第2話 新たなる波乱の種
新たに畜産を始めた村――マートンの村から、フルカスの街にある屋敷へと
俺の魔力量だと一日に三度くらいしか使うことはできないが、フリートベルク領内は自在に移動することができる程度には魔力の消費を抑えることができた。さすがに一番遠い村だと二回くらいしか行けそうにないが、視察の時間は大幅に短縮されている状態である。
今までは、スケルトンホースの馬車でどうにか向かっていたから、その分だけ多くの時間を捻出できるというのは大助かりだ。
「ごしゅじんさま、おかえり」
「ああ、ただいま」
そして、屋敷で俺を迎えてくれたのはアールヴの幼女、クリスである。
特に彼女に仕事があったわけではないが、一応こちらにいてもらったのだ。それも全て、今不在の師匠――エレオノーラが現在、帝都の方に呼び出しを受けているからである。
さすがにエレオノーラでも、帝都からフリートベルク領までの
いつもながら、クリスの魔力に頼りすぎの俺である。
「ひつじ、きた?」
「ああ。問題なく畜産を始めることができそうだ。あとは大工が家を建ててくれたらな」
「みるの、たのしみ」
「クリスは、羊は見たことがないからな」
「はい」
無表情ながら、どことなくうきうきしているように思える。
やはり女の子であるし、動物は好きなのだろう。特に羊はモフモフしているし、クリスも好んでくれるはずだ。
今回マートンの村で畜産に成功してくれたら、イヤックをそれぞれの村に派遣して村の一部で畜産の体制を整える、ってこともできる。フリートベルク領の将来は明るい。
「お帰りなさいませ、旦那様」
そして、続いて俺にそう言ってきたのは、こちらもメイド服に身を包んだ女子である。
彼女は、イアンナ。三ヶ月ほど前に、新たに雇ったメイドである。
エレオノーラに師事をしながら領主をするにあたって、求められた条件――そのうちの一つが、彼女の身の回りの世話だ。具体的には三食の食事の準備、部屋の掃除、衣類の洗濯、ベッドメーキングなどである。
最初は三食をどうにか時間を捻出して俺が作り、部屋の掃除と洗濯とベッドメーキングは常にクリスが時間遡行魔術を使ってどうにかしていたのだが、さすがに限界が来たのだ。どうにか税収が黒字に落ち着いたところで、偶然縁を得た相手がイアンナである。
三ヶ月前から、住み込みで働いてくれているため非常に助かっている。ちなみにイアンナは若い女子だが、俺は使用人に手を出すような趣味はないため、あくまで主人とメイドという関係だ。
「ああ。変わりはないか」
「は。お食事の用意ができております」
「ありがとう」
慇懃に、俺に向けて頭を下げるイアンナ。
イアンナは本人曰く、南方の内戦に巻き込まれて国を追われ、仕方なく帝国に身を寄せたが仕事が見つからなかったのだとか。
だが、仕事の覚えは早いし料理は上手であるため、非常に重宝している。今後、彼女を雇い続けることができなくなったら、間違いなくエレオノーラから文句を言われるだろうと思うほどに。まぁ、まずそんなことはあり得ないだろうけれど。
「さて……続きをやるか」
「ごしゅじんさま、なにそれ?」
「計画書だよ。今後のフリートベルク領の運営にあたってのな」
ふぅ、と小さく嘆息して、目の前の紙を見る。
そこには、ひとまず今後やっていく項目が端的に書かれているだけだ。『畜産の本格化』『食肉加工工場の建造』『服飾加工工場の建造』『魚スケルトンの有効活用』……議題は様々だが、ひとまず今後俺がやっていくことの目録といったところだ。
このうち、実現可能なものを一つずつ潰していく形になっていくだろう。そして現状取りかかっているのは、『畜産の本格化』である。
それと共にもう一枚取り出すのは、今後の計画書だ。目録から抽出した小議題を、より細かく記載した書類である。具体的には、まずマートンの村で羊の畜産を本格化し、そしてイヤックをそれぞれの村に派遣して少しずつ羊を養育する場を広げていくのだ。そのために必要な予算だったり期間だったり、まぁそのあたりが書かれている。
もっとも、予定通りに進むとは限らないけれど。何事も、不測の事態というのは存在するわけで。
「ふぅ……」
そして、別のボックスに存在する書類を手に取る。
そう、何事も不測の事態というのは存在する。
まさにこの書類こそ、その『不測の事態』というやつだ。
「……流民は、今月だけで百人を超えたか」
「るみん?」
「隣の領地から、より豊かな場所を求めて流れてきた民のことです」
「そうなの」
「説明をありがとう、イアンナ」
クリスの疑問に対して、端的に答えてくれるイアンナ。
彼女も現状、特にやることがないらしい。まぁ、掃除はきっちりされているし、仕事を全て終わらせてきたのだろう。
夕食まで時間もあることだし、俺も少し喉が渇いたな。あと考えることばかりだし、少し甘いものでも――。
「お茶です、旦那様」
「……ああ、ありがとう」
「茶請けには、アンドリュー町長が手土産として持ってきてくださった焼き菓子を」
「……うん」
「クリスさんもどうぞ」
「はい」
気が利きすぎて、ちょっと怖いと思ってしまうイアンナである。
ちなみにイアンナにとってクリスは同じメイドではなく、主人である俺の身内という立ち位置であるのだとか。だからお茶を用意するときには、俺とクリスの分を一緒に用意してくれる。そして、食事をするときにも俺とクリスとエレオノーラだけ座らせて、自分は立っているのだ。
本人曰く、「私は後ほど賄いの方をいただきますので」とのこと。
できたメイドだ。いや、本当に。
「あ」
「どうした、クリス」
「いってくる」
「ああ、お師匠から連絡が来たのか」
お茶を飲もうとして、カップを元に戻してから立ち上がるクリス。
今帝都にいるエレオノーラから、恐らく
クリスと一緒にティータイムを楽しみたかったところだが、残念だ。
そしてクリスが「てれぽーと」と呟くと共に、その体がかき消える。
「イアンナ」
「はい、旦那様」
「お師匠の分のお茶、用意しておいて」
「ただいま蒸らしております」
「ありがとう」
やはり気の利くイアンナである。
そして暫く待つと共に、部屋の空間に歪みが走る。そして一瞬の後には、そこにクリスとお師匠――エレオノーラの二人が立っていた。
「ふぅ……ったく、長い会議だったねぇ」
「お疲れ様です、お師匠」
「お茶です」
俺の労いの言葉と共に、間髪入れずにイアンナがお茶を置く。
エレオノーラは特に礼も言わずにそれを啜り、大きく溜息を吐いた。
そして、真剣な眼差しで俺を見て。
「なぁ、ジン」
「はい?」
「クリスちゃん以外に、純血のアールヴってこの世界に存在すると思うか?」
「……は?」
エレオノーラのそんな言葉に、眉根を寄せる。
クリスは、俺が水晶の中から復活させたから、ここにいるのだ。いくら長命種であるといえ、アールヴの個体が今も生きているとは考えにくい。
そんなことは、半分アールヴの血が流れているエレオノーラなら知っているだろうけれど――。
「『魔道院』から、命令が下ったのさ」
「どういうことですか?」
「純血のアールヴを発見次第、捕らえろってね。どこかに必ず存在するはずだ、ってさ」
「それは、どうして……」
「ああ」
エレオノーラは腕組みをして。
そして、再び大きく溜息を吐いた。
「どこかに、『
「……」
ええと。
それ、心当たりがありすぎるんですけど。
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