第11話 思考錯誤
「なるほど、敢えて魔方陣から特異性を外すってのか」
「はい。今までは血液による魔方陣の描画をしていたんですけど、これを代用できないかと考えました。血液だと、どうしても俺の魔力でしかスケルトンを生成することができませんが、別の素材を使えば万人が使用できるかと」
「……確かに、実験してみる価値はありそうだね。その仮説が正しければ、あたしでも嬢ちゃんでも、果てはメイドでもスケルトンは作れるってことになる」
「さすがに、イアンナだと魔力が足りないと思います」
「冗談だよ。察しろ」
俺の仮説に対して、エレオノーラが頷きながら答える言葉。
その内容は、概ね好意的なものだった。そもそも魔方陣を別の素材で描くという考え自体は存在するけれど、その代用品はなかなか見つかっていないのだ。そこで俺が目をつけたのが、水銀である。素材自体が非常に高価なため簡単に実験もできないから、今までこの考えを聞いたことがない。
だが、現状のところ机上の空論でしかないこれが、もし現実になるとすれば。
それこそ、スケルトンの大量生産を一瞬で行うことができる。
基本的に現状、スケルトンは俺にしか作ることができない。
それは死霊魔術について俺がしっかり研究を重ねて、その上でアールヴの魔術式を模倣し、俺の血液で描いた魔方陣によってその術式を作動させるからだ。血液が俺のものである以上、俺にしか魔方陣は作動させることができないのである。
だから、大量に必要なときにはクリスの魔力を借りて、魔力酔いにひーひー言いながら必死に作っていたのだ。
もしもこの仮説が正しければ、クリスの魔力を俺に移すという作業が必要なくなる。
つまり、俺はもう魔力酔いに苦しまなくて済むのである。それだけでも素晴らしい。
「んで、その素材の候補は?」
「まずは……水銀で考えています。常温で流動体なので、魔方陣として描きやすいかと思いまして」
「……あまり、水銀はお勧めできないね。昔の論文を読んだが、効果は覿面だ。その代わり、死ぬまで毒性に苦しむことになるよ」
「……そうなんですか?」
「ああ。水銀の沸点自体はかなり高いが、液体だからね。自然蒸発はするのさ。自然蒸発した水銀を吸い込んだら、肺の腑が冒されるよ」
「そう、すか……」
エレオノーラの言葉に、素直にそう頷く。
やはり、相談して良かった。確かに水銀は金属であるとはいえ、液体だ。液体が自然蒸発するというのは道理であり、水銀蒸気はその毒性が高いというのも常識である。
下手に密閉された部屋などで扱うと、確かに水銀中毒になってもおかしくない。
「じゃあ、どんな素材を使えば……」
「そうだね。金が有り余ってんなら、ミスリルを勧めたいとこだが」
「……どうやってそれで魔方陣を描くんですか。ミスリルを融解させて固着させる方法なんて、俺には想像もつかないんですけど」
「融解させた
「む……なるほど」
ミスリル粉。
それは、エレオノーラの屋敷――というか隣の魔術用品店で見た素材だ。
触媒としての性質は『硬化』だったが、魔力を通すという面で考えれば良い素材である。その金額が高価すぎることを考えなければ。
「確かに、ミスリル粉ならいけるかもしれません」
「ほう。そんなに金が有り余ってるとは知らなかったね」
「いえ……以前に、クリスの複製魔術で増やしたことがあります。お師匠の店にあったものですけど」
「ほう。しかし嬢ちゃんの複製で増やした場合、嬢ちゃんの特異的な魔方陣にならないかい? その場合、万人が使える代物にはならないと思うがね」
「それは問題ありません。実際に俺が触媒として魔力を通してみましたけど、問題なく通りました」
「……?」
エレオノーラの疑問に対して、そう答えてゆく。
以前にミスリル粉を複製してもらった際には、俺の魔力も通る代物にはなっていた。クリスにしか扱えないものになるということはないだろう。
そんな俺とエレオノーラの会話を聞きながら、クリスがこてん、と首を傾げていた。
「錫を融解させて、ミスリル粉を一定量混ぜて、その上で魔方陣を描く……できそうですね」
「今のところ、問題はなさそうだね。魔方陣を描く先が、溶けた錫を受け止められる素材であることが前提だが」
「大理石の一枚岩とか……ですかね。加工させて、平面じゃないと魔方陣の効果が得られませんし」
「高くつくねぇ」
うひひ、と笑うエレオノーラ。
溶かした錫で魔方陣を描くとなれば、さすがに絨毯にやるわけにいかない。魔方陣を描く前に、我が家が火事になる方が早いだろう。
そうなれば、魔方陣を描くための土台となるものを入手しなければならない。その条件が『錫の温度でも変化しない』『平面である』となれば、俺に思いつくのは加工した大理石くらいのものだ。
他にも何かないか、相談してみよう。
「ひとまず、明日の朝一にノーム商会に顔を出してみます。とりあえず、錫についてはそれなりに安価に仕入れることはできると思いますが……問題は土台ですね」
「実験が上手くいったら、あたしにも作らせておくれ。あたしも一度、スケルトンを作ってみたかったんだよ」
「分かりました」
「……」
そんな俺と、エレオノーラの会話を聞きながら。
くいくい、とクリスが無言で俺の袖を引っ張った。
「ん? クリス、どうした?」
「ごしゅじんさま。ほね、つくる?」
「ああ。でも、今回は俺じゃない。クリスがスケルトンを作る方法を、どうにか見つけたんだ。この実験が上手くいけば、クリスがこれから、領内のスケルトンを作ることができる」
「クリスが、ほね、つくる?」
「そうだ」
クリスがそう聞いて、とてとてっ、と部屋から出て行った。
何か考えることでもあったのだろうか。
まぁ、それは後で考えるとしよう。もう夜も遅いし。
「ごしゅじんさま」
「ん?」
すると、クリスは割と早く戻ってきた。
何故かそこに一緒に、仔牛スケルトン――ウィリアムスを連れて。
「……クリス? なんで、ウィリアムス?」
「はい」
クリスは何故か「モー」と鳴くウィリアムスの、その体の骨を一本抜き取った。
肋骨のあたりだろうけれど、極めて自然にするりと抜けた。骨がそんなに簡単に抜けていいのだろうか。まぁ、痛みはないだろうし別にいいか。
クリスがそんな、ウィリアムスの骨を俺に見せて。
「ん」
びゅんっ――と、まるで魔力が風になったような衝撃。
それと共に。
クリスの横に、ウィリアムスと対を成すような仔牛のスケルトンが。
もう一匹――増えていた。
「……」
「……」
俺とエレオノーラ、揃って何も言えない。
魔方陣もなく、魔力の集中もなく、術式もなく、スケルトンが生まれたのだから。
「ごしゅじんさま。クリス、ほね、つくる」
「……」
「まだ、いる?」
「……」
とりあえず、俺が思ったことは。
この増えた仔牛スケルトン、どうしよう――そんな、どうでもいいことだった。
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