第9話 閑話:美少女アンネロッテ
「さ、では出して」
「はい、姫様」
フリートベルク伯爵家の屋敷を出て馬車に乗り込み、アンネロッテが短く御者へとそう告げると共に馬車は出発した。
幌で囲まれた馬車からは、外の景色など見えない。それも当然だ。ミシェリ王国の第二王女にして現ハルドゥーク公であるアンネロッテが、外から見える位置にいるわけにいかない。ゆえに、多少景色を楽しめないという難点はあるものの、幌付きの荷馬車に扮したもので旅をするのが安全であるのだ。
勿論、外では彼女の護衛である二人が、騎馬で周囲を窺っている。
「さて、姫様」
「ええ」
「よろしかったのですか。ジン殿に、あれほど話しても」
「問題ありませんわ。話すべきことは、最初に話しておかねばなりません」
アンネロッテの正面に座る、彼女の侍従――ギルバートの言葉に、アンネロッテは肩をすくめてそう返す。
ギルバート自身は六十過ぎの老人であるが、アンネロッテが生まれたときから王家の屋敷で執事を行っている人物だ。ゆえに、従者ではあるもののある種家族であるような、そんな奇妙な感覚も持っている相手である。分かりやすく言うなら、『じいや』のようなものだ。
「ただ、わたくしは切れるカードを切っただけ。ジン様の持つ唯一無二の技術は、我が国にとって必要なものですから」
「それは、その通りですが……」
「あなたが、他に死体から兵士を作れる者に心当たりがあるのであれば、その諫言を聞きましょう」
「……失礼いたしました」
ギルバートが、頭を下げる。
勿論、アンネロッテもそんな存在に心当たりなどない。
エレオノーラからジン・フリートベルクという魔術師のことを聞いてから、アンネロッテも色々と調べたのだ。それこそハイルホルン連合国の魔術連盟からグランスラム帝国の魔術協会、他国に存在する魔術師や大陸四魔女など、様々な魔術師に対してあたりをつけ。調査を施した。
その結果、分かったことは一つ。
骨からスケルトンの兵士を作ることのできる魔術師は、この世界のどこを探してもジン・フリートベルク以外に存在しないということ。
「ですが姫様、本気で……あの男を夫に迎えるつもりなのですか?」
「ええ。わたくしの結婚一つで、大陸でも唯一無二の力を持つ魔術師を懐に入れられる……これ以上の結果がありまして?」
「隣国の貴族、それも伯爵家の三男です。由緒正しきミシェリ王家に、そのような……」
「ふん……由緒正しい王家といえ、所詮ハイルホルン連合国の四番手に過ぎませんわ。たかが、歴史ばかりが長い家系など誇ることもできません」
アンネロッテが、ギルバートの言葉に苦虫を噛み潰したようにそう返す。
ハイルホルン連合国はミシェリ王国、マカープ王国、ワローズ王国、イスター王国の四国からなる連合国だ。そもそも連合自体は、グランスラム帝国が国土を広大にし大陸でも最強の国家へと成長したために、対抗したのが始まりである。
だが連合国とはいえ、それぞれの国の文化は異なるものであるし、連合する前の国土の広さも兵力も、全てが同一というわけではないのだ。ミシェリ王国は他の三国と比べて、元々の国土もそれほど広くなければ生産力もそこそこ、兵は精強だが数は少ない――そんな国だったのだ。
ゆえに、ハイルホルンが連合して一つの国家となった現在でも、四国の首脳会議においてミシェリ王国は辛酸をなめていると言っていいだろう。
連合国では最も弱い、四番手の国として。
「ジン様を我が国に迎えることができれば、我が国でもアンデッドを活用して農作業を行わせることができます。それによって、フリートベルク領のように生産力は右肩上がりになるでしょう」
「ですが、あくまで一領地に過ぎません。国という単位では……」
「それは勿論考えていますわ。彼一人の魔力では、どうしても限界があるでしょう。ミシェリ王国全域を、彼一人だけで支えることは不可能と分かっておりますわ」
「では、何かお考えが?」
「ええ」
ギルバートの言葉に、アンネロッテは頷く。
彼女の描く絵図――そのために最も必要な駒が、ジンなのだ。
「彼の持つ技術は……間違いなく、アールヴの魔術書ですわ」
「恐らくそうであろうとは思いますが……」
「本日の会談で、確信に変わりましたわ。ギルバート、エレオノーラ様の言っていた、わたくしに言っていない二つ……覚えていますか?」
「ふむ」
アンネロッテの問いに、ギルバートは僅かに首を傾げる。
顎髭をくいっ、と引っ張ってそれから、ギルバートは答えた。
「確か、『絶対に教えてはならない秘匿』と『可愛いお嬢ちゃん』でしたか」
「ええ。ほぼ間違いなく、『絶対に教えてはならない秘匿』とはアールヴの魔術書のことですわ。最低でも金貨五千枚で取引される、全ての魔術師にとって憧れの存在と聞いたことがありますの。そして手に入れていると知れば、全ての魔術師がそれを狙ってくる。ゆえに、誰にも魔術書を持っていることは教えてはならないそうですわ」
「なるほど……」
「我が国の魔術師も、口を揃えて言っていたでしょう。アンデッドを自在に作り出す魔術など、アールヴの魔術以外にありえない、と」
「ええ」
アールヴの魔術書。
それをどう手に入れて、どう使いこなしたのかは分からない。
だが、間違いなく並の魔術師には不可能な所業だ。少なくとも、ミシェリ王国の抱える魔術師たちは、揃ってそう言っていた。
「であれば、彼に権力を与えるのが一番ですわ。相応の地位を与え、相当の評価をする。そうすれば、彼はよりミシェリ王国に貢献してくれるでしょう。そして彼の弟子となった魔術師たちもまた、彼の持つ魔術の深淵に触れることができる。そうすれば、アンデッドを作ることのできる魔術師がさらに増えることになるでしょう」
「……そう上手くいきますか?」
「いきますわ。魔術師としても領主としても、帝国はジン様に正当な評価を下しておりませんもの」
「そのようなものですかね……」
まだ疑念を持つギルバートに、アンネロッテは小さく溜息を吐く。
そしてそれと共に、にやりと笑みを浮かべた。
「まぁ、見ていなさい。いずれ分かりますとも」
「承知いたしました。姫様が一度言い出すと人の意見など聞かないことは、誰もが存じておりますから」
「わたくしは美少女ですもの。それは当たり前のことですわ」
「はいはい」
ギルバートの言葉に、アンネロッテは鷹揚に頷く。
まだ、ジンに色よい返事を貰っているわけではない。だが、間違いなく来るだろうという勝算はある。
そして、ジンを得てミシェリ王国がさらに大きくなった、そのとき。
ハイルホルン連合国は。
聖ミシェリ連合王国と、名前を変えるのだ――。
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