仔牛どもどうすればいいんだろう。


「あのな、クリス……こんなにも仔牛を作ってどうするんだよ」


「ウィリアムス、モレク、アルデバラン……」


「名前つけなくていいから」


 その無駄に格好いいアルデバランって名前何なんだよ。

 もう仔牛でも牛は牛だし、労働力としてどこかの村にでも引き取ってもらおうか。さすがに俺も、仔牛の軍団を率いて戦場に行くとか考えたくない。

 さすがにアンネロッテも、仔牛スケルトンの兵団を抱えて「うちの兵士たちです」と紹介すると引くと思う。


「まぁ、いい。クリスは……スケルトンを作れるんだな?」


「はい」


「それは、仔牛スケルトンじゃなくても作れるんだな?」


「はい」


「……そうか」


 本当に、今までの俺の苦労何だったんだろう。

 吐きそうな思いをしながらスケルトン作ってたのにさ。大体仔牛のスケルトンだって、作るのに必要な魔力量は普通のスケルトンと変わりないのだ。つまり最初からいた仔牛スケルトン――ウィリアムス以外の十一体を作るにあたって、俺の最大量よりも多く魔力を消費したことになる。

 それなのに涼しい顔をしているクリスを前にすると、湧き上がってくるのは無力感ばかりだ。


「じゃあ、スケルトンを作ってくれ」


「はい」


「仔牛じゃない!」


 きぃんっ、と光ろうとしたクリスの手を止める。

 どれだけ仔牛スケルトンが好きなんだよ、クリス。













「……」


「……」


「はい」


 俺とエレオノーラは、揃って言葉を失っていた。

 ここは、エレオノーラの私有地である山の上だ。いつだったか、修行の日々を重ねていくうちに見ていた山小屋も、相変わらずそこにある。俺が巨人スケルトンを作るのに使用していた、魔方陣の描かれた布もそのままだ。

 しかし、圧倒的に違うのはその山の上に開けた空間を、埋め尽くすようなスケルトンの群れ。

 つい先程まで何もなかった空間に、クリスは見事なまでにスケルトンを作ってみせた。


「ジン」


「はい」


「何体まで数えた?」


「千五百五十までは数えましたけど、あとは分かりません」


「あたしは二千二百で分からなくなっちまった。具体的に何体かは分からんが」


「……少なくとも、五千は超えてますよね」


 クリスの手がきぃんっと光り、スケルトンが生まれる。そのスケルトンからクリスが指先の骨を取り、その指先の骨を目の前に投げ、もう一度きぃんっと光ると再びスケルトンが生まれる。

 その光景を、ただじっと見つめていた俺とエレオノーラ。

 そこに共通する思考は一つだ。


 何なのさ、この幼女。


「ごしゅじんさま」


「……ああ」


「まだ、いる?」


「いいや、もう十分だ……十分すぎる」


 五千を超える、スケルトンの群れ。

 もう多すぎて、スケルトンの頭が山肌の一部になっているようなものだ。


「この数、どうするんだいジン」


「そうすね……ひとまず、領内の平原に移します。誰か指揮官を雇って、戦闘訓練を積んでもらわないと」


「ほう。アンタが率いるんじゃないのかい?」


「俺は、戦争に関しては素人ですから」


 俺は領主であるし、魔術師だ。決して、戦争の専門家というわけではない。

 いざとなれば、領主というのは国のために戦力を提供するのが仕事だ。だがその場合も、大抵は雇っている部下に指揮を任せるのが当然である。領主自ら戦争に出る者など、それこそ武門の名家くらいのものだろう。

 親父が生きていた頃は自ら率いていたらしいが、それはあくまでフリートベルク領が貧乏すぎて、指揮官を雇うだけの金がなかったからである。

 そんな俺の言葉に、エレオノーラがふむ、と腕を組んだ。


「ジン、少し面白いことを思いついたよ」


「どうしたんすか?」


「ちょっと手ぇ出しな」


「はぁ」


 エレオノーラの言葉に逆らわずに、俺は右手を差し出す。

 するとエレオノーラは、懐の中に入れていたナイフを取り出し、俺の指先を切りつけた。

 ちくっ、と小さな痛みが走ると共に、俺の指先から血が出る。


「……え?」


「んで、よっ、と」


 そしてエレオノーラは、同じナイフで自分の指先を切りつけて。

 血が流れる俺の指先に、同じく血の流れる自分の指先を当てた。

 まるで、何かの儀式をしているかのように。

 その儀式、聞いたことがあるのは気のせいだろうか。


「ふむ」


「あの、お師匠……?」


「ああ、あたしの血液の中にアンタの魔力を流し込んでいるだけだよ。つっても微量だ。大した効果じゃないよ」


「は、はぁ……」


 暫し、そうやって俺はエレオノーラと指先を触れあわせ。

 そしてようやく終わったのか、エレオノーラが指を離し、魔方陣の描かれた布を開いた。

 ちょっと俺、どきどきしてる。

 でも、気にしてはいけないのだろう。エレオノーラは何も気にしてないみたいだし。


「よぉし、思った通りだ」


「……どういう、ことすか?」


「あたしの血液にアンタの魔力を微量流すだけで、アンタの血液で描かれた魔方陣でも扱うことができるのさ。魔方陣に魔力が通ってんのが分かるだろう?」


「……はい」


 布に描かれた、俺の血液で描いた魔方陣。

 そこに間違いなく、魔力が流れているのが分かる。俺がスケルトンを作るときのように。


「よし。そんじゃ、ちょいと屋敷に戻るよ。嬢ちゃん、頼んだ」


「はい」


「ジン、一旦帰るよ……どうしたんだいアンタ、顔が赤いよ」


「気のせいっす」


 少しばかり、頬に熱が走っているのは分かってるけど。

 それでも、エレオノーラは知らないのだろう。だから、俺も敢えてやぶ蛇は突くまい。

 そんな俺に対して、エレオノーラがにやにやと笑みを浮かべながら。


「ああ、そうだ。ジン」


「何すか」


「指先の血液を押し合って、『血を同一に』って儀式が一部の地方で行われているのは、勿論あたしも知ってるよ」


「知ってたんすか……」


 そしてまるで、しなだれかかってくるかのように、俺の腕に絡みついて。

 妖艶な笑みをそこに浮かべながら、胸を押しつけてきた。


「ああ。それが婚姻の儀式だってこともね」


「……」


 おい。

 分かっててやったのかよ。

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