第8話 会談を終えて
ひとまずその日は、アンネロッテには帰っていただくことにした。
正直、色々な情報が錯綜して混乱しているというのが事実だ。そもそも隣国の王女様が我が家にやってくるという時点で、俺の脳はキャパオーバーを迎えている。しかも領地ごと国に来いとか、今日いきなり結論を求められても困るというのが本音だ。
そもそもそういうことは、水面下で色々と準備をしてからやるものだし。今日いきなり「んじゃ、そっちの国いきまーす」と答えたところで、簡単には進まないのが国政というものなのだ。
「それでは、良い会談でしたわ。フリートベルク伯」
「……ええ、それはどうも」
「あら。こんな美少女が目の前でお話をしていたというのに、何がご不満ですの?」
「……いいえ、何も不満はありませんしあなたは美少女ですよ」
「当然のことをありがとうございます」
俺の答えに、うふふ、と笑みを浮かべる美少女――アンネロッテ。
どうやって育てられれば、これほど自信満々な人物になるのだろう。自分を美少女と言って憚らない女性って初めて見た気がする。
もうちょっと成長すれば、自称『美女』になるのだろうか。そんでもって、もう少し成長すれば自称『美魔女』かな。どうでもいいけど。
「今回は、良いお返事をいただけなかったことが残念ですわ。ですが、後日また参ります。そのときは、色よい返事をいただけることを期待しておりますわ」
「……まぁ、そのときは先触れをください」
主に、俺の心の安定のために。
いきなり王女様がいるとかいうサプライズは、もう御免だ。
「承知いたしましたわ。それでは」
「ええ」
王女様――アンネロッテが、特に何の印もない馬車へと乗り込んでゆく。そして執事であろう中年男性も同じく馬車に乗り込み、護衛の兵士二人はそれぞれ御者台ともう一頭の馬の背へと乗った。
下手にハイルホルン連合国やミシェリ王国の印がある馬車じゃなくて良かった。やはり向こうもお忍びで来ているわけだし、そういう心遣いはしてくれているのだろう。
そんな馬車を、屋敷から見えなくなるまで見送る。
それから、俺は大きく溜息を吐いた。
「どうした、ジン」
「……どうもこうもないですよ、お師匠」
「ま、あたしも途中からしか聞いてないからね。アンタの口から、あいつに何を言われたのか教えてもらおうか」
「……ええ」
エレオノーラと連れ立って、屋敷へと戻る。
その屋敷の中には、メイドのイアンナ。そして隠れているように伝えておいたクリスの二人がいた。
クリスの無表情が、どことなくはらはらしているのは気のせいだろうか。
「クリス」
「おかえりなさい、ごしゅじんさま」
「ああ。ちょっと居間の方に行く」
「はい」
「それでは、私はお茶を淹れさせてもらいますね」
イアンナがそう言って、厨房へと去ってゆく。
そして俺はクリスとエレオノーラと共に、居間へと向かった。相変わらずクリスの『おそうじ』が行き届いているため、まるで新品のような居間である。というか、時間遡行魔術で戻している状態のため、実質的に新品だ。
クリスがこうして、全てを新品に戻す『おそうじ』と全てを新品に戻す『おせんたく』をしてくれているため、イアンナの仕事自体は非常に楽であるらしい。
新品のソファに、まずエレオノーラが腰掛けた。
「ま、大体は分かっているがね……あいつに、アンネロッテに、何を言われた?」
「……褒め殺しでしたよ」
「ほう」
「ハイルホルン連合国は、俺のことを高く評価している……何度か、そう言われました。アンデッドを労働力にする発想、そして労働力をいくらでも作り出せること……それを正当に評価している、と」
「まぁ、正しいね。あたしも正直、帝国はアンタに正当な評価を下してないと思ってるよ」
「……」
エレオノーラも、そう思っていたのか。
俺からすれば、帝国は生まれ故郷でもあるわけだし、あくまで俺は辺境の領主に過ぎない。俺のことなんて、帝国の中枢からすればどうでもいい存在だとばかり考えていた。
だが、確かに『聖教』との諍いに関しても、帝国は全く動かなかった。そう考えると、俺の評価って物凄く低いんだと思う。
「んで、あとは?」
「そうですね。いきなり自分のことを美少女だと言い出したときには、頭の痛い人かと」
「なるほどね……まぁ、あれはあの娘の処世術みたいなもんさ」
「そうなんですか?」
自分のことを美少女だと言い張る処世術って、何なんだろう。
正直、最初に聞いたときには完全に頭の悪い女の子だとばかり思ってしまった。
「あたしが教えてやったのさ」
「……お師匠が原因すか」
「ああ。あの子は美少女だからね。美少女にはこれ以上ないくらいの価値がある。世の中に存在する最も価値ある存在は美少女さ」
「はい。分かりました。もういいです」
エレオノーラの言葉に、ぞんざいにそう返す。
とりあえず、アンネロッテの頭の痛い発言の全ては、エレオノーラが原因だったことが分かった。諸悪の根源、ここにあり。
「そんで、ハイルホルン連合国に誘われたんだろう? アンタの待遇はどうなんだい?」
「ええ……ハイルホルン連合国に領地ごと来るのであれば、領地は現在の三倍。まずは、辺境伯の地位を約束する、と」
「妥当だね。待遇からすれば、侯爵位に等しい。美味しい話じゃないか」
「その上で、将来的には公爵位を約束する、と……」
「ほう」
だが、ここで俺に疑問が過る。
アンネロッテは、ミシェリ王国の王女だ。そして、ミシェリ王国はあくまでハイルホルン連合国の一国に過ぎない。
その王女が、爵位についてそれほど自由にできるのだろうか。
「なるほど」
「お師匠は、何か分かるんですか?」
「その公爵位、ハルドゥーク公って言ってなかったかい?」
「……?」
ええと。
確か、そんなことを言っていた気がする。うろ覚えだけれど。
もう色々ありすぎて、俺の脳容量はパンクしそうな状態だ。
「確か、ええ。そうだったと思います」
「そうかい。んで、アンタを勧誘してきたあの美少女は、何て名前だった?」
「……? アンネロッテ、ですか?」
「フルネームさ」
フルネーム。
アンネロッテ・ミシェリ……ええと、何だっけ。
人の名前とか、覚えるの苦手なんだよな。
そんな俺に対して、エレオノーラが溜息交じりに腕を組んだ。
「教えてやるよ。あの子のフルネームは、アンネロッテ・ミシェリ=ハルドゥークだ」
「……ハルドゥーク?」
「ああ。ハイルホルン連合国の東側に広大な領地を持つ、ハルドゥーク公爵。今、アンネロッテがそれだ」
「……」
なるほど、あの子自身が公爵である、と。
そして、俺に約束しているのは、そのハルドゥーク公爵位である、と。
まさか。
「くくっ……良かったじゃないか、ジン」
「……え?」
いくら王女とはいえ、爵位をぽんぽんと投げ渡すような権限はない。
だけれど、自分がその公爵位であるのならば。
エレオノーラの笑みを見て、それは確信に変わった。
「アンタは、アンネロッテの夫に選ばれたんだよ」
「……」
いやいやいやいや。
まだそんな心の準備できてないんですけど!?
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