第10話 研究

「……」


 アンネロッテが帰ってから、俺は普段通りに領主としての執務を終わらせて、エレオノーラの課題に勤しんでいた。

 領主として復帰して、それでもエレオノーラに師事を仰いだ俺は、こうやって毎日のようにエレオノーラから出された課題についてレポートを提出している。領主の片手間にやっているわけではなく、どちらも真剣に、だ。

 もっとも、エレオノーラから出される課題も毎日というわけでなく、与えられた課題に対して俺が研究を進めて報告するという形をとっているため、それほど苦ではない。


 本日の課題は、スケルトンを作成する上での魔力を削減する方法だ。

 俺の持つ、死霊魔術ネクロマンシーの魔術書はエレオノーラも目を通している。そして、辞書と交互に見比べながらどうにか解読した俺と比べて、アールヴとの混血であるエレオノーラは元よりアールヴの古代語に精通しているため、俺が解読しきれていない部分も確認してくれているのだ。

 その上で、エレオノーラなりに死霊魔術の真髄について追求しつつ、その内容を俺に対して課題として出してくれている。エレオノーラの仮説が本当に可能であるのか。


「ふーむ……」


 そも、スケルトンを作り出す魔方陣に必要なのは己の血液だ。

 血液というのは自身の魔力が循環しやすい素材であり、自身から出すものであるため、その特異性もある。つまるところ、俺が作った魔方陣を俺以外に使えなくする効果があるということだ。

 だがこの魔方陣を、より魔力の循環しやすい素材で描くことで、必要な魔力を削減することは可能であるかもしれない。

 例えば、水銀。

 熱と共に魔力も通しやすい素材であり、金属でありながら常温で液体という特性もあるため、魔方陣として描きやすい。素材そのものに毒性があるため扱いは慎重に行わねばならないが、血液のように自然蒸発で魔力を失うこともないため、永続的な魔方陣として使うことができる可能性はある。

 そのあたりの仮説を一つ一つ、レポートに記していく。もっとも、このレポートも仮記入だ。ほとんどメモしか書かれていないようなレポートなど、提出したら間違いなく雷が落ちるだろう。


「よし」


 仮記入レポートを、ひとまず終わらせる。

 幾つかの仮説は成り立ったし、あとは実験をしていくだけだ。そのための基盤として、幾つかの素材をノーム商会から仕入れなければならないだろう。

 ある程度税収も黒字になってきたし、俺の研究資金としていくばくかの金貨を使うことは、問題ない。


「ごしゅじんさま」


「ん……ああ、クリスか」


「はい。おちゃ」


「ありがとう」


 アンネロッテとの会談を終えて、それから執務をしてから研究に入ったため、今はもうとっぷりと日が暮れている。

 そういえば食事もしていないな――と思っていたら、クリスの差し出してきたお茶と一緒に、片手で摘まめるサンドイッチが置かれていた。

 恐らく、イアンナが俺の邪魔をしないようにと作ってくれたものなのだろう。

 正直、少しばかり空腹は感じていたため、ありがたくいただくことにする。


「ごしゅじんさま」


「うん?」


 サンドイッチを一つ、口に運んだそのタイミングで。

 クリスが、こてん、と首を傾げてこちらを見ていた。


「おなやみ?」


「あー……まぁ、そうだな。悩みといえば悩みだ」


「おこまり?」


「困ってはないよ。ただ、どうするのが最善か分からないだけだ」


 クリスの頭を撫でる。

 ひとまず課題を終えた俺にやってくる目下の悩み事は、アンネロッテの提案だ。

 グランスラム帝国を裏切り、ハイルホルン連合国につく――言葉だけで言うならば簡単だが、事はそう簡単に運ぶわけではない。

 俺の選択一つで、国が変わるのだ。それに伴う領民の不安もあるだろうし、帝国との戦争にも発展するかもしれない。そうなれば、戦場となるのは最前線であるこのフリートベルク領だ。

 無辜の領民を、戦争の危険に晒すわけにはいかない。

 そのために必要なのは、兵士だ。


「……スケルトンの、兵士か」


「へいし?」


「ああ。アンネロッテに言われなくても、確かに考えていたけどな……」


 元々、ハイルホルン連合国とグランスラム帝国の関係は、それほど悪いわけではない。

 同盟関係というわけではないが、戦端が開いているわけでもないのだ。むしろグランスラム帝国にとって目下の敵は、北方の蛮族集団だという話も聞いたことがある。その状態で、二正面作戦をする必要もないとハイルホルン連合国とは、ほとんど不可侵のような関係だ。

 だから、俺の領地が兵力を必要とするとは、考えていなかった。せいぜい、『聖教』の連中がまた現れたときのための備えとして、それぞれの村に自衛の戦力さえ置いておけばいいと、そう考えていたくらいのものだ。

 だが、フリートベルク領がハイルホルン連合国につくとなれば、間違いなく帝国との戦端は開くだろう。その際に、すぐにでも戦うことができる戦力は用意しておかねばならない。

 アンネロッテ曰く、最初は兵を派遣してくれるらしいが――。


「確かに、強いんだよな……スケルトンの兵団って」


 いつぞや、盗賊の集団へと乗り込ませた十数体のスケルトン。

 バースの村を皆殺しにした『聖教』の先遣隊と戦った、百を超えるスケルトンの集団。

 そして、『神聖騎士団』を相手にたった一体で無双してみせた巨人のスケルトン。

 俺の知る限り、この三度の戦いにおいて、破壊されたスケルトンはただの一体も存在しない。もし破壊されたとしても、魔方陣があればその骨の一部から、再び俺が作り出すことができる。

 敵国からすれば、まるで悪夢のような兵団だろう。

 アンネロッテがそれを求めるのも、当然と思えるほどに。


「……」


 どちらにせよ、俺の現状は詰んでいる。

 偽銀貨を作ったのがクリスであり、フリートベルク領から蔓延しているということは、遠からず帝国の上層部も知ることになるだろう。俺は、完全に帝国からすれば犯罪者であるということだ。将来的には間違いなく捕まることになるだろう。

 で、あるならば。

 アンネロッテの提案は、まさに渡りに船――。


「……あれ?」


 俺は再び、机の上に置いていた仮記入レポート――そこに書かれた内容を、確認する。

 つい先程、どうにかスケルトンを作成するための魔力を削減できないかと、そう悩みながら書いていた、ほとんどメモ用紙のようなそれ。

 血液でなく、水銀で魔方陣を描くことによって、魔力の循環をより良くする――その方法。

 まるで背筋に電流が走ったかのように、体が震えた。


「そう、だ……血液でなく、水銀のように特異性を持たない、魔力の通じる素材で魔方陣を描けば……!」


 俺が血液で魔方陣を描いたのは、簡単に用意できるからだ。自分の血液により魔方陣を描くことにより、俺の魔力に最も適応する魔術を行使することができたからだ。

 そして、何より。

 水銀のように高価な素材を、魔方陣を描くほど用意することができなかったから。 

 だが、もしも水銀をそれだけの量、用意することができれば――。


「誰にでも、スケルトンが作れる……!」


 そう。

 誰にでも、その原理さえ理解すれば、スケルトンの作成が可能になる。

 それが。


 目の前にいる、無尽蔵の魔力を持つ、クリスでさえも――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る