第1話 新たなる改革

「ご領主さま、到着いたしましたべ」


「ああ。おぉい、こっちだ。こっちへ運んでくれ」


 一緒にいるバースの村の村民、イヤックと一緒にやってきた馬車を誘導する。

 ここはバースの村――ではない。位置的には、バースの村とカフケフの村の丁度真ん中くらいにある草原だ。草原といっても、バースの村とカフケフの村を行き来するスケルトンホースの馬車が通る道であるため、轍の跡が幾つも走っているのが見える。

 そこで、俺はバースの村のイヤック、ならびに他の村の若い夫婦数組と共に、この場所へとやってきた馬車を迎えていた。


「ええと、こちらでいいんですかい?」


「ああ、ここだ」


「村は見えませんが……」


「そこに、柵は作ってあるだろう。あの中に放してくれ」


 俺が手で示すのは、円形に作られた柵である。一軒家ならば五つくらいは入りそうな、割と大きく作られた柵だ。だがそこにあるのは柵だけで、中には何もいない。当然、その柵の中を管理する小屋も存在しない。

 ここは何かというと、新しい村の候補地だ。

 今回来てもらった面々は、それぞれの村から立候補してくれた、新しい村に住んでくれる協力者だ。かつてヤーブの村を復活させたように、俺は今回、新しくここの村を作るつもりである。

 バースの村からやや離れているとはいえ、フルカスの街から程近い位置に存在し、近くを大河ケイーイ川が流れているため水の確保も可能であり、バースの村とカフケフの村を繋ぐスケルトンホースの乗合馬車――その道程の途中にある場所だ。


「はいはい、それでは……それ、出してくれー」


「おぉ……」


 隣の領――モカネート領からやってきた馬車に積まれていたのは、十数匹の羊である。

 それが狭い荷馬車を下ろされ、柵の中とはいえど外に出されたことで、忙しなく動き始めて草を食み始めた。それなりに柵の中は広く作ったから、全ての羊が草を食べていても問題ないくらいに面積がある。

 そんな羊たちを見ながら、俺も、領民たちも、確かな一歩を踏み出したと確信していた。


「それじゃ、お代はまた月末に請求しますんでね」


「ああ、よろしく頼む。また追加で注文をすると思うが」


「ご贔屓に、よろしくお願いしますよ」


 うひひ、と笑う馬車の御者に、俺も笑みを返す。

 向こうは、こちらと取引が出来て嬉しい。こちらは、新たな販路を作ることができて嬉しい。まさにウィンウィンの関係だと言えるだろう。

 去る馬車の背中を見送って、俺も改めて柵の向こうで自由に過ごす羊たちの姿を見る。


「可愛い……」


「これから、わしらがあの子らを育てるんべな」


「だけど、本当に大丈夫かしら……」


「なぁに、野菜ならいくらでも育てたことがあるべ」


 領民たちが、口々に話しているのを耳にしながら、俺は頷いた。

 俺は、いや、俺たちは。

 これから、新たな挑戦――畜産を、始めるのだ。













 俺がエドワードを追放し、再び領主を継いでから半年。

 最初はエドワードの負の遺産――大幅に上げられた税や奪われた備蓄などに四苦八苦しながらも、どうにか最初を乗り切ることができた。特に税については、倍ほどに上げられた額を元の税率に戻し、その上でエドワードが好き勝手にしていた三ヶ月ほどの代わりに、向こう三月を無税とする形にしたのだ。

 そのせいで、屋敷の金は全くのゼロ。その上で税収もないということで、泣く泣く借金を増やす形で乗り切った。いや、借金が増えている時点で乗り切っていないんだけどさ。

 だが、その代わりに村の面々は優しかった。

 特にバースの村の村民たちなど、「わしらは食わなくても死なねぇ奴ばかりですから、せめてご領主さまが食べてください」と言ってくれて、食料を分けてくれたのである。あの食料があったからこそ、今を乗り切れていると言っていいだろう。


 そして、半年が経た今、全ての領地から問題なく税を取り立てている。勿論、それは徴税官のウルージの活躍あってのことだが。

 その結果、俺はついに新たな改革に着手した。

 それが、フリートベルク領での畜産の実現である。


「いや、しかし壮観だべ。ご領主さま、あっしにこんな仕事をお与えくださって、ありがとうございます」


「構わん。イヤックが隣の領まで勉強しに行ってくれたから、こうやって実現することができたんだ」


 イヤックの言葉に、俺は首を振る。

 今回、畜産を行うにあたってどうするか考えた。最初は専門家を招聘しようかと考えていたのだが、さすがにそれは金がかかりすぎる。それに、専門家を呼んでも永住してくれるわけではないし、領地に抱えるためにはそれだけの給金を支払わねばならないのだ。

 それで悩んでいた折に、バースの村の村長――ランディから、俺に提案をされたのだ。

 うちの村の者を、隣の領に勉強に行かせたらどうですか、と。


 確かに、それはいい案だと思った。

 バースの村の村民は、ランディの妻ラッチと最近移住してきた者以外は、ほぼ全てが不死者ノスフェラトゥになっている。彼らは決して死ぬことがないし、食事をしなくても平気だ。もっとも、一応食事は摂る様子だが。

 だから、彼らのうちの一人が専門的な技術や知識を学んでくれたら、それは永久に領地に存在する知識、技術になるということである。

 そんなランディの推薦で、今回隣のモカネート領まで畜産について勉強に行ってもらい、半年ほど学んでから戻ってきたのがイヤックである。


「あっしは、羊のやり方しか分かりませんけどね。牛や豚に関しちゃ、教えてくれませんでした」


「よそ者に羊の畜産方法を教えてくれただけでも、御の字さ。あとは、隣の領から流民が来るなりするのを待とう。牛や豚を食わないと死ぬわけじゃない」


「卵は食べたいですけどねぇ」


「安心しろ。三月ほど前から向こう――アンドゥー領の養鶏場に、バースの村のウィリンを向かわせている。一年ほど学んでから戻ってくる予定だ」


「さすがご領主さま!」


「はっはっは!」


 賞賛に、思わずそう笑う。

 事実、嬉しいのだ。今回、羊を十四頭購入したわけであり、その初期投資は割と痛いものがあった。だけれど、羊の繁殖について専門的に勉強してきたイヤックがいれば、今後この数はどんどん増やせる。

 そして羊が育てば、それを食肉に加工する。そのための加工場も作らなければいけないだろうけれど、それさえ果たせばフリートベルク領での食肉の自給自足が可能となるのだ。

 そんな未来に、胸が躍る。


「それでは、ご領主さま」


「ああ」


「まだ村という形じゃありませんけど……今後は、どうするんですか?」


「ひとまず、フルカスの街の大工に家を五軒建てるよう依頼をしてある。それから、スケルトンはこの村だけで二十体派遣するつもりだ」


「ありがとうございます!」


「それまでは、不便をかけるがテントでの寝泊まりを頼む」


「それは、勿論でございます」


 本当は、村という体を成してから羊を購入するべきだっただろう。

 だが大工の方が色々と予定が入っていたらしく、少しばかり遅れるとのことで、羊の方が先に届いてしまったのだ。ひとまず、緊急で柵を作った他にできることはなかった。

 とりあえず俺の方も、夫婦でも過ごすことができる大きめのテントをノーム商会から購入して全員に配ったから、義理は果たしたと思っている。


「それで、ご領主さま」


「ああ」


「この村は……名前は、何にされますか?」


「勿論、決めてある」


 俺は片手を前に突き出して、そして羊たちを睥睨する。

 ここは、今後フリートベルク領における、羊肉マトンの一大産地となるはずだ。

 ゆえに、その名は。


「ここを、マートンの村と名付ける!」


「おぉ……!」


 俺の宣言に対して。

 彼らは、フリートベルク領に新たに生まれた村――マートンの村の、村民となった。


「マートンの村、万歳! ご領主さま、万歳!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る